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NHKのご両名は、イベント広場の撤収が総て終わるまで、ずっと現場で待っていてくださった。「ハートをつなごう」の制作サイドを取り仕切っておられる、M/Kさん(チーフ・プロデューサー/♂)とI/Yさん(ディレクター/♂)である。お二人とも、素晴らしい方たちだ。 ・ 去年の秋、僕は「ハートをつなごう」を作っている人物が、どんなキャラクターなのかが知りたくて、取材をさせていただいた。ゲイ・レズビアン・性同一性障害など、いわゆるセクシュアル・マイノリティーを真正面から受け止め、正しく、積極的に伝えようとの姿勢に転じたNHKという放送局――その職員であらせられる。 ・ そもそも僕は、NHKに何が起こったのだろうと驚いていたし、ここまで同性愛者/LGBTの世界に「深入り」をし、熱心な取材を重ねるI/Yさんの「動機」が、とても興味深く感じられていた。 NHKの番組に期待を寄せる「同性愛者などLGBT」〜<NHKは変わったのか>今村裕治ディレクターに聞く(JanJan/日本インターネット新聞) 印象的だったのは、I/Yさんが、同性愛者/LGBTというテーマを、特別なものと位置付けて番組作りをしてきたわけではない――としておられることと、NHKが変わったと言うより、むしろ、公共放送の王道を行くのが「ハートをつなごう」という番組なのだと、熱く語られたことだった。 勉強熱心なI/Yさんは、僕などより、同性愛者/LGBTが抱えている問題の本質を的確に捉えておいでである。 「こういう番組を、あまりやってこなかったことで『バランスを欠いていた』という反省はあります。ですから、あえて『NHKが変わった』と言うのなら、これまで取り上げてこなかった問題にこそ、注目しようとしていることをもって変わったと言うことができるかも知れません」 LGBT特設サイト「虹色」(NHKオンライン) M/Kさんとは、昨秋の取材のときより、むしろ今回の東京プライドフェスティバルにおける「ハートをつなごう」公開収録の裏方的部分の、さまざまな調整場面で、遣り取りを重ねさせていただくこととなった。 非常に穏やかで、慈愛と優しさに満ち、まるで仏様のような方である。僕のような、小生意気で鼻持ちならない素人に、きわめて広い心持ちで接してくださり、わがままの数々に目をつむっていただいた。なにより謙虚でいらっしゃるから、僕が自らの拙い段取りのせいで、あたふたと慌てふためいているにも関わらず、M/Kさんは、「いえいえ、それはNHKの落ち度でございます」と、もろもろの尻ぬぐいを全部やってくださった。 M/Kさんのケータイ留守録にメッセージを残しておくと、次にM/Kさんと通話をするときには、留守録の内容を反復再確認する必要なく、その案件を理解/把握した上で、問題解決の具体的方策から、いきなり話が始まる。仕事のできる人は、そのように処理を進めて行くのだ。見倣いたいものである。 僕は僕で、今回、NHK制作チームの皆さんのお仕事振りを、間近で拝見することができ、実に得難い体験をさせていただいた。なので、正直、そのようにお伝えすると、M/KさんとI/Yさんは、「こちらこそ、滅多にできない経験をさせていただきました。おそらく、今後も、こういった仕事はできないだろうと思っています」と、声を揃えた。僕は、どういう意味なのですかと尋ねた。 お二人は、次のように答えられた。 ○公開収録自体は、ちっとも珍しいことではないが、ほとんどNHKが主体となり、NHKが収録したいように収録するものと決まっている。 ○つまり、イベントの主催者が別団体で、NHKがその中の一部の時間を(借用して)使うスタイルで公開収録をするというのは、前代未聞で、きっと、これから先もないだろう。 それは意外ですねと応じたら、「民放のことは分らないが、NHKの方法論では、例外中の例外」といったニュアンスのことを答えられた。 ○「ハートをつなごう」の収録は、スタジオ内で行われてきた。そのため、制作チームの面々は、不特定多数がジッと注目する中、番組収録を行う経験に乏しかった。 ○つまり、大勢の観客から拍手を浴びたり、観客の反応や息づかいを感じながら、仕事をこなしたのは、今回が初めてだった。 M/Kさんによれば、制作チームの皆さんが、野外ステージの客席を占める多数の観客から拍手を受けた際、いままで見せたことのなかった表情を示したのだそうだ。スタジオ収録では、決して得られない体験。――それは、視聴者であるLGBT=レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーたちと、じかに接し、その現実の反応に触れることだった。言うなれば、自分たちが制作した番組を、テレビという装置を介して見る人たちが、どのような意想を湛えて「作品」を評価しているのか、彼ら制作チームの面々は、これまで、直接、肌で感じる経験をしたことがなかったのである。 ところが、今回、制作チームの皆さんは、もろに当事者の生の気感に触れ、そこで初めて、セクシュアリティーを超えて心が通じ合うことの感動を覚えたのだろう。僕は、あの日の客席から制作チームへ送られた拍手の意味には、「同性愛者/LGBTを臆せずに取り上げてくださって、ありがとう」といった、率直な感謝の念もまた、込められていたのだと感じている。 日本の社会で、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなど、多彩な性が一層、理解され、僕らに対する暗黙の抑圧が消えてなくなる日を迎えるために、どういった行動が求められるのだろう。 かねてより僕は、カミングアウトは誰にも強制できないことだし、きわめて個人的問題ゆえ、個々のケースバイケースに委ねるべきだと書いてきた。その上で、カミングアウトが可能な相手へ、可能なタイミングで、カミングアウトを試みるLGBTは、なくてはならない存在だとも述べてきた。 僕らに対する暗黙の抑圧が消えてなくなる日を迎えるための歩みは、カミングアウトを為すことから始まる。――これは、どうしても譲れない事実である。ヘテロ(社会)とLGBTを遮っている「目には見えない壁」の表面を溶かし、あるいは「目には見えない壁」に風穴を開けるためには、LGBTとヘテロとが対峙する瞬間、すなわちカミングアウトが、どうしても必要になるのだ。 今回、代々木公園・野外ステージにおいて、NHK「ハートをつなごう」制作チームとLGBTの当事者が、初めてのリアル遭遇を果たした。言わば、NHKという巨大にして有力なLGBT理解者=エライ(Ally)を前にして、LGBTの当事者が多数、生身の姿を現わし、共感の拍手を送ったのである。 NHKの制作スタッフは、今回の経験を機に、おそらくLGBTに対する親密な思いを新たに、より一層正確で緻密で、理解ある番組作りに励まれることだろうと信じたい。LGBTとLGBTではない人たちとの好意に満ちた出会いから、本当の世直しが始まるといったところだ。 僕らはこうして、ちょっとだけ勇気を出し、LGBTではない人たちの前に、姿を現わしさえすれば良い。僕らは、間違った存在ではないのだから。心ある人たちなら、そんなこと、すぐに解ってくださる。だからこそ、僕らは、躊躇いと猜疑心を払いのけ、思い切って自らを現わさなくてはならない。もちろん、それが可能な人から、少しずつ。 NHKのような巨大メディアを積極的に味方へ迎えることは、必ずや、日本人の意想と時代精神を、きちんと正すことへと繋がる。 今回の「東京プライドフェスティバル」の真価は、もう少し後になって、歴史的意味を強く伴いつつ、高く評されるものとなるだろう。
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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カミングアウトする際に、「もし拒否をされたら…」などと |
あつし 2009/05/27 23:59 |
あつしさん |
円山てのる 2009/05/28 07:30 |
(2)人には、LGBTを拒否する権利もあります。しかし、LGBTを拒否する人は、旧い人だと思います。その旧さを新しいものへと変えるよう促す努力を、僕らはして差し上げるわけですが、あまりに感覚が旧い人を、強いて変えさせても、実りは少ないように思います。拒否されることで湧き上がる悲しさもあります。もろもろの要素を勘案し、自分をとりまく総ての人にカミングアウトするのではなく、LGBTを拒否しない人を、あらかじめ見極めておいてから、カミングアウトする方策もあるのではないかと思っています。失敗に終わりそうなカミングアウトを敢えてするのではなく、成功するカミングアウトを創り出し、だんだんと自分も慣れてゆく/相手も慣らしてゆく――といった図式です。 |
円山てのる 2009/05/28 07:31 |
まず最初に、色々とお疲れ様でした。 |
1st 2009/05/29 03:22 |
1stさん |
円山てのる 2009/06/02 22:09 |
う〜ん・・・自分の思い違いでなければ、円山さんはどうも「1stとは考えが違うし話し合っても無意味だ」というニュアンスを感じてしまいます>< |
1st 2009/06/02 23:54 |
1stさん |
円山てのる 2009/06/03 12:46 |
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