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help リーダーに追加 RSS ▽愛のジハード <第17回・東京国際レズビアン&ゲイ映画祭>

<<   作成日時 : 2008/07/22 06:15   >>

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表参道・スパイラルホール

 今年の、第17回・東京国際レズビアン&ゲイ映画祭を見て(とは申しても、僕が見た作品枠は、たったの二つだったけれど)、非常に印象深かったのは『愛のジハード(A Jihad for Love)』だった。

 ……と言うか、これは以前から見たいと思っていた一本だった。このドキュメンタリー作品が存在することだけは知っていたから。
 ムスリムであり同性愛者である人たちの、想像を絶する苦悩が描かれている。


 イスラムの戒律は厳しく同性愛を禁止している。ユダヤ教もキリスト教も、要は母体を共有する三大一神教のいずれもが、アンチ同性愛なのである。僕は、それらをひとまとめにして「一神教的同性愛禁忌の規範」と呼んでいる。おおむね、世界中の同性愛バッシングをもたらしている元凶概念は、この一神教的同性愛禁忌の規範に由来している。

 それは、日本でさえもである。ご存じのように、江戸期までの日本社会は同性愛に寛容だった。ただし、男の同性愛についてだが。(女性蔑視の社会概念が定着していたため、何についても女性は我慢を強いられていたに相違ないが、江戸期に至る日本伝統のレズビアン文化については、研究の末にでないと書けない。悪しからず。)しかし、明治以降、欧米文化とともにキリスト教が輸入されると、日本人も同性愛に眉をひそめるようになってしまった。べつに、多くがクリスチャンへ改宗したわけでもないのに、概念的な部分だけ西洋風を気取ったのだろうか。

 一つの結論を言うと、一神教的同性愛禁忌の規範は、馬鹿げた被害妄想による産物だ。ゲイフォビアが、そのまま教典をしたためた筆の先を操ってしまったのである。そして、真っ正直な信仰者たちによって固着化が図られた。世の大半―――異性愛者にとっては何でもないことだったろうが、大迷惑を被ってきたのが、いつの時代も人口の約6%を占めてきたであろう同性愛者たちであった。

 とりわけ、イスラム革命以来、宗教原理主義国家となったイランに問題が集中していると言える。
 10代のゲイ二人が絞首刑に処されたニュースは、あの衝撃的な画像とともに忘れることができない。


〔ゲイジャパンニュース〕
イランで10代の同性愛者二人が絞首刑に

http://gayjapannews.com/news/news161.htm

 国内の同性愛者弾圧から逃れ、外国へ脱出した同性愛者たちが、難民申請を受理されず自殺に追い込まれた悲劇も数多いと聞く。
 イラン人レズビアン:ペガー・エマンバクシュさんや、イラン人ゲイ青年:メフディ・カゼミさんの逃亡→難民申請問題は、記憶に新しい。
 メフディ・カゼミさんは、イギリスで難民申請が受理された。いっぽう、ペガー・エマンバクシュさんのケースは難航しており、結論は出ていないと聞く。


愛のジハード
A Jihad for Love


イスラムの厳しい戒律の下、それでも愛する自由を探す

「イスラム教」と「同性愛」という複雑なテーマの実像をイスラム圏の様々な状況下で生きる同性愛者の言葉で描き出す。ジハードは単に「聖戦」の意味で捉えられがちだが、本来は神に近付くための「自己葛藤」を意味する。南アフリカのゲイ、イスラム聖職者ムーシン、レズビアンカップルのマハとマルヤンなど、世界各地で”愛のジハード”に取り組む同性愛者の姿を12ヶ国、9つの言語で取材した貴重なドキュメンタリー。トロント映画祭で絶賛され、ベルリンを含む多くの映画祭で上映されている。

〔引用元〕第17回・L&G映画祭パンフレット


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 ドキュメンタリー映画『愛のジハード』を見て感じたのは、イスラム社会に生きる(同性愛者以外の)人たち全てが、闇雲に同性愛を忌み嫌っているとも言えない―――という印象だった。

 南アフリカ―――。ゲイのイスラム聖職者:ムーシンの訴えかけを聞いたムスリムたちは、イスラムの教理も常に新しく生まれ変わらなくてはならないと、革新的な精神感覚に目覚めていった。

 トルコ―――。レズビアンの娘を持つムスリムの母親は、日本人の母親にもなかなかいない寛容で大らかで、懐の広さを湛えた人で、娘のビアンパートナーに向かっても、明るくて大きな笑い声を立てて応えていた。

 『愛のジハード』を制作したパーヴェズ・シャルマ:Parvez Sharma監督は、新宿バルト9での上映後のトークタイムで、次のように語っている。
「もし、ゲイであってイスラム圏に居たとしても、その場で(ゲイであることを)公表しない限り、大きな問題はありません。ただし、西洋的定義のゲイという生き方、例えばゲイプライドマーチに参加するとかゲイバーに言ったりとか、ある程度、人目につくような活動を行ってしまうと、問題が起きます。イスラム教社会は、ゲイやビアンを根こそぎ探し出してきて皆殺しにするとか、そういうことではありません。そのことは、申し上げておきたいと思います」

 もちろん、イスラム法学者は頑なで、「コーランが説いていることだけが正しい」と偏った姿勢一徹だが、一般のムスリムは「コーランのどこに同性愛がいけないと書かれているのか」と突っ込まれると、返す言葉に詰まったりするようだ。

 実際、開祖・ムハンマドの言葉で同性愛を禁じた箇所はないらしい。それは、イエスの言葉で同性愛を禁じた箇所が新約聖書にないのと同じだろう。旧約聖書で同性愛の禁止を示している箇所は、たったの数行に過ぎないし、同性愛の無効性を論理的に説明しているわけではない。感情的に、これはダメだと決めつけている単なるゲイフォビアなのだ。

 同じイスラムの国でも、トルコは政教分離を貫いてきたことから、同性愛を法的に禁じることはない。
 しかし、ヨーロッパ連合への加盟を模索しているトルコは、国是である政教分離への反動からイスラム原理主義の台頭という危険要素を抱えることになり、ちょっと彷徨っているところだ。

 このことからも判るように、問題の発生源はイスラム原理主義だと言える。極端なコーランへの傾斜が、多くのムスリムを不条理な苦悩の淵へと追い詰めているのだ。元来、イスラムは平和と尊ぶ教えだと言われる。イスラム原理主義の圧政にも関わらず、同性愛者を理解するムスリムが、本当は少なからず存在するに違いない。 

***


 ちなみに、イスラムの歴史においても、少年愛・同性愛を謳歌する時代があったことを知る。


〔引用開始〕(強調・下線は円山)
 イスラーム世界における少年愛・男色は、9世紀以後19世紀半ばにいたる時代、詩、芸術、スピリチュアリティとともにイベリア半島から北インドまでの地域におけるイスラーム文化の広範かつ特徴的な要素であった。
〔引用終わり〕
〔引用元〕
イスラーム世界の少年愛

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%B9%B4%E6%84%9B#.E3.82.B9.E3.83.BC.E3.83.95.E3.82.A3.E3.82.BA.E3.83.A0.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E5.B0.91.E5.B9.B4.E6.84.9B.E3.81.AE.E8.A6.81.E7.B4.A0

***


 『愛のジハード』を見て、僕が初めて知って驚いたのは、イスラム教の神秘主義思想・スーフィズムが、むしろ同性愛を崇高なものとして捉えている側面を持っていることだ。

 映画の中で紹介されたのは、16世紀、スーフィズムの聖者で詩人でもあったマードー・ラール・フサイン(مادھو لال حسین)の話。

 マードー・ラール・フサイン廟はパキスタンのラホールにあるという。
 マードーとはヒンドゥー教徒の男性の名前。フサインはムスリム男性の名前。実は、マードー・ラール・フサインとは一人の人間ではなく、深く親密に愛し合った二人の男性を意味しており、この二人の亡骸を葬った場所が、マードー・ラール・フサイン廟なのだとのこと。

 二人は、ヒンドゥーとイスラム双方の聖職者たちから迫害を受けるが、あまりの愛の深さに、ヒンドゥー教徒とムスリム全ての人たちの心を掴み、マードー・ラール・フサイン廟は今でも厚い信仰の対象となって、多くの人々に尊ばれているのだそうだ。

 感動した―――。
 何の説明も要るまい。

***


 教典があり、それを解釈した教典学者による教義がある。教義をもとに聖職者が教えを諭している。ところが、そもそも教典の内容さえ、教祖亡き後、ときの教導者たちが権力保持のために都合良く取捨選択。編集し直したものだったりもするのだ。

 だから、時代に応じた教典/教義/教えの新解釈が必要だ。

 ユダヤ教の旧約聖書は、遠いむかしの、ごく限られた狭い範囲で、特定の種族にだけ伝わっていた、一地方小宗教の神話的テキストに過ぎなかった。

 そこから派生したキリスト教/イスラム教にしても、もとは、やはり遠いむかしの、極めて限定的な世界だけで受容されていた宗教だ。

 それらが世界中へと流布された現在、それらを本物の世界宗教たらしめるためには、何千年も前の価値観や限定的世界の習わしを今の広範で多様な世界に押しつけるのではなく、現代の多種多彩な人間の在り方を包括的かつ寛容に網羅する教えへと、柔軟に変化させなくては無理なのだ。

 宗教の解釈が新しいものへと変化してこそ、宗教の未来への存在意義が保たれる。
 さもなくば、宗教など百害あって一利なし―――ではないか。


「神の審判は、人生の最後に受ければ良い」
『愛のジハード』に出てきた、ゲイのイスラム聖職者:ムーシンの言葉。

〔関連記事(円山)〕JanJan
東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に集う観客の声を拾った

http://www.news.janjan.jp/culture/0807/0807212451/1.php

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>僕は、それらをひとまとめにして「一神教的同性愛禁忌の規範」と呼んでいる。
そう言えば、多神教のギリシャ神話では主神ゼウスの愛人に男の子がいましたね。やはり同性愛禁忌の考え方は一神教ゆえなのでしょうか? 私は日本神話や北欧神話では同性愛の話は知らないのですが、もし知っていたら教えてくれませんか。

>ゲイフォビアが、そのまま教典をしたためた筆の先を操ってしまったのである。
どうやら、その筆者の狭い経験から来てるようです。筆者は少年が強姦されている光景を目にしたので、同性愛=悪の図式が頭にこびりついたのではないか・・という説があります。教典を書くくらいだから当時としては第一級のインテリなのでしょうが、まともな現代人の感覚からすると一面的が過ぎるというものですね・・。私は、それに加えてこの筆者は元からゲイフォビックな人間だったと思いますけど。
アッキー
2008/07/24 00:06
>アッキーさん
 一神教ゆえと言うより、アッキーさんの仰るように、教典が書かれた時代/地域の野蛮な風紀に問題があったからだろうとも想われます。陵辱対象は少年少女に限らず、目を覆いたくなるほどのバイセクシュアル的乱交が盛んだったからこそ、教典の筆者は、それを制しようと息巻いたのでしょう。
 いっぽう、古代ギリシャ、9〜19世紀半ばにおけるイスラム神秘主義、あるいは中世〜近世の日本などにおける、崇高な営みとして捉えられていた同性愛は、まさしくそれらが野蛮なものではなかったからこそ―――と受け取るのが、現代から投じ得る自然な展望ですよね。
円山
2008/07/24 09:58

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