てのる【Gay】タイムズ

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS ▽兎にも角にも、ゲイの数だけゲイ思想がある。

<<   作成日時 : 2008/12/14 12:32   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

画像
今年のレインボー祭り(ニチョウメ)


 いわゆる世間さまにゲイを理解していただくためには、カミングアウトをしても構わないと決断できた人が、適当なタイミングでカミングアウトを果たし、「ゲイとは斯くなるものでございます」と、ご説明をば申し上げる必要が、あるのかないのかと言うと、ある。

 どうやら、世間さまの60%ほどが、大なり小なり同性愛に抵抗感を覚えておられるようだ。40%ほどは、抵抗感がないほうだと答えているらしい。2004年の毎日新聞世論調査を聞きかじった。

 同調査によると、〔抵抗感が全くないと答えた人:大いに抵抗感があると答えた人≒1:2〕〔あまり抵抗感がない人たち:少し抵抗感がある人たち≒5:7〕と、なっている。このデータが採られてから4年が経過しているが、現在なら、一体どのような傾向を察することができるだろう。

 抵抗感が全くない人たちは、差し当たり理解していただいているものとし、これからゲイを理解していただけそうな人たちは、あまり抵抗感がない人たちと、少し抵抗感がある人たちだと仮定する。大いに抵抗感がある人たちを、ここでは初めから相手にしていない。

 すると、これから理解していただけそうな人たちは、全体の6割にもなる。この人たちを対象に定め、切々とゲイについて語って行くことで、個人差もあるだろうが、

「よしよし、もう解ったよ、解ったってば」

―――どうにかこうにか納得していただけるのではなかろうかと、かなり甘い期待を抱いてしまった。

 要は、ゲイ/同性愛について、少し抵抗感がある35%の人たちが解って下さるかどうかが、鍵になってくるのだろう―――。

 若干の抵抗感を払拭するためには、イメージ戦略が大事ではなかろうか。抵抗感があるということは、その人にとって、違和感・異質感があるということだろうから、そうした違和感・異質感を消去してしまえば、すんなりと理解へ繋がるのではないか。(?)

 言い換えると、親和化・同質化を図るには、どうしたら良いかを考えたらどうかという話しになってくる。

「ゲイなんて、べつに、ヘテロと何も違わないじゃん、同じじゃん」

―――といった説得力を持つために、いろいろな方策を編み出してゆく工夫をしたいところだ。

 ある方のお話しの受け売りをするのだが、例えば親へ理解を求める際に有効な方法として、ゲイの息子を持った他所様の親御さんと、自分の親とを引き合わせてみるといった試みが、案外、有効なのだそうだ。

 親とは面白いもので、自分の息子がゲイだと知ると半狂乱に陥ったり絶望したりして、ゲイ息子とのコミュニケーションを上手く持てなくなるのに、他のゲイと出会い、また他のゲイの親御さんと対面して、話しを聞くうちに、冷静さを得るケースが多々あるのだと言う。

 つまり、親は、自分のゲイ息子とは激しく対立しても、他所様のゲイと出会い、またその親御さんの存在を知って話しをすると、意外に物わかり良く解り合えてしまうようなのである。

「ああ、うちの子だけじゃなかったのね」
「なんだ、けっこう普通のことなんじゃない?」

―――といった親和化・同質化が起こるのだろう。

 結局、親が気になっていたのは、<うちの子だけが異常な子になった=育て方が悪かった>とか<世間さまに顔向けができない>など、要は親自身を含めた体面を気にしていただけで、本当に息子が幸せなのかどうか、ゲイ息子の真の心情がどうなのかにまで、思いを至らせていなかったことに気付くのだ。

 ここで大事なことは、ゲイとして生まれ付いたことは、ちっとも不幸なことではなく、ヘテロとして生まれ付いたことと同様に、ちゃんと幸せを掴むことだってできるし、充分、愉快に生きているし、ヘテロと何らの相違なく、愛情を育みながら、恵まれた人生を送ることが可能なのだと、しっかり示してあげることなのだ。

 これこそ、まさに同質化である。同性愛と異性愛が同質であることを、身を以て示してあげれば良い。そうすれば、親は安心する。安心すれば、もう半狂乱に陥ったり絶望したりすることはないだろう。

 素敵な恋人が見つかるかどうかは、本人の努力を要する。これは、セクシュアリティーの如何に関係なく、誰でも一緒だろう。ことが恋愛問題に至ると、たしかに諸々の個人差が生じてくるので、「しなければならない論」に立つことはできないが、相手が親にせよ、ヘテロ親友にせよ、ゲイであることを明かし、ゲイだって立派に幸せな人生を送ることができるのだと相手に安心感を与えるためには、恋人を紹介できるほうがベターかも知れない。繰り返すが、恋人がいなければならないと言っているのではない。

 恋人がいない状態であるなら、ゲイ友だちを紹介しても良いだろう。これだけ愉快な仲間たちがいるから、決して独りじゃないのだよ―――と。もし、ゲイ友だちさえいないと仰るのなら、この僕でも宜しければ、友だちになって差し上げよう。

◇◆◇

 さて、自戒を込めて言うのだが、ある程度、カミングアウトをしたゲイは、ヘテロ友だちに対し、ときにしっかりとした説明をしなければならないときがあるように思う。「それが義務だ」などと書いてしまうと、「うわ〜、イヤだなあ、カミングアウトなんて面倒だから、やっぱりしたくないな〜」などと、余計な警戒心を与えてしまうかも知れないから、そこまで堅苦しい話しをするつもりは毛頭ない。どんなことでも同じだが、「できると思う人が、そうしたら良いのだよ」と、それだけの話しをしている。

 僕の拙い経験においても、例えば「ゲイの人って、繊細でデリケートで、芸術的素養が豊かだから、きっと、これこれこういうことなら、できるよね」といった固定観念を持っているヘテロ友だちに、「いえいえ、全然、そんなことないよ。ゲイだから○○○だ……なんてこと、全然ないからさ」と、キッパリと否定して聞かせたことがある。

 ゲイが全般的に、豊かな芸術的素養を湛えるなどということはない。もちろん、優れた芸術家はゲイの中にもいるが、同じようにヘテロの中にもいる。ゲイの芸術家が目立って見えるのは、単に芸術家が、比較的カミングアウトをしやすい職業だからだと思う。

 ゲイは、どのようなセックスをするのかと、興味津々の面持ちで質問して寄越すヘテロ友だちに、僕は平然として、フェラチオからアナルセックスに至る基本的な一例をザッと説明して聞かせたあと、「じゃ、お返しに、お前はどんなセックスをするのか、説明してくれよ」と、奥さんのいる前で、真剣に尋ねたことがある。

 予想通り、その友だちはタジタジになって答えようとしないから、僕は敢えて執拗に食い下がり、其奴を散々に困らせておいてから、「興味本位で、ゲイがどうやってセックスするかなんて、臆面もなく訊くもんじゃないよ(^^)v」と、やんわり諭しておいた。

◇◆◇

 近ごろはたしかに、ゲイに理解を示すヘテロが増えているように想えるとは言え、その内実、では、どこまで親身になって理解しているかとなると、さほどでもないといった場合も少なくないのだそうだ。お話しの受け売りは続く。

 つまり、「ゲイの友だちがいるんだぜ」とか、「ゲイだって同じ人間さ」と言ってのけるヘテロさんの中には、安価なファッション感覚で、そういうことを言うケースが散見されると言うのだ。深みに欠けるとか、あまりに軽すぎるといった批判がある。

 でも、僕がその話しを伺って感じたのは、べつに表面的でも構わないじゃないかということだ。人の心の奥底など、本当のところは誰にも分からないのだから。それを追求したら、切りがないではないか。

 また、若いゲイたちの中には、とても気軽にカミングアウトをしてしまう人たちが、かなりおり、誰それに「カムしちゃった(^o^)」といった調子で、アッケラカンとしているのだそうだ。しかし、彼らはヘテロ友だちには平気の平左でカミングアウトをしていながら、「親になんて、絶対に言えねえぜ」と、一番大事なところを避けていると言うのだ。

 親へのカミングアウトのタイミングを逸してしまった僕が言うのは、言い訳がましいのだが、正直、「いいじゃないの、友だちへ気軽にカミングアウトできるような雰囲気があるだけ」―――と思う。親にカミングアウトできる人はできるのである。できない人はできないのだ。それに、いまはできなくても、いつかできるときがくるかも知れない。そういった気構えで、差し当たり充分ではないだろうか。

◇◆◇

 インターネットの普及が、ゲイの行動をかなり変えているようで、結論を申すと、個の時代ならでは、ゲイの個人と個人が点と点で結ばれる傾向の強い時代になったのだそうだ。これもまた、ある方のお話しの受け売りである。

 僕が若いころは、インターネットなどなかったから、ゲイと出会いたければ、ゲイ雑誌の文通欄を利用して、交際相手や何らかのサークルを探すか、ニチョウメのような場所へ赴いてゲイ酒場へ通うか、あるいはハッテン場の所在を突き止め、そこへ出掛けて行かなくてはならなかった。

 僕は、ゲイ雑誌派だったから、もっぱら文通欄を利用した。ニチョウメへは、ゲイ雑誌や写真集などを求めに中学生のころから通っていた憶えがあるが、ゲイ酒場へ顔を出すようになったのは、いろいろ事情があって、ズウッと後になってからである。ハッテン場派ではないので、ゲイとの出会いを求める理由からハッテン場へ行ったことはない。(ことの成り行きで、ハッテン場を使ったことならある。)

 もし、僕がいま、10代だとしたら、たぶんインターネットを活用し、情報を得ようとするだろう。直で交際相手を探すと想うが、サークルのようなものにも入ろうとする可能性がある。交際相手とサークルと、どちらの発見が先になるかで、僕の行動スタンスは変わるだろう。

 交際相手が先に見つかった場合、個と個の繋がりを重視する派に属することになると想う。しかし、いずれにせよ、何かのサークル=集団に属しようともするはずだ。それは、その交際相手から導かれるかも知れない。

 つまり僕は、交際相手だけではなく、ゲイ友だちも欲しいと自然に考える。このゲイ友だちを欲する衝動が、ゲイ・コミュニティーへのアクセスへと繋がる。すなわち僕の場合、いつかは必ずゲイ・コミュニティーに参加することになるクチだと言えるだろう。

 ところが、いまの若いゲイたちに見られる傾向の一つとして、個と個の関係性を重視するが、なかなかコミュニティーへのアクセスをしないことが挙げられるのだそうだ。後ろ向きな言い方をしてしまうと、自分のことを優先し、自分がどうありたいかなどについては、しっかり考えているが、ゲイ・コミュニティーの問題や、ゲイと社会の問題などには、なかなかリンクしてこない=あまり関心を持たないと言うのである。こうした傾向は、セクシュアリティー云々に関わらず、もっと一般的文脈でも、同様に語られるような気がする。

 個と個との関係性や、個たる自分自身に関わってくるテーマについてはアンテナを張り、分析や考察を傾注しても、個と個の連なりによってこそ成立し、それなくしては個の存立さえ危うくなるコミュニティーや社会といった、自分を取り巻く環境を整備するためのテーマについては他人任せ。―――もし、いまの若者たちが本当にそうだとしたら、そのようにさせてしまったのは、僕ら年長者の、無意識的失策によるところが大きいのではないだろうか。

 つまり、何だかんだと理屈を捏ねながら、僕らもまた、厄介ごとから「基本逃げ腰」で、これまで生きてきたのでは―――と、少なくとも僕自身は、反省点が多々あると自戒している。


画像
バンクーバー・プライド・パレード

 兎にも角にも、ゲイの数だけゲイ思想がある。人の数だけ人生思想があるのと全く同じことなのだが。

 つまり、「人」をわざわざ「ゲイ」と置き換えているに過ぎない。

 それも要は、僕らゲイがゲイであることを、いちいち自覚しなくてはならない状況下に置かれているからなのだが、ここで「置かれている」などと被害者意識ともとれる思いに浸っていても仕方がない。

 結局のところ、最初の提起に戻ることになるのだ。いわゆる世間さまにゲイを理解していただいて、ゲイだのヘテロだの、何ら構うことのない意識を、血液型の違い程度のレベルに「均してゆく」ことに尽きる。ゲイ:ヘテロの、意識の上での親和化・同質化である。

 それに挑戦する主体もゲイなのだから、ゲイの数だけゲイ思想があることを重々ふまえた上で、お互いに、ちょっと気に食わないゲイを感知してしまっても、力を合わせることを基本に、前に進むしか他にない。


この記事を気に入って下さった読者の方へ。
どうぞ、ワンクリックをば、お願い申し上げます!
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛(ノンアダルト)へ

「男性とセックスの経験があるゲイ・バイセクシュアル男性」
「男性とセックスの経験がある男性」
を対象としたアンケート調査にご協力を!
↓↓↓

調査期間延長
<2009年1月6日 15時>まで

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
アナルセックスに抵抗感がある人は、アナルセックスをするゲイは異常だと思うんじゃないだろうか?

パレードの写真も、パンツ一丁じゃあ異常な人たちって思われてるんじゃないだろうか?
H
2008/12/14 15:02
Hさんツッコンで下さって嬉しいんだけど、このツッコミは今の時代、もう当たってないわね〜(^^)。ツッコンでも当たらないなんて、なんか満たされない感じで欲求不満になっちゃう。
お笑いのケンコバなんて、アナルセックスをギャグのネタにしちゃってるし、アナル好きのノンケ、少なくないらしいじゃん? パンツ一丁が異常って、じゃ、夏のビーチはどうなのよ……みたいな(^o^)
円山てのる
2008/12/14 20:11
(・_・)o尸~~マイリマシタ
H
2008/12/14 20:30
大阪のゲイパレードでの出来事

「お父さんたちの息子はゲイで〜〜す」と連呼

でも、大多数のお父さんの息子はゲイでないことが常識。

異常ですな。

もしも、われわれゲイに向けて
「あなたたちゲイのお父さんはホモd、お母さんはレズで〜〜す」なんて、連呼されたら

ドン引きするよwwwww

カミングアウト原理主義もたいがいにせよ
大阪のゲイパレード
2008/12/15 02:14
大阪のゲイパレードさん

 カミングアウト原理主義という言い方は、誰が最初に使ったのかなあ? 僕は、2007年3月の時点で、次のような記事を書いたことがあります。

カムアウト原理主義ではありません
http://tapten.at.webry.info/200703/article_1.html

 ゲイの数だけゲイ思想があるのですし、カミングアウトが、場合によっては悲惨な結果を生むこともあるので、それを簡単に煽ることなどできないことは、百も承知、常識です。
 ……と申しますか、個人の判断・決断について「こうしなさい」「こうしなくてはならない」となど、誰にも言うことはできないのでありまして、それこそ、まさしく常識の常識、そもそも物事を語る上で、前提にほかなりません。
 ↓↓↓
円山てのる
URL
2008/12/15 08:48
 ↓↓↓
 大阪のパレードで何があったのか、詳細は存じませんが、もし本当に「お父さんたちの息子はゲイです」と連呼していたのだとすると、言葉足らずだったように感じます。その人は「お父さんたちの息子だって、実はゲイかも知れません」といったようなことを叫びたかったのかなあ?

 何を叫ぼうと、基本的には、その人の思想によるのですから、僕がどうこうと決めつけることはできませんし、そうするつもりもありません。
円山てのる
2008/12/15 08:52
「お父さんたちの息子はゲイで〜〜す」も
「あなたたちゲイのお父さんはホモで、お母さんはレズで〜〜す」も
ゲイだったりホモだったりレズだったりしたら、嫌なんですよね。
でもゲイでもホモでもレズでも、嫌なことじゃない世の中になったら、いいんだけど。
なるのかな、ならないのかな?


ゲイパレードって、世界的にどこでもどんちゃん騒ぎなんでしょうかね。
まじめな人も、すばらしいパフォーマンスもあるけど。
どのくらいの人が、好意的に見てくれてるんだろう?


一応、ちなみに、ドンチャン騒ぎ・ハレンチパレードもアナルセックスも大好きです。
H
2008/12/15 12:36
http://www.nhk.or.jp/heart-net/message/05/05_0037.html

抜粋
[話の終点がカミングアウトしようという方向に終わるのが・・・]

こういうことじゃまいか。
H
2008/12/15 14:45
Hさん

「ゲイでもビアンでも、それが嫌なことじゃない世の中になったらいいのに」←全く同感です。それを願い/祈りますよね。

 一方、どんなことをしても、どんなイベントをしても、どんな演説をしても、どんな映画も、どんな小説も、どんな音楽も、どんな生き方も、どんな在り方も、好意的に感じ取る人と、そうでない人がいることもまた、事実なのですね。

 ただ、何かの一点で、人と人は繋がり会えると、僕は信じています。
円山てのる
2008/12/16 09:17
Hさん

 番組を作った人に、直接お話を伺ったのですが、カミングアウトしようという方向づけをする意図など、全くなかったはずです。お話を伺うかぎり、番組を作った人は、しっかり勉強しておられて、安易にカミングアウトを勧めるような考え方は、決して抱いておられない方だと、僕は感じました。

 この機会に、後日あらためてカミングアウトについて書こうかなあ。どうして、「カミングアウトを強制している」ように受け取ってしまわれる人たちがおられるのでしょう? 僕も、必ず「強制など、できるわけがない」と注意書きをしているつもりなのですが……。
円山てのる
2008/12/16 09:20

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

MAIL to TENORU

↓コメント欄にもお名前を↓

サーチエンジン

GIX

ブログリーダー

blogram投票ボタン にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ
ゲイのブログ検索サイト - ゲイログ

ネット・コム


GLBT・情報



GLBT・パレード

▽兎にも角にも、ゲイの数だけゲイ思想がある。 てのる【Gay】タイムズ/BIGLOBEウェブリブログ