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help RSS §ここ数日のあいだ、総てを休んで、ゆっくりとしてみたのです。

<<   作成日時 : 2009/11/24 16:04   >>

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 12歳の僕は、自分がゲイだと自覚し始めていました。将来は、""政治家""か""教育者""かなどと、漠然たる志望。24歳の僕は、『映画屋』になろうと無鉄砲な行動に明け暮れていました。36歳の僕は、実家の稼業(大型懸垂幕/横断幕制作)にすっかり忙殺されていました。そして、48歳(今)の僕は――。

 今になっても、まだまだ己が道を定められずにおります。還暦が60歳。これからの12年間は、還暦へ向かう最後の One Term となるわけですので、あえて意識をすれば、とても大切な通過時期を迎えたのかなとも感じます。(特段の構えで意識しなければ、何の意味も持たないのですが……)

 他の人たちと比べると、いろいろな気持ちが頭をもたげます。早々と、20代で人生の進路を明確に定め(つまり、それまでに充分な下準備をも為し終え)、今に至るまで、その道ひとずじを貫いている知人のことを思うと、実に立派だと感心しますし、僕もその人のようにできれば良かったのかと、己が嘆かわしくも思えてきます。

 ただ、後悔をしていても仕方のない話。なるほど、僕の生き方は出鱈目なものだったかも知れませんが、それぞれの折々には、真っ直ぐに/全力で、ことに当たっておりましたから、判断ミスや失敗はありましたけれども、今になって、それらを後悔しようとは思いません。

 決して、僕自身が志した通り、滑らかには、ことが運ぶことがないのですが、きっとそれは、僕の側に問題があって、心を置く位置が、ひとつ相応しいところに収まっていないからなのでしょう。つまり、僕のほうが余計な物事に固執してしまって、滑らかに、ことが運んでいないと感じているのではないかと。

 ここ数日のあいだ、総てを休んで、ゆっくりとしてみたのです。思えば、これまでの5年間というもの、僕はグッスリと睡眠をとったことがありませんでした。ちゃんと診察を受ければ、睡眠障害との診断を得られることでしょう。3時間を超え、連続して眠ることができなかったからです。不規則生活の極み。それが、根本原因なのだと思います。

 いったん、諸々なことから離れて振り返ることで、ボンヤリと見えてくるものがあります。頑張ってみたものの、どうしても志が通じ合わなかったのは何故なのか――、一概に言えることではありませんが、そこには、どうやら『お金』という名の、厄介なハードルがあったからではないかと。

 残念なことに、己が最も大切にしている物事を『お金を稼ぐための材料』にしてしまうと、必ず大きな壁に直面する羽目になるようです。僕を含め、少なからぬ人々は『趣味と実益の一致』を夢見ます。自分の""好きなこと""を以て生業(なりわい=生計を立てていくための仕事)と成せれば、これぞ無上の幸いだと言って。

 確かに、『好きこそものの上手なれ』のことわざ通り、好きな物事だからこそ、日々の寝食を忘れて没頭できるのですから、どうせ仕事として、日常の大半を捧げて取り組まなくてはならないのでしたら、自分の""好きなこと""を以て生業と成すのが、最善だろうと考えがちです。

 しかし、僕の拙い人生経験では、(やりかたが良くなかったのかも知れませんが)僕自身の""好きなこと""を以て生業と成そうとすると、どうしても上手くゆかなくなってしまったのです。その、自分が大切にしてきた""好きなこと""が、楽しみや歓びではなく苦役に感じられてしまう瞬間が、例外なく訪れたからです。

「そんなガキみたいなこと、言ってるんじゃねえ! 情けない」
と、その苦役感を諦めなくては、自分の""好きなこと""を以て生業と成す幸せを得ることなどできないと、おそらく僕はどなたかに諭されてしまうことでしょう。その御説も、誠にごもっともだと感じます。

『人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し急ぐべからず……』と、徳川家康が遺したと言われる人生訓は有名です。『堪忍は無事長久の基』と、ひたすら我慢我慢。どうせ、何を為そうにも、忍耐/我慢はついてまわるのだから、同じことではないか――と、人生のベテランはお語りになることでしょう。

 自分の""好きなこと""/""得意なこと""だけで生計が立てられる人(そのように見えている人)は、実際におられましょう。ですが、心の底から幸せを感じておられるかどうかは、ご本人にしか判りません。『忍耐/我慢』と、どう折り合いをつけた/つけているのか、それもまた、人ぞれぞれに異なるのだと思います。

 真に多様性を認め合うとは、たった一つの物差しだけで、その人その人を断定しないこと。僕は、そのように理解しています。一人の人間を捉えるにも、様々な判断要素があります。そして、それらの判断要素はつねに、変形や変動を重ね、一定しないで揺らいでいるものと、僕は理解しています。

 ゲイ・レズビアン〜といった『性的指向』ばかりが、人間の多様性を指し示すわけではありません。『性的指向』は勿論のこととして、例えば『肩書き』や『境遇』といった、その他の特定の物差しでも、その人その人を断定しないよう心掛けるのです。あらゆる要素を削ぎ落とし、素となった人間同士が向き合い助け合う世の中を旨として。

 グループや団体などの集団は、大なり小なり、何らかの権威を持ち始めます。このことの理解には、人間の動物的集団習性が、自然発生的にそうさせるという考え方と、それぞれ個々の構成員(あなたや僕)が持つコンプレックスなど心理的要因から、段々と支配被支配の関係性が発生するという考え方の、2系統の思考フォーマットが必要です。

 いずれにせよ、こうした『集団的権威』は『所属』要素という名の物差しを用いて、それぞれの人間/その人その人にレッテルを貼ろうとします。また、そのレッテルを""貼られる""こと自体が快感となって、いつの日か、真に多様性を認め合うとはどういうことだったのかを、忘却してしまいかねません。


画像
マリオ・ジャコメッリ
『私には自分の顔を愛撫する手がない(通称:若き司祭たち)』

 イタリアに、マリオ・ジャコメッリ(Mario Giacomelli/1925-2000)という写真家がいました。彼は、イタリア北東部のセニガリア(Senigallia)に生まれ、同じ地で没しました。アドリア海に面したその小さな町で暮らしながら、生涯、地道に写真を撮り続けたのです。被写体になった多くは、彼の家族や友人、そして町の人たちでした。

 マリオ・ジャコメッリは、まさに『大いなるアマチュア』の代名詞的存在でした。ニューヨーク近代美術館の学芸担当員が彼の作品に目をとめ、たちまち世界が彼の名前を知るところとなったのに、ジャコメッリは、セニガリアの町で勤めていた印刷会社などの職のみで、終生、生計を立て続けたのです。

 彼は、己の内面を表現する手段として、写真を用いたに過ぎませんでした。どれほど高い評価を得ようとも、これで収入を得ようとは考えませんでした。売れるかどうかとか、世の中に受け容れられるかどうかなど、ジャコメッリが写真を撮り続ける意図とは、全く無縁のものだったのです。

 おそらく、彼の生き方そのものを体現していた『写真撮影活動』だったからこそ、死してなお、マリオ・ジャコメッリの作品は、観る人々の心を離さないのでしょう。自分は、斯く有るべくして斯く有ると、さり気なく素朴に、淡々と生き抜いたであろう彼の姿を想像し、むしろ僕には、心奮わされるものがあります。

 僕は、これから還暦へと向かう12年の時空、余計な我慢に煩わされないようにいたします。そして、こだわらないよう努力します――己が何者であるか、どこに所属し、如何なる立場にあるか。どれだけの業績を世にもたらしてきたか。人々に受け容れられたか/受け容れられるか。売れたか/売れるか/売れないか――そうした一切を。

 試行錯誤は続きますが、価値の見出せない空虚な概念に囚われることなく、他人様(ひとさま)と己を無闇に比較することなく、僕は、このブログという媒体を基本に据え、主として己の内面を表現する手段として、『""ゲイ的""文筆活動』を終生のワークといたしたく、左様に考えている次第です。



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