低能流[ゲイ]文章計画

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help リーダーに追加 RSS ♂ゲイ小説 Just the Way You Are 〔13/42〕

<<   作成日時 : 2008/06/30 06:44   >>

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※※〔12/42〕より、つづき

 満腹になってとんかつ屋を出た二人は、夜の新宿を、どこへとなくそぞろに歩こうと自然に決めた。以心伝心で。
 そもそも今宵は、顔を合わせたい――とりとめ無く何かを話したい――と約束したのであって、べつに、ここへあそこへと言う目的地は無かった。時刻は午後十一時に近付いていたし、遅くとも終電でそれぞれの住まいに帰らなくてはなからかったわけだから、これから、どこかへ一軒ばかり寄って一杯二杯というのも中途半端に感じられた。
 次の週末には、桜が満開になると予想されていたにも関わらず、気温が、ずいぶんと下がっていた。まるで、いっとき冬に逆戻りしたようだった。
 二人は、人通りの少ない通りを選んで歩き、ときに寄り添い、密かに手を握り合った。
「ぼくは、ジュンと、いつまでもこうしていたいと思っているんだよ……」
「……そりゃ、オレだってそうさ……」
 四十男が二人――。つかの間の、幸せな時間だった。

  その歓びは まだ早い
  ときとして 霧に包まれた冬は
  きっとまた戻ってきて拡がる
  花も蕾も 固くかじかんでしまうんだ

 靖一の脳裏で、合唱のワンフレーズが響いて鳴った。
「鏡子のことは、心配しないで。ぼくが、責任を持って巧くやっているから」
 靖一は、潤吉と互いの心が繋がっているとの自信から、これから襲い掛かるかも知れない――どのような苦難をも絶対に乗り越えられると信じていた。
「……信頼してるぜ、アニキ。……でもさ……」
「なに? でも……何だい?」
「……オレのために、親父さんの会社を辞めるとか、言わないでくれよ。……オレのために、アニキが家庭を壊すようなこともな。そんなことになったら、オレたち、幸せとは言えなくなっちゃう。そうだろ?」
 潤吉は、靖一という、魂を通わせ合うことのできる恋人との出会いと、すでに交際が一年半、否――、ほとんど二年近くにも及んでいた事実に、得難い喜びを感じながらも、自分の心のどこかに見えない穴が開いていて、うっかりすると、この喜びがその穴から吸い出されてしまいそうな、漠然とした強迫観念にとらわれることがあった。
「……ああ……」靖一の声は、納得した響きではなかった。
 これまでの半生、自分の本当の性をずっと封じ込めて生きてきた靖一は、潤吉との交際が深まるにつれ、偽りのない真の自己を痛いほど強烈に実感するようになっていた。
(このままではいけない……)と、靖一は思った。
 その思いは、潤吉との秘密の間柄が、いずれは靖一の人生を邪径へ向かわしめると恐れることから発露したのではなかった。そうではなく、その反対だった。
(……このままじゃ……)むしろ、靖一自身が本来居るべき場所を厳しく見定めて、そこに永久の礎石を鎮座させなくてはならないとの、まさしく人生を賭しての思索なのであった。
「歌の練習したあと、いつもなら、真っ直ぐに帰ってたんだろ?」
「うん……、まあ……」
「平気なの? 今夜は遅くなっても?」
「団員と呑みに行ったことにするよ。ジュンは心配することないから」靖一は、柔らかい声でそう言い、温かい笑顔で頷いた。
 行く宛てもなく、そぞろ歩いていた二人なのに、どうしてか、足が自ずとある場所へと誘導されていた。角に伊勢丹がある交差点から、横断歩道を渡って追分交番の前を過ぎ、新宿通りを四谷の方角へ向かった。
 靖一と潤吉が付き合い始める切っ掛けとなったゲイ・バーは“タチェット”という名前のミセだった。不動通りに沿った一角にあった。二年前にオープンしたばかりの新しいミセで、その開店当初に二人は知り合った。
 潤吉は、それまでに何軒か通うミセがあったのだが、ともに老舗の“白鳥”にせよ“火焔太鼓”にせよ、古いタイプのミセ作りだった。――と言うべきか、当時は女装するのが当たり前とされていたミセコたちが、とにかくギャアギャアと騒々しくはしゃぎ捲るのが不愉快で、なかなか馴染むことができなかった。
 白鳥のほうは、ミセコと同様、客層が比較的若かった。客らは中性的で線が細い美形な男子、そしてアイビー調の体育会風男子とにタイプが二分され、それぞれを好みとする、おおむね正反対の風情を湛えた男子、ないしは若専の年長男たちと盛り上がっていた。
 火焔太鼓には和装のミセコが多く、年齢も高かった。客層も、それに合わせて歳が行っていた。いわゆるフケ専と呼ばれたオジサマ好きな若者と、逆に若い男子を好んだ年配が相手を探すミセとして存在感を誇っていたが、中年同士が出会えるミセとしてもその名を馳せていた。
 潤吉としては、どちらのミセにも難点を感じ取っていた。集まってくる客たちの傾向がどうということより、まず以て雰囲気が落ち着かないのが問題だった。しかも、年々“カラオケ”と称する新進の娯楽が普及してきたことによって、なおのこと敷居が高くなってしまった。ろくすっぽ会話もせずに、いつまでもマイクを片手に下手くそな歌にばかり興じようという根性が、気に入らなかったわけだ。
 靖一は――と言うと、優美が生まれてから新しい人生を意識し、最初に取った行動が、新宿二丁目にわんさかと増殖していたゲイ・バーに足を踏み入れてみることだった。そのための勇気を抱くことが、人生の新しさの第一だった。だが、せっかく勇気を奮ってゲイ・バーの扉を開けても、そこへいきなり登場するのは、付け睫毛から口紅からおしろいから、それはもう、どろどろになった化け物のような化粧を施し、ピアノ線と細い針金を絡ませたようにも見える重たそうなカツラを頭に乗せ、精一杯に不細工な女装紛いをしたミセコたちで、その彼(彼女)らが、色気も人格も飛び去った黄色い奇声を爆発させ、紋切り型の臭さ苦しい歓迎しぐさを示した途端に、靖一は、呆然となって幻滅し、すっかりゲイ・バー体験をしようという心意気が失せたものだった。
『ま……、間違えました……』と、慌てて扉を閉め、一目散に逃げ出すという始末が何度も続いていた。
 潤吉と靖一、おのおのそうした事情の中、二年前にオープンしたミセ・タチェットは、全く新鮮な色彩を放っていた。第一にカラオケなる音響装置を設えていなかった。どのミセも、集客のために挙って“8トラ”を導入していた最中にである。代わりに、タチェットはクラシックのLPばかりを再生演奏させていた。品が良くて実に静かで、お客同士が、穏やかに語り合うことが可能なミセだったのである。
 つまり、あの“らんぶる”のように、名曲喫茶の趣きが漂っていた。否――、名曲バー、クラシック・ゲイ・バー、――と言ったところだ。
 そして第二に、タチェットは、当時のゲイ・バーにおいては女装をしてこそミセコだ――と、それまで誰一人として疑うこともなく通用していた固定観念を爽快に打破していた。ミセのスタッフは、お揃いのバーテンダー風の出で立ちをしたマモル・ママと、その彼氏――ヒロミチと、それにアルバイトのもう一人で、他のミセのように、同性愛者の感覚でさえ異様だと断じられても仕方なかったほどの女装を、何の配慮もせずに纏うようなことは決して無かったのである。
 タチェットという、洒落たニュータイプのミセができたとの報せを得て、まだ知り合う前の靖一、それに潤吉は、それぞれにこのミセを訪ね、各々一発で気に入り、間を置かず贔屓客となっていた。
 こうして二人は、やがて席を隣り合わせることとなり、たちまち恋に落ちた。

※※〔14/42〕へつづく

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