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<5―30> ・ ※ <4―30>より・つづき――― ・ 余は、ここで一つ二つ、さらなる墨町の過去について語っておかねばならぬ。 まずは、墨町恒幸自身が幼いころに被った、ある体験である。 それは、墨町がまだ小学生の時分のことだ。確か、あれは二年生の頃であった。 夏季休校に入ってすぐ、墨町少年は伯父の家へ遊びに行った。耶麻斗州山瀬沢と言えば有名な避暑地だから知らぬ人はあるまい。墨町少年の伯父は、そこに別荘を持っておった。賃貸愛玩動物(ペット)事業で成功を収めた一端の金持ちだったのだな。山瀬沢の地はまた、現存する“蛍の里”の中では代表的な場所としても知られておろう。毎年、六月から七月にかけ、蛍狩りが観光の目玉である。蛍まつりが開催されたりもしてな。墨町少年が、まだ蛍を見たことがなかったと聞き、優しかったその伯父は、夏季休校を機に、墨町少年のほか数人の親類の子どもたちを、自分の別荘に招いたというわけだ。 別荘に着いた日。 夕食を済ませ、屋外が暗くなると、早速、墨町少年らは伯父に連れられて蛍が見られる地点の一つ――芭蕉池のほとりへと赴いたのだ。そしてすぐにもう、子どもたちは普段の都会生活では絶対に見られない神秘的な光の乱舞と遭遇することとなった。 「うわー。すごいすごい、すげーっ。ここ、ぜーんぶ、あんなに光ってる、ほらほら」 「なんだこれー。うちゅうのお星さまみたいに、ピカピカっとなった」 「あーっ! 光りながら、いまこっちのほうに、いっこ、ピューッって飛んできた」 「ほら、見て! 光の色が違う。こっちのとむこうのと。むこうって黄色くねえ?」 「うんうん。こっちのみどりっぽいよね」 子どもたちは、初めての自然体験に、それは夢中で興奮しておった。 蛍狩りに訪れた人たちは大勢あった。老若男女の意識は、ほたるほたるに集中し、子どもたちと同じようにはしゃいでいた。芭蕉池の一帯は最低限まで照明が落とされ、ほとんど真っ暗であった。懐中電灯すら焚く人はいなかった。もちろん、写真機の光源も含め、蛍たちの営みを邪魔する行動が禁止されていたからなのだが。 最初は、そのときだった――。 伯父は、その暗がりの一角で、墨町少年を後ろからそっと包み込むようにし、 「そーら。ツネユキ。あっちのほうを見てごらん。ちょっと光りかたの違う光を出す蛍たちが集まって飛んでいるみたいだぞ。ゲンジボタルだけじゃなくて、ヘイケボタルもかなり居るんだなあ。ああ、そーら、向こうのほうで、一番強く光っているのがいるね……、あっちがゲンジボタルだよ」 愉しそうに話しながら、右へ左へと、少年の視線を巡らせていた。 「ホントだ。ホントだあーっ!」 しかし、伯父はおのれの左手を墨町少年の袖無し下着の内側に滑らせ、胸から腹、その辺り一面を這うように撫で廻し、乳首を弱くつねった。また少年の首筋へ唇を近付け、少年の頬に頬をすり合わせた。はたまた、伯父の右手は短か段袋の上から、少年の性器をば、やんわりと弄んでおったのだ。 「おもしろいねー、ほたるって」墨町少年が、それに気付いた様子はなかったのだが。 さらに、数日後、伯父の別荘での深夜遅く――。 伯父は、あからさまな行動に出たのだ。我慢の限界を超えてしまったのだろう。 忍び足で墨町少年の寝台(ベッド)にやってきた伯父は、寝ぼけ眼の少年をソッと抱えて自分の寝室へと運び出したのである。自分の寝台の上で少年をゆっくりと全裸にし、自らも素裸になった。伯父は自分の硬直した生殖器を墨町少年のオチンチンにあてがうと、二本とも一緒に握り締めてしごき始めたのだ。ただならぬ状況に、墨町少年が目を覚ました。 「おじさん。なにしてんの!」 「いいんだ。ツネユキ、そのままでいいんだ」 「ねえ、どうしたの? おじさん、やめて!」 「いいから。ほーら。おちんちんとおちんちんを、くっつけよう」 伯父は、墨町少年の小さな身体を抱きかかえ、少年の柔らかい下半身の肌にめりこませるように、自分の陰茎を押し付けた。 「いたいよう! やめて! いやだいやだーっ!」 抱きかかえたほうの手を伸ばして、そのまま少年の肛門を圧迫した。 「やめてよー。おじさん! いたいよー」 「いいから……いいから……。ああっ! ああっ! ツネユキッ!」 「こわいよー。ねえ、やめてよー……。おじさん、やめて……」 墨町少年は、目に涙を浮かべておった。 「あっ、あっ、あああーーーっ!」 ついに伯父は、大量の精液を、墨町少年の太ももの隙間に射出して果てたのであった。 墨町恒幸は、粟飯沢俊輝と二人だけで“北千ハーバーヴュー”の観覧車に乗っておった。 途中の拱廊のある通路で買って貰った“クイーンズ・ハンバーガー”なる洋食を頬張りながら、 「ねえ、話してよ。早く。……大事な話ってなに!」と、俊輝は少しいらついた口調になっていた。それもそうであろう。 この暑さの中で観覧車に乗ったものだから、いくら窓を全開にしておったと言えども、温室の中におるようなもので、ただでも不愉快になろうというものかも分からぬ。カンカン照りの陽射しは、皮膚を焦がさんとするが如く、痛いほどに二人の身体に突き刺さって止まなかった。 「なあ、俊輝……。いろいろ考えたんだが……」 「うん……?」 「……もう……終わりにしないか?」 「えっ?」 俊輝にも、墨町の意味するところは充分伝わっていた筈である。もう高校二年なのだから。そう、俊輝はもう高校二年になってしまっていたのである。そこが、墨町にとっての一大関門だったわけなのだ。 観覧車は、ゆっくりと上昇を続けておった。そのとろとろとした動きは、余にしてみれば、ちょうど人生の歩みのように感ぜられる。 「それって、別れようってこと……なわけ?」 「……ああ……いろいろあったからな……。もう、たくさんだろ?」 「なにが?」 俊輝は、ほんの一瞬前まで美味そうにかぶり付いていたせっかくの“ハンバーガー”なる洋食を、座っている脇に拡げておいた紙袋の上へやるせなく放り出した。理解できない表情を浮かべていたが、それをさらに細分化すれば、戸惑うとともに半ば怒った面持ちとなっており、厳しい視線を以て墨町の目を真っ直ぐに睨み付けた。厳しいとは申せ、透き通った瞳をしておったのだが。 生来の細身ではあったが、陸上競技の訓練を通じ諸部位の筋肉が逞しく育ちつつあった俊輝の肢体は、いきなり湧き上がった困惑と憤怒と、また内心に無かったわけではない若干の不安と小さな悲しみとによって、その全体が微妙にうち震えていたようであった。それら心的要因から体温が急上昇し、にわかに過剰発散される熱が、俊輝の大人びてきた顔相と、鍛えられていた上下の腕と、もう疾うに子どものものではなくなっていた太い骨格線が露わな両の脚とを、それぞれに内側から猛然と赤らめていた。 若い頃から墨町恒幸が指向してきた少年愛の範疇からは、十六歳に成長してしまった粟飯沢俊輝が醸し出し始めた大人の男としての精髄(エッセンス)が、かなり逸脱するべきところと化していた筈なのだ。本来であれば。 「嫌な思いをしただろう? 俺のことが新聞にまで載ったりして」 「ツネユキ。どうしちゃったわけ? すっげ、変なこと言ってねえ?」 どうやら、少年愛とはそのようなものらしい。墨町の場合は、中学生ほどの少年を最も好んでいたのである。少年愛を自認している者の常識として、相手が高校生になったらオサラバのつもりだった。ただし、もともとは――なのだが。 四年間も交際したのは、もちろん俊輝が始めてである。しかし、考えてもみられよ。中学一年生の年頃から積極的に大人の男性との恋愛を指向する男の子が、世の中にそうたくさんおるものではない。墨町は、これほどの長期間交際を予想しておらなんだ。自分でも全く意外な展開となっておったわけである。言い方は良くないが、どんなに早熟美麗な少年でも、数回ほど交われば互いに飽きるものだと相場は決まっていた。恋愛などということにはならないのが通例だった。俊輝のように、本格的な恋愛を欲求する少年同性愛者など、滅多に現われるものではなかったのである。 とは申せ、墨町が高校二年になった俊輝を嫌ったのかとなると、これがそういうことではなかった。 墨町はまた、大いに戸惑っていたのである。せいぜい中学三年いっぱいの少年までしか愛せなかった筈の墨町は、本当は微塵も失せることがなかった俊輝への愛しみを抱いたまま、全く新しい領域に足を突っ込んでおった。だからこそ、もう先の読めなくなった墨町は、ここへきて、ひどく恐れていたのである。このままで良いのかどうかと。果たして、おのれはどうなるのかと。そして、俊輝もまた、どうなってしまうのだろうかと。 「なあ、ツネユキ、僕らさあ。いつだか愛を誓ったよな? もう完全に結ばれたって……そう解り合ったよな?」と、俊輝の気持ちには揺るぎがなかった。 「ああ……」 「僕と、ツネユキと、……あんとき、マジで一つになったよな?」 「覚えてるよ……」 ※ <6―30>に続く―――
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