低能流[ゲイ]文章計画

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help リーダーに追加 RSS ♂ゲイ小説 Just the Way You Are 〔20/42〕

<<   作成日時 : 2008/07/22 06:12   >>

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※※〔19/42〕より、つづき

 ピッツァ・マルガレータを頬張りながら、鏡子は大学時代の女友達・聡子の意気高揚した独り喋りに耳を傾けていた。
 八月も半ばに差し掛かったこの日、鏡子と聡子は、赤坂見附にある老舗のイタリアン・レストラン“マッテイナータ”にいた。数ヶ月に一度のペースで、毎回このように、夕食をともにしながら女同士の気兼ねない毒吐きを楽しんだ。効果的なストレス解消法だ。
「……ねえ、鏡子ったら、聞いてるの?」
「ちゃんと聞いてるわよ、やあね」
 鏡子が、少しうわの空だったのは、靖一のことを考えていたからだった。株式会社ホッセーは夏季休業中だったのに、新潟の新しい百貨店を視察したいからと言って、二泊の急な出張に赴いてしまった。どうして、わざわざ夏休みに――、優美を豊島園へ連れて行ってあげる約束はどうするのか――、との納得し切れない気持ちが燻っていたからだ。
 聡子は、鏡子と大熊学院大の同期で、ともに史学科に在籍していた。ゼミの中でも一番の親友で、学生当時から、何でも気さくに打ち明けられるほどの仲だった。
「……だから、それでね、アタシのほうから浜松のマユコに連絡をとってみたわけ。しょうがないんですもの、タカアキがどうしても頼むって、アタシに急っ付くんだから。……でもね、アタシも乗り気じゃなかったのよ。そうでしょ、関係ないじゃない、アタシなんか、べつにマユコとタカアキの結婚生活については、……もう。いまさらってとこよ。……学生のときとは違うんだから。あの頃だったらさあ、どうにかするようにしていたわ。マユコが他に男を作って遊んでるらしいって、アタシには、どっかしらから情報が入ってきたものよ。だって、そうでしょ。あのゼミで一番秘密を漏らさなかったのはアタシだったもん。ねえ? だから、タカアキが可愛そうだって、どうにかしてあげてって、散々周りの女の子たちから頼まれたのよね……アタシって。あーあ、何て、お人好しなアタシ。……まったくもう、何度、マユコの忠告してたことか。タカアキを大事にしなさいよって。だって、そうでしょ。タカアキって、ホントに素敵で、優しくて……、マユコのことを魂の内側から慈しんでいたのよね……。ああ、タカアキって、ホントに素敵。どうして、あんなに一途なのかしら。……マユコって、ちょっと男の子にちやほやされ易いタイプだったからって、すぐに軽い気持ちでタカアキを裏切ったわよね。非道い女よ、マユコって。あんなにハンサムで真っ直ぐなタカアキを裏切り続けるなんてさあ。もったいないことしちゃって……。でも、アタシって、ホントにお人好し……。マユコにはさあ……、
“タカアキが、あなたのことをズウッと待ってるわよ”とか何とか諭しちゃったりしてさあ。……でも、タカアキって、マユコのことだけしか考えてなかったわ。……アタシがタカアキを奪おうとしたって、とても無理だったわ。あの愛の強さには、きっと誰も敵わないと想うのよ……」
 結婚したのは、聡子のほうが二年だけ早かった。二十四歳のときだった。しかし、聡子には、すでに十一歳と八歳と、二人も男の子があった。
「ねえ、聡子。ピッツァ、ここに残したの、あなたが食べる分よ。早く食べなさいよ。美味しいわよ、すごく」
 聡子の夫婦生活が順調な様子で、鏡子は、妬みたくなるほど羨ましく思っていた。結婚十二年目で、すでに二人の子ども、――それも男の子ばかりを産んだ。そのぐらいのテンポで子どもができるのが、当たり前なのだろうと。
「食べるわよう……。ちょっと、鏡子。アタシが喋ってんのに、話の腰を折らないでよ」
「話の腰を折るわけじゃないのよ。さっきから聡子、ほとんど食べないで喋りっぱなしだから……。こっちにも、ほら、アンチョビーと帆立貝のパスタでしょ、イベリコ豚とトマトの煮込みでしょ、それとサラダも……」
「あら、このサラダ、よく見るとブルーチーズが混ざってるわ!」
「そうなのよ。とっても美味しいわあ。ねえねえ、これ……、オリーブ・オイルを付けて食べるのよ、……このパン」
「まあっ! お洒落な食べかた……。アタシ、知らなかったわ。いやだ……、知らなかったこと、内緒にしてね?」
「分かったわよ。見栄っ張りねえ。聡子は。……どんどん食べないと、お腹の赤ちゃんが立派に育たないわよー……」
 そして、親友の聡子は、三人目の子どもまでをも妊娠していたのだった。
「いいわねえ、聡子。……次々に産まれて」
「やだわ。そんな、犬が子どもを産むみたいに言わないでー」
 ――と、聡子は、クンクンと匂いを嗅いでから、イベリコ豚の肉を囓った。
「んーん。そうじゃなくて……。子どもが三人なんて、いまの世の中、珍しくないわ。……けど、聡子と比べて、あたしなんてさ」
「えっ? 鏡子って、まさか悩んでたわけ?」
「子ども、もう一人ぐらいは欲しいわ」
「そんなのー。旦那さんに、どんどんモーション掛けたらいいじゃないのー。鏡子の美貌なら、どんなに旦那がくたびれてても、たちまち鼻息が荒くなるでしょ? 鏡子が、ベッドでもボウッとしてるから、仕事で疲れた旦那さん、先に寝ちゃうんでしょうよ?」
「違うと思うわ!」鏡子は、パスタをクルクルと絡めていたフォークの回転運動を止めた。
「やけに断言するじゃない?」
「だって、あまりにも……」
「えっ? あまりにも……下手なの? 旦那さん? それとも、あまりにも旦那さんの口が臭いとか、かしら?」
「違うのよ……」諦めたように、頭を細かく横に振った。
 鏡子は、これまで聡子にすら話していなかった事実、――靖一とのセックスと呼べるほどの行為は、結婚してから、優美を妊娠したときのたった一度だけだったことを、ついに告白するときが来たのだ――と感じた。
 アンチョビーと帆立貝のパスタを、ときどきツルツルと吸い込みながら、長らくノー・セックスの次第を話すと、
「信じられないわ。そんな話……、嘘としか思えない」
 聡子は、疾うに冷めたピッツァ・マルガレータを手にとって、ムシャムシャと口の中へと押し込んだ。
「本当なのよ。……それにねえ、聡子、聞いて頂戴よ。お義父さまがね……、
“男の孫の顔を見ないうちは、死んでも成仏できない、靖一はこのワシに、跡継ぎの心配をしたまま死ねと言うのかあっ”……ってさあ、日に日に、あたしたちへ露骨なプレッシャーを掛けるようになっているの。口うるさく怒鳴るのよ」
「ちょっと待ってよ……。靖一さんってさーあ、他に女とか……、いるんじゃないのかしら?」
「まさかー! それは無いと想うわ」
「どうしてそう想うの? 何か根拠でもあるの?」
 ――と、聡子は、鏡子を凝視した目をパチパチと瞬かせながら身を乗り出し、首を傾げて質した。
「根拠って……。うちの人、会社にいても、だいたい、お義父さまと一緒なのよ。毎日の生活振りを見てたら、とても浮気なんかしてる暇がないわ」
「莫迦ねえ、鏡子。ホントにお気楽なんだから。そういうとこ、学生の時代から、ちっとも変わってないわねえ……。あのね、気が付かないから浮気なの。そんなねえ、簡単にバレちゃうような浮気なんて、初めからするわけないじゃない」
「でも、うちの人……、そんな女ったらしと違うわ。見るからに、女っ気のない人なのよ。あたしにだって、その程度のことなら判るわよう」
「どうも怪しい感じ……するわね、あなたの旦那さん……。鏡子……、この際、ちゃんと調べたほうがいいわよ!」聡子は、白のグラスワインを一気に呷った。
「調べるって?」
「鏡子の亭主、靖一さんの素行を調査して貰うのよ。――探偵に依頼して」
「そんなー。大袈裟よ。いやだわ……」鏡子は、聡子が何をまた突拍子もないことを言い出したものかと、
「……悪い冗談言わないで」真に受けようとしなかった。
「まあっ! 鏡子って、とんでもない楽観主義者なのね。アタシ、とても真似できないわ。七年間もセックスしようとしない亭主を信じるなんて。……アタシだったら、探偵に頼むわ。旦那が浮気してるかどうか調べてって。それで、答えがシロならシロで、あらためて気楽になったらいいじゃない?」
「そんなの、考え過ぎよ、きっと。……淡泊な男の人、……増えてるらしいから」
「あーあーもー。知らぬは女房ばかりなり……かしら。鏡子……。あなたも真実を知るのが恐いたちなのね」聡子は、ほんのりと酔ってきたのか、気分が良さそうだった。
「どうかしら?」
 ――と、鏡子は、とぼけたように交わした。
 しかしながら、探偵という言葉を聞いて、良い心持ちがしなかったことも事実だった。暴くという行為には、たしかに恐ろしさが伴った。何かを暴くことで、新たに鏡子自身が抱えてしまうことになる、罪の意識なのかも知れなかった。
「そうだわっ! 鏡子さあ、嵐山君って覚えてる? 同じゼミにいた男の人。嵐山真太郎って。いたじゃない。ほら、いっつも推理小説の話しかしなかった、おかしな人」
「松本清張とか、ええと、江戸川乱歩とか……」
「そう! あの人さあ、いま、探偵やっているんですってよ。知らなかったでしょ?」
「知らなかったわ。あら、驚いた」
「先月、ばったり会ったのよ。ほら、さっき話してた、マユコの件でさあ、アタシがあの子を東京へ呼び出そうと思って、それで電話した日よ。日生劇場の公衆電話から。市川染五郎主演の、ほら、……“ラ・マンチャの男”を観に行ったときのことなのよ」
「聡子って、染五郎の大ファンだわよね」鏡子が、戯れに軽く話題を外してみると、
「染さまって、す・て・き・よ・ねーっ! ……」単純な聡子は案の定、綺麗に脱線しそうになったが、
「……ったらさあ、マユコはね、けっきょく東名高速の事故で、あの……、ほらあ、どこだっけ、何とかトンネルの……」意外にも、すぐ軌道を修正しに掛かってしまった。お喋りが滑らかに過ぎて、話題を枝葉末節のどうでも良いことにまで波及させてしまいがちな聡子にしては、珍しいことだった。
「玉突き衝突よね。日本坂トンネル?」
「そうよ、そう。あの大騒ぎで、こっちに出て来られないって。……出てきても、車だと浜松へ戻れないって言ったけど、そんなこと大嘘だった。ホントに、参ったわ、あの子には……」と、やはり話題脱線の雲行きになった。聡子は感情的人間で、感情のままに認識が移ろうので、話をしながら話の本筋がどこにあったのか、すぐに判らなくなってしまう精神の特性を持っていたのだろう。
「……で、嵐山君とは、どこで会ったのよ?」
 今度は、鏡子のほうから、軌道修正を試みた。
「その……、日生劇場の目の前にいたのよう。びっくりしちゃったわ。仕事中だとかって。……ああ、だからね、アタシ、ほらほら……、嵐山君の名刺、貰ってあるの。何かあったら、うちの主人の素行調査、頼んじゃおうかしらって」
「聡子のご主人は、……何も、心配いらないでしょ?」
 鏡子は、やや妬みがましく、躁状態にある聡子の無敵感に溢れた顔面へ、上目遣いで視線を固定した。睨んでいるような面構えになっていた。
「用心のためによ。……ね、ほら、この名刺。ほら、電話番号、ほら、メモしときなさいよ、ほらほら、鏡子。嵐山君に、相談してご覧なさいって。靖一さんの素行、調べて貰ったほうがいいわよー。……ね、それで何でもなければ、安心じゃない。のんびり構えるのは、それから後の話よ」
 鏡子は、そこまでしつこく煽られても、まだ半信半疑だった。

※※〔21/42〕へつづく

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