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<7―30> ・ ※ <6―30>より・つづき――― ・ 不意に、独善居士から念信が届いて参った。 ・ {……言っておきたいことが、あるんだ……。きっともう、会えないんだよね。だから、おねがい、ヒロユキ兄ちゃん……、聞いて……。イヤだったんだよ……。ぼく、ホントは。あんなこと、されるの。だけど、ヒロユキ兄ちゃんに嫌われたくなかったからガマンしたんだよ。ちっちゃいときから、いつも優しくしてくれたから。いっしょに遊んでくれたから。おこづかいもくれたから。でも、ひどかった。むりやり、あんな痛いこと、された。「やめて、やめてー」っておっきな声だしたら、口をおさえられて、「声をだすな!」ってこわい顔になった。どうしてだろうって、ぼく、わかんなくなったよ。だって、あんなに優しいヒロユキ兄ちゃんだったのに。おしりが痛くて、おフロに入ったら血がたくさんでちゃった。それで、お母さんにもバレちゃって、「どうしたの! だれに、こんなこと、されたの!」って言われた。チョー悲しくなったよ。そうだろ? ぼくは、ヒロユキ兄ちゃんのせいだなんて、ぜったい、言いたくなかったんだ。ぼくだって、ヒロユキ兄ちゃんのこと、スキだったのに……。あんな、らんぼうなことしなくたって、ぼくは、ヒロユキ兄ちゃんと、なかよくできたのに……} ――と、これが具体的に、誰の言葉なのかは余にも分からぬ。 ただし、“ヒロユキ兄ちゃん”とは日下部浩之のことを指すのであろうから、墨町と浩之との一件から後の話ということになろう。 申したように、斯様な事柄は、連鎖また連鎖で伝承されてゆくようなものである。それを、独善居士もまた申されたかったものと想う。 どうにかならぬものかと大いに気掛かりなのだが、余の立場から、この是非を安易に説くことはできぬのだ。 墨町は社会人となり、相変わらず少年喰らいを続けておった。 電脳通信網上に、同性愛の少年たち自身から性の誘いが掲載されるようになる前、若かった頃の墨町が専ら夢中になっていたのは、便利式雑貨店(コンビニ)の成人雑誌置棚(アダルトコーナー)辺りで、下半身を尖らせながら物欲しそうな顔でうろうろしているような男子中学生たちを、視線や素振りで巧みに誘惑し、日下部浩之にしたようなことをやり遂げてしまう興奮と緊張だった。れっきとした犯罪行為である。親にでも言い付けられ、訴えられでもすれば、もはやそれでお終いであった。しかし、子どもたちの好奇心と罪悪感を配分良く取り扱い、七三ほどの割合で満足な思いをさせてやっておったがゆえ、問題を起こすようなことには全くならなかったのだった。 左様な経験から、墨町恒幸は色々と見分ける術を身に付けたので、初めから脈のなさそうな子どもを篩い落とすことができるようになっておった。絶対に男好きになるであろう少年に狙いを絞ったのだ。百発百中であった。墨町の口淫や手淫、肛門性交の手解きから巣立って行った少年たちの八割九割は、持ち前の同性愛遺伝子を刺激され、真っ直ぐに本来備わっていた道を進んだことだろう。でも、墨町は決して後追いをしなかった。 だから、日下部浩之と同様、その果て、少年たちがどうなったかは余も知らぬ。 南伯の男色街(ゲイタウン)でバッタリ再会したなどという例も、二人、三人はおったようだけれども、墨町は、成長してしまった彼らを特別に構おうとはしなかったのだ。 「いっきなし、僕のことを嫌いになっちゃうってこと?」 「俊輝のことを嫌いになんか、なってない!」 「んじゃ、別れる理由なんて、ないじゃんよ!」 「……いや、ただ俺は、……お前が、俺とのこと、バレちゃったせいで……」 「だから、それはないって!」 「そうか? そう……なのか……」 「そうだって! 意味わかんないこと言うなよな」 “北千ハーバーヴュー”の観覧車は、上昇から下降に転じる、だいたいてっぺんの辺りにあって、相変わらずとろとろと動いておった。墨町恒幸の右側には、大南海の広大な海原が、ギラギラと燃える太陽から照射される熱い光を反射して、金剛石(ダイアモンド)のように輝いて見えていた。粟飯沢俊輝の右側には、美陽州の中核都市・明翔、その中心部の市街が一面に拡がり、はるか向こうには熱和山系の山並みが展望できたが、汚染排気や水蒸気でかすみ、かなり薄らぼけていた。その遠くの山並みの一部には黒っぽい雷雲と思しき雲が控えておった。そこいら辺りでは、早くも大雨が降っているやも知れぬ。いずれ、午後遅くに達すれば、明翔市の全域で疾風雨(スコール)となったであろう。 いきなり『終わりにしないか?』と投げ掛けられたことで俊輝に湧き上がった困惑と憤怒は、唐突な別れ話の理由が墨町の杞憂だと理解することで、一気に霧消した。 状況は、墨町のほうから別れ話のようなものを切り出してはみたものの、その墨町が、高校生の俊輝から逆に攻勢を掛けられてしまっておったわけだ。 「なっ! ツネユキ。僕には、今度のことがあったからって、これで終わりにする理由なんて何もないよ。ツネユキのほうに、何か別れたい理由があるんなら、ちゃんと言ってくれよ」 まさか、少年愛の自分にとって、経験上、本来であれば高校生という俊輝の年頃は賞味期限が過ぎておろう筈だから別れを問うてみたのだ――などと、墨町が言い放てられるわけがなかった。あるいは、かつての自分だったら、とっくに性的目標ではなくなっていてもおかしくない俊輝なのに――、 (なぜなのだろう……) 墨町が抱く彼に対する思慕を、ここへ至っても捨て切れない戸惑いが、斯様な別れ話をもたらそうとしたのだ――などと説明したところで、全く納得される筈もなかった。ゆえに申すべきでもなかった。 「い、いや……、俺には別れたい理由なんて、……ひとつもないさ」 「なんだよー。そんなら、こんな話してる意味ねえじゃん。ばかみてえ」 俊輝は、放り出されて少し乾いてしまった“クイーンズ・ハンバーガー”なる洋食を掴み取ると、再び若者らしさの溢れる悪しき行儀でかじり付き、ムシャムシャと頬張り始めた。言い放った言葉が本心だと表現するに相応しい動作を試みたのだが、この表向きの裏面、俊輝の内心には、実のところ若干の不安感が燻り続け、それとやはり、墨町から、こともあろうに『終わりにしないか?』などと言われてしまった事実それ自体に、小さな悲しみを感じないわけではなかった。ただ、二人は深く結ばれておるとの確信が、左様なことを思い続けるまいと心の制御を為しておった。そのようなところであろう。 余としては、いよいよ墨町恒幸が、粟飯沢俊輝を通じて少年愛から青年愛へ、そしてゆくゆく大人の男を愛せるものなのかどうか、また、彼奴がもともと抱いておった少年に向かう性的誘惑に討ち勝って行けるのかどうかの試金石と、これからなるのか否か、――と、その辺りに、当時は大いに注目して参ろうと思うておったものだった。 いまほどの危機感を持つまでには、なっておらなかったとは申せ。 二人の乗った観覧車は円弧を描いてとろとろと降り行き、彼らがこの日も翌日も、そして未来も生き抜くこととなるであろう地上へ向けて、何事もなく近付いておった。 ここまで、余――航天院――が案内仕ったのは、いまから遡ること十二年前のむかしを起点とした、いくつかの重要な関連事象であった。 あとは、次に控え居る妙桃童女へと、お繋ぎ申したいと存ずる。 ※ <8―30>に続く―――
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