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いったい、どのゲイ雑誌だったのかに興味は及ぶ。 それと、理不尽な事象に対して主張を躊躇わない、その男の堂々とした態度には敬服したいと思う。 ・ 報じられたところによれば、去年、東京拘置所に収容されていたゲイの被告人(30)が、自分で買ったゲイ雑誌の閲覧を求めたところ、拘置所側がこれを拒否。その理由は、ゲイ雑誌には「規律上問題となる露骨な描写」があり、また拘置所の「規律秩序の維持を害する恐れ」があるからなのだそうだ。 ・ ゲイの被告人は、横浜拘置支所に収容されていたときには同じゲイ雑誌を読むことができた。また、東京拘置所内では、異性愛者のためのアダルト雑誌なら読むことを許されているとのこと。 ・ ゲイの被告人は結局、裁判で有罪(昏睡強盗罪)が確定し、刑務所へ収監されたようである。しかし、起訴されたとは言っても、拘置所にいた段階では、まだ被告人であって有罪と決まっていたわけではない。一般人と同じように、図書閲覧の自由が認められるべきで、ゲイの被告人から人権救済の申し立てを受けた東京弁護士会は、東京拘置所の措置は憲法が保障する自由の侵害であるとして、同拘置所へ警告書を通達した。 〔参考〕共同通信 http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008070301000347.html この一件について僕は、次のような記事をしたためた。 〔関連記事(円山)〕JanJan 東京弁護士会が東京拘置所に警告、拘置中の同性愛系雑誌閲覧禁止は人権侵害 http://www.news.janjan.jp/living/0807/0807041174/1.php 東京拘置所側が、意図的に差別を画策したと言うよりも、施設内の同性愛者をどう取り扱うべきか、さっぱり解っていなかった面もあるように想像する。悪意ばかりを穿って書くのも心持ちが悪いものだ。 なにせ、男なら男ばかり、女なら女ばかりの環境で繋がれていなければならないのが拘置所生活というものなのだろう。仮に、男ばかりの雑居房にゲイが存在すると判れば、施設内に混乱をきたすと、東京拘置所側は無用の心配をしたに違いない。 ゲイは、男と見れば誰にでも性交渉を持ちかけると想われている。莫迦げた偏見である。そうした偏見の有無は、こちらが「僕はゲイです」と明らかにした瞬間、キュッと肛門の括約筋を引き締めて身構えるかどうかというヘテロな相手(♂)の反応で察知することができる。 ゲイの被告人が個人的に買ったゲイ雑誌なのだから、それが共同のスペースに置かれることはなかろう。ゲイの被告人が独りで読んでいれば済む話なのだが、いずれにせよ周囲の他の収容者たちが気付かないとも思えない。独居房に入れられているのではない限り。 東京拘置所が「規律秩序の維持を害する」と危惧したぐらいだから、やはりゲイの被告人は雑居房に収容されていたのではないだろうか。 しかし、雑居房におりながら、ゲイ雑誌の閲覧を敢行しようとは、そのゲイの被告人の度胸たるや凄いものがある。「いくら何でも、それはないか……」と考えると、だったら彼が収容されていたのは独居房ということなのか。でも独居房なら、ゲイ雑誌の一冊や二冊、拘置所側としても、何ら問題とはならないように想うのだが。 すでに収監され服役生活を送っていると伝えられたゲイ氏は、いまごろどうしているのだろう。刑務所内で、ゲイ雑誌を読むことはできるのだろうか。刑務所では、同性同士で合意の上、性行為に及ぶ場合があるなどと囁かれることがあるが、本当なのだろうか。 たとえ刑務所内であろうと、やはり図書閲覧の自由は尊重されなくてはなるまい。いっぽう、刑務所には刑務所の集団生活ならではのモラルがあるのだろうから、闇雲に性行為へ走らないなど、守られるべきルールは守られなくてはならない―――とは思う。 あえて申すまでもなく、今回のような報道は、あって然るべきものである。しかし、こうした報道は人々によって大抵、興味本位で弄ばれ、かえってゲイに対する偏見を助長することに繋がる傾向がある。正直、どうにも不愉快でならない。 今回の報道に接し、ヘラヘラと嗤う下らない人たちに申し上げる。 性行為を抑制しなくてはならない環境ならばなおのこと、ヘテロ男性が異性愛者のためのアダルト雑誌を読みたくなるのと全く同じように、ゲイはゲイ雑誌を読みたくなるのだ。 頭に超が付くほど当たり前の話ではないか。 クリックプリーズ |
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