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<3―30> ・ ※ <2―30>より・つづき――― ・ 携帯電話電報のやりとりから十分ほどして、原動機付き自転車に跨った短か段袋(短パン)姿の俊輝少年が到着した。北千港の旅客船用岸壁である。正午を少し過ぎ、真夏のようなカンカン照りが辺りの混凝土(コンクリート)地面に反射して、気温を一層高めていた。 墨町は、照り返しの眩しさ以上に、両膝周りの腓骨突起を露わに見せた、俊輝少年の青春の肢体の輝かしさに、なお瞼を細めていた。俊輝はもう、十六歳の若者に成長していたのである。高校二年生になっておった。さもありなん。中学一年が四つ歳をとれば、もう高二ではないか。 「あっちーねー、今日も」と、俊輝が若々しい声を上げた。 「ああ。ごめんな、急に呼び出して」 墨町の声は、沈んでいて小さかった。紙巻煙草を一本引っこ抜いてから、残りを開襟(ワイシャツ)の胸元に突っ込んだ。突っ込みながら、紙巻煙草の包みが汗でくたくたになっておったことを知った。 俊輝は原付を降りて立てると、一度大きく伸びをしてから、短か段袋の尻の物入れ(ポケット)に差し込んでいた手拭い(ハンカチ)を取って顔じゅうの汗を拭った。 「ひさしぶりだね、ツネユキ。どう? 元気?」 「元気……でもない」 「しっかりしっかり! 負けんなよ!」 「お前は、ケロッとしてんなあ」 「どうってこと、ないさ。何も変わんないもん」 「あ? ああ……そうか、そうだったな」 ――と言ってから、墨町は心の中で(お前はな)と、一言付け加えておった。 ときどき突風のように吹き付ける海風に背を向け、また身を屈めた姿勢になって、使い捨て点火器(ライター)を紙巻煙草の先に近付けようとした。俊輝が寄ってきて、 「ほら、風よけー」 戯れ半分に、墨町の身体の前面から覆い被さるように防護した。 その刹那、墨町は、俊輝の体格が、ほんの少し見ないうちに、さらに一段と逞しくなったように感じた。真っ白な俊輝の晒し下着(Tシャツ)が汗を全体に吸っておって微かに湿り、引き締まった筋肉にピタリと吸い付いていた。 そして、頭髪洗剤(シャンプー)の香りにも似た少年の匂いから、段々と青年らしい催淫香(フェロモン)混じりの体臭へ変化していることを察したのであった。――“それ”もまた、やはりほんの少し見ないうちに。 「サンキュ!」 軽い礼を言って墨町が顔を上げると、ツルンとしてゆで卵のようだと思うていた俊輝の少年顔が、ちょっと骨張り始めた大人顔へと相を変えて微笑んでいた。墨町は、吸った最初の煙を吐き出し、もうほとんど自分の背丈と同じぐらいになった俊輝の、短髪型(ショートヘアー)の端線を、 (でかくなったもんだな)と、さり気なく視線でなぞっておった。 公権力というものを、余もあまり好ましいとは感じない。 御上の為さることとは、常に作為的である。お役人さまは、それを善意だの良心だのと説くのだろうし、国を治めるためには民を訓導すべきとの使命感を抱くのだろうが。 確かに、性犯罪と言える非道は後を絶たない。そして世の中、明らかなる莫迦者が増加した。電車車内での痴漢行為などは、もちろんれっきとした法律違反であるが、不謹慎を恐れずに申せば、比較的幼稚で些細な出来事と認識される程度に成り下がってしまった感さえもある。いまどき、強姦事件たるや、その数を知れぬほど連日多発しておる。男たちが示し合わせて女をさらい、監禁し麻薬を打ち続けて廃人にしておいてから、好き勝手に犯し廻している。犠牲者の多くは十代の中頃である。かつてのように、高校生ほどの子女に金品を与えてひとときの性の相手をさせるなど、金持ち階級のありふれた嗜みの如く安易に捉えられておるようだ。退廃の極みと申して過言に非ず。これぞ、道徳の衰退ゆえなりと、政府は徳育教育なるものを積極的に進めたが、国語科や数学科のように試験を行い、点数を付けるようになってからは、結局のところ、例えば、 『公道に座り込んで雑談を交わしながら飲み食いをしたとしても、その後片付けさえ綺麗に果たせば、それは道徳に反することなきや否や』――などというような、あたかも運転免許を得るために交通法規を丸暗記せむとするのと同様の、正直、実際的意味に乏しい記憶謎謎と化してしまった。間違い探し遊びと呼んでも宜しかろう。徳育科で優れた点数をとっておるような中学校三年の男子生徒が、小学校六年になる妹と、毎夜の如く近親相姦を営んでいたとの卒倒すべき報道は、政府の面目を著しく潰した実例として、いまだ人々の絶望の念に新しいことであろう。 斯かる事態の中で、美陽州政府は意固地になった中央政府の指示を受け、青少年の健全育成と保護に関する法律=青少年健全育成保護法を制定施行し、またそのいっぽうで州警察当局に命じ、あらゆる宿泊施設における宿泊者の徹底管理を行わせるに至っておった。 青少年健全育成保護法は、未成年と成人が性的な関係を持つことを厳しく規制しておるのだ。未成年淫行罪である。違反者は摘発され逮捕され、場合によっては起訴される。有罪となれば、懲役刑をも科せられる恐れがある。未成年と成人の組み合わせが宿泊施設を利用したとき、家族親類ないしはそれに準じる正当な関係が証明されない限り、違法性が高いとして取り締まりの対象となる。だからこそ、州政府は半ば堂々と、宿泊施設への介入に踏み切ったのだ。 私事(プライヴァシー)、すなわち個人的私生活における秘密や名誉の保護もへったくれも無くなってしまったということである。この観点から、州政府の政策には相当なる批判が加えられたが、道徳の低下を助長する議論には一切耳を貸さないとする御上=公権力の態度は一貫して強硬で、揺るぐことがなかった。 それに、墨町と俊輝の二人が、引っ掛かってしまったのである。 二人は、それぞれに家族と同居をしていたがゆえ、逢い引きのとき、その疲れを休め、また肉体を触れ合わせて愛を交わすなど、ゆるりゆるりと二人だけで過ごす時間と場所を、どうしても馴染みの宿屋に求めざるを得なかった。確かに、州政府=公権力による私的生活の監視が実行されていることを承知していたとするならば、いささか大胆に過ぎる振る舞いだったと反省しなくてはならなかったかも分からない。 しかし、墨町と俊輝の二人は、あくまで合意のもとで交際していたのである。 問題は、そのことが当局に、また世間さまに、どの程度理解されるかどうかだったのだが、暮らしにくい時代になったということか、世論そのものが政府の意のまま、保守化を達成してしまったということか、結論から申せば、二人の主張が通ることはなかったのだ。 二人が馴染みにしていた宿屋、龍宝館は、州警察当局の立ち入り検査の結果、日常的に未成年と成人が宿泊している可能性が高いと目を付けられておった。州警察が封印を施した監視録画装置の設置と、その録画画像記録を提出することが義務付けられてしまっていたからである。未成年と成人と申しても、それらの宿泊者たちは同性愛者ばかりではなかったのだが、所謂売り専の少年たちと彼らを買う男性客らが利用している事実が判明してしまったことが決定的で、――少し前のことだったが、内偵を張られていたことを知らないまま、常と同じように宿屋、龍宝館で休憩をとった墨町と俊輝の二人が、料金精算(チェックアウト)を済ませたところで、州警察の担当刑事らに捕まってしまったのであった。余としても、実に何とも、歯痒い思いで一杯だ。情けないやら悔しいやら。警告してやることができなかったことは、取りも直さず、余の力の無さを如実に語っているからである。 ときの報道は、次のようなものだった。 《16歳少年に淫らな行為――男性会社員を逮捕――美陽州警察 16歳の少年を南伯のラブホテルに連れ込み、淫らな行為をしたとして、美陽州警察南伯署は23日、青少年健全育成保護法違反(未成年淫行)容疑で、明翔市川名切通二丁目在住、会社員・墨町恒幸(36歳)を逮捕した。容疑を認めており、『以前から少年が好きだった。(16歳の)少年とは、四年近く交際を続けていた』などと供述しているとのことだ。余罪の可能性を含め、引き続き取り調べを行っている》 ※ <4―30>に続く―――
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