低能流[ゲイ]文章計画

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help リーダーに追加 RSS ♂ゲイ小説 Just the Way You Are 〔11/42〕

<<   作成日時 : 2008/06/21 00:21   >>

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※※〔10/42〕より、つづき

 らんぶると同じ通り沿いに、とんかつ屋が一軒あった。
 二人は、四人掛けのテーブルへと通された。
 店内は、夕食のピーク時刻を過ぎていたから客の数は多くなく、空いているテーブルも散見された。とんかつをおかずに飯を食っている客よりも、ビールを酌み交わすサラリーマン組のほうが目立っていた。
 藍色のスーツを着た靖一と、グレーのダウンジャケットを羽織った潤吉の取り合わせでは、彼らが同じ会社の同僚ではなかろうことは一目で察しが付いた筈だ。併せて、双方、見た目は実年齢を裏切っていなかったので、誰が見ても、二人ともに四十代だろうとの趣きだったし、それはそれで正解だった。靖一は四十六歳、潤吉は四十三歳。ごく普通の大人の男と男だった。風体にも、もちろん一切これと言う怪しむべきところがなかった。
 靖一と潤吉は、同じとんかつ定食を注文し、キリンビールの大瓶を一本飲もうと、あとから追加した。
「新宿文化センターってとこ、オレ、まだ行ったことないぜ。綺麗なのか?」と、潤吉が訊いた。
「ああ。そうだね、立派な建物だよ、ホールもちゃんとしてるし。練習した部屋は、音響のいいリハーサル用だから、とっても良かったよ」
「あっそ……」
 しばらく靖一は、この日の練習は、ハイドンが作曲した“四季”という楽曲のどんな合唱部分だったのかを説明したが、潤吉にはあまり興味がない様子だった。――と言うのも、潤吉はクラシック音楽を聴くことは良しとしても、全く詳しくなかったからだ。靖一の話に、はあほうと適当な相槌を打つだけだった。
「でも、良かったぜ。毎週木曜の夜は、これからこうやって会えるようになりそうじゃん」潤吉が、少し声をひそめた。
「そういう風にしような」靖一が、にっこりと笑った。
 新宿・三越の定休日が水曜だったことから、潤吉も、同様に毎週水曜のみが休みとなっていた。
 靖一は、普通に日曜を休んだ。土曜も、原則的には午後が半休となっていたが、大抵は残務に追われ、夕方まで何かしらの仕事をしていたものだった。潤吉の休みに合わせ、水曜の午後を外回りと称して実質フリーにしていたから、そのしわ寄せが土曜に及んだわけだ。
「昨日みたく、オレが仕事になっちゃうこと、あっから」
 潤吉の休みが、変則的に動くこともあったらしい。
「そうだったね。淋しかったんだよ……昨日は。だから、今夜はぼく、絶対……ジュンに会いたかったんだ」靖一は、お坊ちゃん育ちのせいだろう――、年齢の割には幼い話しかたをした。とくに、相手が潤吉だとそうなった。
「莫迦……、でかい声で言うなって、そんなこと……」三つ年下の潤吉のほうが、話し振りでは威張って聞こえた。
 女将が、とんかつよりも先にキリンビールを盆に乗せて運んできた。二人は、ピタリと口を閉ざした。女将は、続いてコップを二つ置いた。靖一と潤吉は、互いにビールを注ぎ合い、それぞれ、
“お疲れさま”と言って乾杯をした。
「昨日今日と、忙しかったみたいだね、ジュンのほうは」
「明日から催事でさ。……って、毎週何か必ずやってるけど、意味の分かんない企画ばっかし……。店に溜まってる在庫品を処分するだけの催しならオレは関係ないんだが、今度のブランドスーツみたく、外からの納入が多いときなんかは、木曜は検品が遅くまで続いてさ」
「知ってるよ。えっと、……“シンミツ”は……、たしか、四月の一週目立ち上がりで、“春のメンズフォーマル大特価市”だったよね」
 シンミツとは、ホッセー社内の符丁で新宿・三越のことだ。
「そう。さすがだな、アニキ」
「どこのデパートで、どんな催事をやるかは、全部判ってるよ」
「だよな。アニキんとこの会社は、うちの垂れ幕も作ってるんだからな。オレみたいな下っ端なんかより先にスケジュール、入るんだろな」潤吉が笑って、歯並びの良いところを見せ付けた。
 二人が出逢ったのは、べつに二人の仕事が百貨店繋がりだったからではなかった。靖一が百貨店の広告幕を作る会社の管理職で、潤吉が百貨店勤務だという事実は、後から判ったことで、最初は全くの偶然の遭遇だった。靖一は、運命的だ――などと、超自然的な表現をしばしば気軽く口にしたものだったが、潤吉のほうは、そういう捉えかたをしなかった。
 “ゲイ”という呼称が、まだ一般的には浸透していなかった時代だ。人々は、男性同性愛者を“ホモ”などと呼んで、頭ごなしに侮蔑していたものだ。
 ある程度の年齢になれば、結婚しないでいることは恥ずかしいことだとされた。いい歳をして、いつまでも独り身でいると、人間的に未完成だと決め付けられた。つまり、一人前ではないとされた。男たる者、自分の女の一人も作ることができないでは、情けないと言われた。しかし、そのような恋愛下手のために、お節介焼きが縁談を運んできた。見合いをさせられ、結婚を勧められた。嫌だとは言わせて貰えなかった。結婚することを身を固めると言った。身を固めて、初めて男として仕事も出来、社会に貢献できる人間だと判断された。
 だから、実は潤吉にも見合い結婚をしていた一時期があった。
 潤吉が離婚してから、すでに十二年もの長い時間が経っていた。僅か二年間の結婚生活は、潤吉自身が当時の妻を一度も抱くことができなかったことで破綻した。
 当時の妻は、見合い結婚をして以来、潤吉が女の身体を求めてくれないことを、最初は自分に性的魅力が乏しいからだと判断した。そして、ある程度、潤吉を欲情させる努力をしたのだったが、それでも身体に一つも触れてくれなかった潤吉を、彼女はついに疑うようになった。他に女がいるのでは――と。しかし、潤吉には女っ気がまるで無いことが次第に明らかになると、今度は潤吉を薄気味悪い存在と考えるようになった。どこかに異常性を蓄えていると思い込まれた。その結果、当時の妻のほうから、愛想を尽かされてしまった。少なくとも、妻であった彼女には、潤吉が女性に対して淡泊過ぎることに懸念を抱く感覚はあっても、同性を愛してしまう人間だとまでの認識は無かったようだ。単純に、得体が知れないから結婚関係を解消したいと申し出たのであった。
 その当時――、六十年代末の日本社会では、同性愛という概念さえ、まだ一般的に、きちんと定義されていなかった。そして、潤吉自身もまた、どうして自分は男性にしか性的欲望が向かないのか、どうして結婚までした相手を抱くことができなかったのか、大いに苦悩したのだった。頭がおかしいのかとも考えたようだが、それが同性愛という自分の性的指向によるものだと自覚できるようになったのは、離婚してから後のことだった。この時代、同じように悶々と苦しんでいた同性愛者たちは、他にも、きっと大勢いたことだったろう。
“お待たせ申し上げました……”
 ようやく、とんかつ定食が運ばれた。二人ともアルコールはそこそこ行けたようで、キリンビールを、さらにもう一本頼んだ。

※※〔12/42〕へつづく


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