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児童ポルノ禁止法が議論されているときも考えたことだが、行政当局が、 「こんなものを見たり読んだりしちゃ、いけねえよ」 みたいなことを、それこそ”みだりに”言うものではない。今は、江戸時代じゃぁねぇんだ。『表現の自由』や『知る権利』のある、民主的な自由社会の時代なのだからして。 ・ 東京都が、都議会に『東京都青少年の健全な育成に関する条例(青少年育成条例)』の改正案を提出した。それによると、コミックやアニメ、ゲームなどに登場するような『18歳未満の(あるいは18歳未満を連想させる)キャラクター』を、新たに『非実在青少年』という呼称で定義し、その表現内容によっては『不健全メディア』に指定することも可能になるのだそうだ。 ・ はっきり言って、馬鹿な話だ。僕は、同改正案の否決を希望する。しかし、裁決がこの3月末に迫っているとのこと。さあ、えらいことになった。 127人の都議会議員総数(過半数 64 )のうち、都議会民主党 53 /共産党東京都議団 8 に対し、都議会自民党 38 /都議会公明党 23。どちらも合わせて 61 で過半数に足りない。残りの諸派・無所属議員(合計 5 )を見方につけ、最大勢力である民主党が石原施政にNOを断じるのが適切な筋道と言える。ここは民主党、今回の青少年育成条例改正への反対を”党として”打ち出していただくほかはない。 18歳未満の男女を青少年と言う。一般論として、生身の青少年を”みだりに”性的対象として扱う風潮を助長すべきでないとの考え方があることは分かっている。だからこそ、例の児童ポルノ禁止法が制定されたわけだろう。ただし僕は、あの法律にさえ問題があると感じて、ぐだぐだと文句を書いてきた。 〔参考〕 § 児童ポルノって何だろう? だが、今回の東京都条例改正案は、それに輪を掛け、実際に存在すらしていない『フィクション世界のキャラクター』=『非実在青少年』(←聞くからに噴飯もののネーミング)が性的対象として扱われる表現作品の全てを、一切合切(いっさいがっさい)規制してしまおうという、とんでもない代物なのだ。これは、いくらなんでも駄目である。 改正第七条の二。 行政当局がイメージしている対象がどんなものなのかは、簡単に想像がつく。要するに、エロマンガとかエロゲーと呼ばれているような、エロいタッチを含む/含み得る作品類で、その中にはBL=ボーイズラヴも、もちろん想定されているはずだ。 この際、あえて百歩譲った話をすると、児童ポルノ禁止法の概念には、児童ポルノの被写体となる(可能性のある)18歳未満の男女が、ときに受ける恐れがあり得る性的虐待を未然に防ぐといった大義名分がある。僕は、児童ポルノを十把一絡げに規制することによって発生する問題について、かつて書いた(上掲〔参考〕)のだが、確かに、生身の18歳未満の男女(青少年)が危険に晒されたり、それがもとで精神的トラウマに陥ったりする危険性については、考慮しなければならないことは認めよう。 しかし、今回の東京都条例改正案が明らかに行き過ぎなのは、実際に存在すらしていない『フィクション世界のキャラクター』=『非実在青少年』を用いた性的描写(=18歳未満の男女が性的対象として扱われている全ての作品類=『青少年性的視覚描写物』←これも、新しい造語らしい/同じく噴飯ものだが)をターゲットに据え、これを攻撃。見つけたら、直ちに規制。御禁制の品として取り締まるという『愚行』であるからだ。 開いた口が塞がらず、呆れた苦笑が止まらない。そのまま、こっちまで釣られて馬鹿になってしまいそうだ。東京都・石原慎太郎知事の馬鹿など、いただくわけには行かない。 今回、東京都が目指している条例改正について、何が問題なのか、法的観点から整理された文章を読んでみる。 〔引用開始〕 お分かりのように、エロマンガやエロゲーを、年端も行かない子どもの目に留めることが良いと言っているわけではない。何にしろエロいものは、子どもたちの目に留まらないよう、大人は一定の注意を払う必要に迫られる。ところが改正条例では、その大人が自らの判断と責任によってエロマンガやエロゲーを見たり遊んだりすることでさえ、まかり成らぬと吠えている。それは、どう考えてもおかしい。 要するに、東京都はエロマンガやエロゲー、あるいはBLを、御禁制の児童ポルノと同じ扱いにしようと考えているようだが、さすがにそれは、支持を集めそうもない。コミック同人誌を作っている人たちや、コミック同人誌の愛好者たちが黙ってはおるまい。この際、オタク系の人たちにも決起していただき、ともに共闘をお願い申したく。 ショタコン〜少年愛/ロリコン〜少女愛といった性的指向を生きる人たちにとっては、趣味レヴェルを超え、もっと深刻で、個人の存立に関わる大問題なのである。ここのところ、ずっと、行政当局は児童ポルノの禁止=排除の理論で彼/彼女らを抑圧してきた上に、なおまた、コミック世界の少年愛/少女愛さえも潰しに掛かろうとしているのだから。この一線だけは、守って差し上げたいではないか。少なくとも、『非実在青少年』を愛する分には、誰をも傷つけることはないのだから。行政当局のやろうとしていることは、あまりにも残酷な差別的弾圧行為である。 それに、行政当局がこんなことをエスカレートさせて行けば、ゆくゆく、手帳やメモ帳、折り込みチラシの裏側、ノートや教科書の端っこなどに、ちょいとエロっぽい『非実在青少年』の落書きをしただけなのに、猥褻図画陳列罪に問われるような時代になる恐れ、充分にありだ。 あるいは、頭の中で『非実在青少年』をモチーフにエロっぽいことを『考えただけ』でも罪と見なされ、逮捕・投獄されてしまうような世の中になってしまうかも知れない。 いや、それ以前に、18歳未満の男女あるいは男同士/女同士のカップルたち自身が、親しく手を繋いで街中をデートすることさえ――公園の片隅でチューをすることさえ、エロい想起を助長させる行為だと、処罰の対象になっても、文句が言えないことになってしまう。こうなると、もはや言論や思想だけでなく、行い/振る舞いまで監視される超統制社会に成り下がったも同然だ。 そんな世の中に、戻して欲しくなど毛頭ない。 「考え過ぎだよ、おっさん」 「あんた、大袈裟だなあ」 とは、どうか思わないでいただきたい。今回の東京都による条例改正は、少なくとも検閲制度の復活/管理社会への移行――その”とばっくち”に立つのと同じことなのだから。 |
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表現規制について少し考えてみる(仮)のサイトにこんなことが載ってました。転載開始。 |
野次馬さま 2010/03/21 22:28 |
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