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help リーダーに追加 RSS ▽同性愛者の自殺防止 <日本的ゲイリブの側面思考>

<<   作成日時 : 2008/07/01 14:37   >>

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 世界各地でLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)パレードが開催された6月―――。

 1969年6月28日。ニューヨーク・クリストファー通りのゲイ酒場「ストーンウォール・イン」に警察官らが踏み込んだ。嫌がらせ丸出しの”捜査”もどきに、居合わせたゲイ/同性愛者たちが怒りの反撃。それに端を発し、三日間に及ぶ大暴動へと発展した。これを機に、ニューヨークで同性愛者団体「ゲイ解放戦線(Gay Liberation Front)」が発足。同性愛者自身による人権擁護運動<ゲイリブ>の原点と位置づけられている。

 翌1970年6月に、「ストーンウォールの反乱」一周年を記念したデモ行進がニューヨークで行われ(参加者約5000人)、これが習いとなって、毎年6月となれば、LGBTパレードが世界各地で開催される流れとなっている。

 ブラジルのサンパウロやリオ・デ・ジャネイロのように、参加者規模が数百万人に達し、観光収入が当てにできるほどまで成長を果たしているLGBTパレードもあれば、モスクワのように権力や当局によって露骨な弾圧を被るパレードもある。シドニーやロンドンを例に挙げるまでもなく、LGBTパレード継続のネックは開催の資金繰りだ。東京のパレードは、ときに運営の面でつまずくものの、2007年においては初めて厚生労働省や東京都の後援を得るなど、着実に社会的認知を得つつある。



 加えてロイター伝によると、ブルガリアでもこの6月28日、初めての開催となったLGBTパレードが首都・ソフィアで行われた。参加者は約100人。しかし、パレードに反対する極右過激派が火炎瓶や卵を投げつけるなど、妨害に及んだという。

 想うに、この地球上、LGBTの完全解放区など存在しないのだろう。

 世界中どこへ行こうと、まだまだレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーに対する風当たりは強い。インドのように、現行刑法に同性愛を犯罪視する根拠となる規定(第377条)が残存する国では、これを撤廃するようLGBTが積極行動に打って出るエナジーが湧き上がる。言わば、アクションの「やり甲斐」があるというものだ。

 しかし日本ではどうだろうか。例えば、ジャーナリスト・評論家と立派な肩書きを持つ大宅映子氏のように著名な論客が、
「(同性愛者の抱える問題は)まだまだ優先順位が低い」などと堂々と述べ、誇らしげな顔をしている始末だ。彼女の無知無明を責めても仕方がない。きっと、大宅氏の身近に同性愛者/LGBTの存在が見えていないのだろうから。やはりこれは、日本のLGBT当事者が、もっと勇気を出して発言者とならなければ駄目だと、気合いの鉢巻きを締め直す必要がある。

 もとより、LGBTパレードで社会的/政治的アピールを嫌悪する意想それ自体がナンセンスだと言える。LGBTパレードは原初より、社会的/政治的色彩を放っていたからだ。1970年に、初めてグリニッチ・ビレッジからセントラル・パークまで連なった同性愛者のパレードが、まさしくデモ行進に他ならなかったことを想起してみれば良い。

 無論、時代を経てLGBTパレードの様相も変質を果たし、LGBT当事者の「お祭り的側面」も大いに活発なものとなった。それはそれで構わない。また、LGBTサイドとヘテロ(異性愛者)サイドという古典的な垣根を設けず、むしろ「市民としてのLGBT/社会の中のLGBT」を強く意識したパレード・コンセプトを主張している人たちもある。どれも「有り」だと思う。

「僕は/私は同性愛者でございます」と言って、あっけらかんとしておられる人は、これからも精神的自由を謳歌していたら良い。反対に、
「決して同性愛者である事実を明かすことはできません」と言うのなら、これからも安穏のうち、頑なに秘密を死守していたら良い。日本社会は、そのどちらも可能だからである。同性愛者を片端から処刑しようという勢力が跋扈しているわけでもなく、同性愛者であることを隠し続けていようとも、充分しあわせに生きてゆける人たちは多い。

 ただ一点―――。

 同性愛者であることに苦悩し、こころ引き裂かれ、そして自ら死を念慮してしまうような人たちの存在を忘れてはならないと思う。カミングアウトしようともしまいとも、どうにか幸せに生きられる同性愛者が多い日本社会は恵まれていると言える。たしかに、欧米諸国より同性愛者への法的保障は立ち遅れているし、生きてゆく上での不便や不利益を痛いほど感じる。そうした社会的/政治的テーマは別途、いままで通り訴え続けてゆきたい。いっぽう、命を絶ってしまいたくなるほど、自分の性的指向に悩んでいる仲間たちのことを、僕らは忘れてはならない。ともすれば、うっかり忘れてしまいがちになる彼/彼女らの存在だからこそである。


【念慮】心の中で、あれこれと思い巡らすこと

 報道が伝えたところによれば、京都大学の日高庸晴研究員の調査・研究を通じ、ゲイ・バイセクシュアル男性の約半数が学校でイジメを受け、三分の二が自殺を念慮し、14%が自殺未遂を起こしている―――とのデータが、すでに明らかとなっている。

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※クリックで拡大↑

〔参考〕
http://www.gay-report.jp/

 内閣府の「自殺対策に関する意識調査」によれば、「不安や悩みを受け止めてくれる人の有無」について、最も多かったのは同居の親族(家族)で69.1%、次いで友人の51.9%となっている。この調査は同性愛者に特化したものではなく、一般傾向を示している。同性愛であることを、家族にも友人にも簡単に打ち明けることができない同性愛者は、いったい誰に悩みを受け止めて貰えば良いのだろう。ここに、同性愛者の自殺念慮/自殺未遂を巡る、問題の難しさを覚える。

 日本人の自殺率は、主要国においてロシアの次に多いと言われる。アメリカの二倍、イギリスの三倍を数え、年間の自殺者30,000人超えは、1998年以来、とうとう十年も連続してしまった。自殺大国と呼ばれる所以である。

 自殺の原因にも諸々あるだろう。しかし、同性愛を理由とする自殺の実態は、なかなか正確には把握できない。仮に、遺書に同性愛の事実が綴られていたとしても、遺族はそれを公開しまい。あるいは、同性愛であることを堅く心に秘め、哀れにも死を選んだ人たちがいるはずだ。

 パレードに代表されるLGBTアクション。その目的意識は多様である。「社会的/政治的テーマ」然り、「お祭り的側面」然り、「市民としてのLGBT/社会の中のLGBT」もまた然り。いろいろあって良いと思う。

 そして同時に、いっけん華々しく生気に満ちたLGBTパレードの威勢ムードとは距離のある、個々孤独に悩む同性愛者/LGBTを絶望の淵から救い出そうとの地道な試みも、そうしたアクションを通して意識し続けなければならない重大なテーマなのである。

 これから機会あるごと、「同性愛者の自殺防止」を念頭に置いて、僕なりに日本のゲイリブを捉えてゆきたいと、今回は斯様な記事を書いた次第だ。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
おっしゃるとおりの現実があると思います。

少しでもこの現実を変えられるように、全力で努力していきます。
藤野 英明
URL
2008/07/03 03:21
>藤野英明さん
 コメントを、ありがとうございます。HPを拝見し、お取り組みの一端を知りました。今後、積極的にご指導を仰ぐこともあろうかと存じます。あらためて、ご連絡を差し上げたいと思います。これを機に、どうぞ宜しくお願いを申し上げます。
円山
2008/07/03 06:50
おっしゃるように、ゲイ・レズビアンの自殺は、起こっていてもなかなか他の人にそれが知られることは少ないのではないかと私も思います。国が、自殺者を減らそうとする試みを色々とやっているようですが、そこにLGBTへの視点が欠けていることは問題視すべきことであるように思います。
平田 俊明
URL
2008/07/17 00:04
>平田俊明さん
 臨床心理学のお立場から、同性愛に苦悩して自殺(自死)に至る問題に取り組んでおられるとのこと、とても頼もしく存じます。仰るように、どうやら日本ではこの問題への取り組みが遅れており、実態すら掴めていないように思います。僕らとしても、さまざまなお立場の人たちと連携しながら対策すべきと考えており、平田さんのご協力も欠かせません。今回、コメントを頂いたのを機会に、ご相談をすることもあろうかと存じますが、その節は、どうぞ宜しくお願いを申し上げます。
円山
2008/07/18 02:44

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