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help リーダーに追加 RSS ◆「テロ」と簡単に言い切ることの怖さ <元厚生事務次官宅襲撃事件>

<<   作成日時 : 2008/11/21 16:09   >>

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 同一犯による連続犯罪なのかどうかは100%確実ではないとされながらも、元厚生事務次官宅「連続」襲撃事件―――と、かなり早い段階から実質的に断定され、そのような扱いになっている。

 しかも、これは「テロ」である―――との言われ方をしている。

 また、今回の事件が「年金行政」を担当した元官僚が狙われたとの見方から、関係するお役人筋の方々に対する警備が、尋常ではない迅速さで敷かれ、警視総監みずから、陣頭指揮に立って捜査が進められている。

 与党政治家の中には、これまでマスコミや野党勢力が、年金行政を闇雲に悪い悪いと糾弾し続けてきたことが、これらの事件の引き金になったと指摘する人が現われた。

 天皇・皇后は、埼玉県新座市への訪問(27日)を、二つの殺傷事件被害者サイドの心情と、厚労省関係者の警備に動員される警察当局の負担を慮り、中止した。

 二つの事件そのものは極悪卑劣で、許すことはできない。厚生労働官僚を狙った事件と判断するからには、身辺の警戒が為されるべき人たちに、相当の対処をしなければならないことも確かだ。

 しかし、こうした事件を即、「テロ」と言い換えることに、僕はいささか違和感を覚える。確かに「テロ」と言えなくはない。ただ、


 *「テロ」に対して毅然とした態度をとり、断固これを許さない、

 *「テロ」に立ち向かうための準備や行動は、如何なる場合も完全に正当である、


―――といった思想を一般化させるのに「持ってこい」の「材料」として、二つの事件が扱われているのだとしたら、果たしてどうなのだろう。

 つまり、いわゆる「テロとの戦い」は、つねに正義である―――と人心に擦り込むために、二つの事件発生が無二の機会となっていると捉える考え方が、社会(構造)のどこかに潜んでいるのではないかと、僕は心配になる。

 何にでも、一方的に「テロ」というレッテルを貼り付けることで、有無を言わさず是非を問わず、厳しい弾圧を加えられるようになり得る。世論を一定方向に煽り立てる「錦の御旗」として、「反テロ」「対テロ」という言葉や概念が受容的に普及・浸透し、簡単に使われるようになる時代。それは、まさしく暗黒そのものだろう。

 あたかも、かつて「お国のため」を合い言葉に、多大なる命が無惨にも、ゴミくずのように捨てられていったのと同じく、ゆくゆく「テロとの聖戦」が揺るぎのない合い言葉となり、人々を強制的に戦争へと向かわしめ、多くの命を奪うこと、また多くの命が失われることに、何の疑問をも持たない/持ち得ない/持ってはならない感覚麻痺の時代が、やってくる恐れはないのか。

 警察は、今回の事件解決に向け、あらゆる権力を以て総動員体制で臨むのだろうと思われる。天皇・皇后が、埼玉県新座市訪問を取り止めたのも、そうした勢いを察し、遠慮したという風に見える。

 一直線の忠誠心。それは、<厚生労働官僚という「国家」>が攻撃対象になったとの判断から、極めて迅速な対応となって現われた。

 一人〜二人の名もない市民が犠牲になったとしても、警察が、これほどまでに即時的対応をとることはないだろうに。

 与党政治家が、このときとばかりマスコミや野党勢力を批判し、「御上のやること為すことに、文句ばかりを言ってきた連中は、けしからん。二つの事件原因の一端には、マスコミや野党勢力が撒き散らしてきた偏った論調がある(主旨)」といった発言をしたようだ。

 その発言は、言い掛かりというものではないだろうか。本当に悪いのは、事件を起こした犯人なのであって、政府を批判してきたマスコミや野党勢力ではない。すり替えてはいけない。

 「結果として、マスコミや野党勢力が、あのような事件を導いた」とする論法は、自由な言論に対する明らかな挑戦だと、僕は感じる。

 今回発生した、二つの「元厚生事務次官宅を狙った事件」を巡る動きや諸々の反応は、いまの日本社会、社会の秩序、その主軸がどこにあるのかを如実にさらけ出している。

 国家の体に主軸はある。市民にではなく。

 しかし僕は、本来なら市民こそが、日本社会、社会の秩序、その主軸たるべしと思っている。

 今後、二つの事件の動きや反応から、何がどう変化するのか、あるいはしないのかを、しっかり見届けておきたい。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
テロリズムの定義って、あれこれ調べても実に曖昧ですよね。マスコミは何となく使っているけど、じゃあテロと非テロ脅迫犯罪の境界線は、法的にどのへんで線引きされているのか?という部分が実に曖昧です。
例えば「テロ特措法」の場合、その正式名称は
「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」
なんだそうで。じゃあテロリストって何?という部分は、何ら定義されていませんね。なのに定義すらされていないものを、賛成も反対もしようがないじゃないか、まずは定義してから仕切り直そうぜ、という議論が、なぜどこからも出ないのか?
前々回のエントリーとも重なるのですけど、議論というのは喧嘩ではなくて、あるテーマについて、定義を導くための検証作業ですよね。これを長い間なおざりにしていた弊害が、最近日本社会のあちこちで、ほころびを見せはじめているように思います。

darimana
2008/11/22 05:21
darimanaさんその「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃」そのものが、アメリカ政府による自作だったという説があるわけですからね〜〜〜。この世界は、まやかしなのかも知れません。いや、その可能性は高いのです。僕は陰謀論者では決してありませんが、むかし史学をやったこともあり、歴史には表と裏があって当たり前だと思えるので、「911の大嘘」も充分、念頭に置いておきたいと考えます。そうした観点からも、テロとの戦いが大義名分として語られることには、大いに警戒しなくてはならないと思っています。
円山てのる
2008/11/22 12:07
あ! ケネディ暗殺から、今日(11月22日)で45年ですね。
円山てのる
2008/11/22 12:12

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