てのる【Gay】タイムズ

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS ▽老いた母への告白は……

<<   作成日時 : 2008/11/20 17:56   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

画像


 昨日の病室には、いつもなら、僕より一足さきのタイミングで来ている父の姿はなかった。もうじき86歳になる父にとって、日々、ここまで見舞いに来る労力は如何ばかりだろう。とても毎日は続かない。数日おきになる。

 母が入院して、丸々2年が過ぎようとしている。先日、79歳になったばかり。

 母がいる病室は4人用で、ほかに3人、同じように高齢と思しきご婦人方がベッドの上で横になっておられる。母のベッドは、部屋の入り口からすぐのところ。

 僕がいきなり現われると、天井を見つめていた母は、視線をスッと自分の息子に向け、「あら、伸二、来てくれたの」と言った。

「うん。調子はどう?」
「あっちの病院から、今日、ここへ移されたばかりだから、まだ慣れなくてねえ……」

 あっちの病院など存在しない。数週間前の母は、『今日、入院したばかりなのに、よくここが判ったね』と、僕に言った。毎回、似たような反応を示す。

「ふうん……」と、僕は、細かいことに取り合わない。「……具合は悪くなさそうだね?」
「こんな有り様で、悪くないわけがないじゃないか」と言って、母は穏やかに笑った。「寝てばかりいられないんだがねえ。明日は学校へ行かなくちゃならないんだし」

 母が描くイメージ世界では、僕を目の前にすると、学校へ行ってPTAか何かの用向きを済ませなくてはならないシーンになるようだ。おそらく、父を目の前にすると、これがほかのシーンに変わるのだろうが。

「おまえ、サッパリした頭になったねえ」
「ここへ来る途中で、床屋へ行ってきた」
「ほう、そうだったかい」

 母は、しげしげと僕の顔を覗き込む。

「あんた、歳はいくつになったんだい?」
「いくつになったと思う?」
「そうね、……28ぐらいかい?」
「もっと上だよ」
「なら、32?」
「まだまだ、もっと上」
「え? じゃ、36かい?」
「47歳だってば」

 母の表情は、理解できずに、半ば困惑といったところ。

 ベッドの脇にはテレビがあって、いつでも視ることができる。父が差し入れる雑誌は、つねに数冊、テーブルの上に乗っている。仰向けに寝たまま天井ばかりを見つめる生活では、脳に刺激が足りない。テレビを視せたり、雑誌を眺めさせたりするために、半身を起こして座らせる。お茶を飲んだり、おやつを食べたりもできる。

 仰向けの母の身体を少し持ち上げて移動させ、腰の位置をベストポジションに調整しておく。ベッド下から突き出た取っ手を廻し、”背もたれ”になる部分を立てて行く。―――ところが昨日に限って、”背もたれ”が立たない。

「おまえ、何歳になったね?」
「言ったろ? 47だって」
「おっどろいたねえ。もうそんなになるのかい?」
「そうさ」
「なら、嫁さんを貰わないと、いけないねえ」

 昨日は、男の看護士が多かった。歳の頃は若く見え、概ね20代から30代。中には、かなりイケている子もいて、隣のベッドで”常時うなり続けているお婆さん”に、「大丈夫ですか〜。お話、できますか〜。痛いところ、ないですか〜」と優しい声で語りかけていた看護士の青年は、僕の好み、その典型タイプに属していた。

「じゃ、またあとで来ますからね〜」と、隣のベッドで”常時うなり続けているお婆さん”に言い残し、病室を出ようとした青年看護士を、僕は、
「すみません。このベッドなんですけど……」狙いすましたように呼び止めた。

「……取っ手を廻しても、”背もたれ”が上がらないみたいなんです」
「え〜? そうですか〜?」

 しゃがみ込んで、ベッドを点検してくれた青年看護士くん。あどけない表情から察するに、まだ10代かも知れないと想った。実に可愛かった。

「あ〜っ、これって、もしかすると故障してるかも〜っ」と、申し訳なさげなニッコリ顔を向け返した看護士くん。僕は、いつになく緩んだ声で、
「じゃあ、直すか交換するように、頼んでおいて下さいますかあ? ……」と、わざと紳士的な尻上がり口調の喋り方をして、
「……どうもありがとう」などと、普段の無愛想・仏頂面を、どこへやら”かなぐり捨て”て、自らの本能に沿う露骨な条件反射を見せてしまった。僕の子どもでもおかしくないような年頃の青年看護士くんに向かって。

 すると母が、「なあ、伸二。あんた、何歳になったんだね?」と、またもや尋ねた。

「47歳になったよ」
「だったら、結婚してもいいと思うような娘はいるんだろ?」
「…………」

 数分で、直近の記憶が失われてしまう母は、自分の母親(=僕のおばあちゃん)が40年近い昔に亡くなっているにも関わらず、「おっかさんが死んだなんて、アタシは知らなかったねえ。誰も教えてくれなかったから」と嘆いてしまうほど、一方で、過去の記憶が混乱する状態にも、たびたび陥っている。

 ところが、僕が結婚していない事実については、しっかり正確に記憶認識しているのだ。それだけ、僕のことを心配してくれている証しである。

「おまえは、何歳になったんだっけ?」

 僕は、
「……47だよ」
 同じ質問に何度でも答えるようにしている。母にしてみれば、一度しか尋ねていない問いなのだから。

「そろそろ、結婚しないとならないねえ。いつまでも独りでってわけには、いかないものねえ」
「…………」
「本当は、独りじゃないんだろ? なあ、教えておくれ。結婚してもいいと思うような女の人と、付き合っているんじゃないのかい?」
「……付き合ってないよ……女の人とは」

 母は、「きっと、おまえには、そういう娘がいるんじゃないかと、アタシは想っているんだけれどねえ……」と、縋るような視線を投げ掛けた。

 僕は、「女の人は……いないよ」と答えるのが精一杯だった。

 数分で、直近の記憶が失われてしまう母に、『僕はゲイだから、女性とは結婚しない―――でも、一緒に暮らしている男のパートナーなら、いるんだよ』と告白して、いったい何になるというのだろう。
 
「そうかい……。じゃ、そのうち、そういう女の人ができたら、アタシには、こっそり教えておくれね」

 どうせ忘れてしまうのだとしても、いっそのこと―――とも考えた。しかし、それは、認識が混乱している母に対する、あまりに残酷な仕打ちではないだろうか。僕の心境は、複雑。

「僕は、全然、大丈夫だから心配しないで。婚約者ができたら、必ず教えるから。お母さんへ、真っ先に……」

 母は、何か言いたそうなのを飲み込むように黙ってから、ふと気づいたように「ずいぶんとサッパリした頭になったねえ、おまえは」と、僕の頭髪を指さし、笑みを浮かべながら言った。

「ここへ来る途中、床屋へ行ってきたんだよ」
「へえ、そうだったかい」
「うん」
「大きくなったもんだねえ。ここから学校へは近いのかい?」
「学校なんか、もうとっくに卒業したよ」
「あら、そりゃ、知らなかったねえ……」

 さっきの青年看護士が、ふたたび病室へ入ってくるや、
「すげえ! きれいな夕焼け! ほらほら〜……」ベランダ沿いの大きな窓に駆け寄り、カーテンを全開にした。「……見て下さいよ、ほら〜」

 病室の白い壁が、オレンジ色に染まった。

「ほんとだ。ねえ、そこから見える? お母さん?」僕は、ベッド脇の丸椅子から立ち上がり、大きな窓越しに写真を撮った。

 母は、「ああ、見えるよ……」と応じてから言った。

「……おまえ、大きくなったねえ。……いったい、何歳になったんだい?」



この記事を気に入って下さった読者の方へ。
どうぞ、ワンクリックをば、お願い申し上げます!
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛(ノンアダルト)へ

ゲイ・バイセクシュアル男性のためのアンケート調査
2008年11月30日まで

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
う〜〜ん…

『いい話ですね』と書いていいのか
迷ってしまいますが…。

『老い』。いずれは我が身ですからね。

なんかストレートに心へ入ってきました。
ゾラス
2008/11/20 21:23
いい人がいるよ、と言ってあげたらいいと思います。結婚はいつかできたらいいね!でいいんじゃないでしょうか?寂しくは無いんだよ、と伝えてあげるのは本当に嘘じゃないでしょ?
ゲイリーマン
URL
2008/11/21 00:15
ゾラスさん母が認知症だと聞いたとき、最初はショックを受けました。何も解らなくなって、別の人になってしまうのではないか……みたいに。でも、違いました。認知症の母でも、母は母。驚いたのは、記憶が混乱しているのに、僕が独身だということだけは、しっかり認識していること。以前は「婚約者はいるの?」なんて、訊かなかったのに。僕は、取り返しの付かない親不孝をしているんですね。じゃあ、いま本当のことを話せば、それで良いのでしょうか? そうとも思えません。苦悩というほどではありませんが、非常に複雑な気持ちになり、ちょっと落ち込み気味です。
円山てのる
2008/11/21 08:33
ゲイリーマンさんそうだね。「いい人はいるよ」って、言ってあげれば安心するのかもね。また全く同じことを訊かれると思うので、そのときは、そう答えてみるよ。こないだは、認知症の母から、あんな風に訊かれるとは超・意外で、ちょっと驚いてしまい、「本当のこと」を話そうかどうしようかと、深いところで迷っていて、「いい人だったらいるよ」みたいに、上手く答える機転が利かなかったね。ただ、どうして今ごろになって、こんなことに直面しているんだろうって、僕は少し落ち込むんだ。母が認知症になるまで、僕からは何も明かせず、逆に認知症になった母から、あんなに素直な質問をされるなんてさ……。
円山てのる
2008/11/21 08:34
俺は親に対するカミングアウトは罪だと思うので反対です。

お前のセイだろう!
と、ゲイとして生まれてしまった自分は
母親を恨んだ事もありましたが。

孫を見せてあげれないんだから、
それ以上つらい思いをさせなくても
いいんじゃないでしょうか。

五分と五分の痛み分けって事で。
ゾラス
2008/11/21 14:47
ゾラスさんケースバイケースだと思います。うちの場合は、時すでに遅しではないかなあと。家族によっては、カミングアウトして良かったと思える場合もあるでしょう。羨ましいです。うちは、兄姉が孫をたくさん作ったので、僕は免除だろうと高を括っていたのですが、親にしてみると、そういうものでもないみたい。「孫の顔を見ずに死ぬのか」と父母の間では話しているらしいのです。すでに6人も孫がいるのにですよ
円山てのる
2008/11/21 16:42
ゲイリーマンさんの「いい人がいるよ」は、とても暖かい考え方じゃないかな、と思います。そもそも「いい人がいる」こと自体、全然ウソじゃないわけだし。
僕も父がガンで入院中です。一時は覚悟しておくように告知されましたが、おかげさまで現在は骨転移も消失し、あとは本人の免疫力頼み。なので、なるべく楽観的な会話をするように心がけています。
darimana
2008/11/21 17:18
とても素敵な話をありがとうございます。
映画のラストシーンみたいです。


でも、親が元気だったら言えますか?


tohoho
2008/11/21 22:08
tohohoさん親が元気でも、いまさらカミングアウトはできないと思います。うちの場合はね。それはそれで、もっと、ズウ〜ッと早くにカミングアウトを考えていれば良かったと後悔する要素なのです。でも、しょうがないよ。カミングアウトできなかったんだもん。その時々には、その時々の判断があるんだもん。そんなに責めないで〜〜
円山てのる
2008/11/22 12:05
久々投稿させていただきます。
自分の場合「知られる」事が自然だと思ったので、ゲイ雑誌を部屋に散らかしておきましたよ。カミングアウトは、自分から”しなければいけない”と意気込んでしまうからなかなかできないんだと思うんです。相手は所詮無知なんだから、きっかけ作りから相手に能動的に知ろうとさせることが肝心なのに…。

親は「あんたの為を思って…」というのがあるからこっちの信念も揺らぎそうになるんですが、「例え親から見て”いけない子”として育っても、親を思う気持ちは絶対変わらない」という事を主張すれば最悪の事態は避けられるかも…。ベースはお互い相手に対する思いやりだと思います。

ただ円山さんの状況では僕もしてないと思いました…ちょっと切ないエピでしたけど、タイミングが全てだと思いますね、強いて言うなら「生き方の決定」だから、やはりアツく語れる青い時代&親の頭がフレキシブルな時期に済ませておくのが理想的じゃないかと思います。
Mcglow
URL
2008/11/22 21:04
Mcglowさん僕も、家を長らく留守にしていたことがあって、その折りに、いろいろなものを発見された可能性があります。もしかすると、母親は、僕がゲイだと察したのかも知れないと想っているのですが。どうなのかな。いずれにせよ、今の母の状態では、解らなくなっているでしょうね。ちょっと虚しいなあ。
円山てのる
2008/11/22 23:41
責めてなんか、なんか、いませんよん。


でも、今の気持ちで、若かったら…



tohoho
2008/11/23 03:24

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

サーチエンジン

ブログリーダー

ネット・コム

GLBT・情報

GLBT・パレード