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help リーダーに追加 RSS ♂ゲイ小説 Just the Way You Are 〔10/42〕

<<   作成日時 : 2008/06/18 10:20   >>

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※※〔09/42〕より、つづき

“コーナー・6Cのテーラー渡嘉敷です”
“渡嘉敷さんとこさー、来るのがとてーも遅いよー。6Cなんてさー、最初に設営するスペースなんじゃないのー?”
“道が混んじゃって……。申し訳けありません……”
“ウチにじゃなくて、他の業者さんのほうに謝ってよー。みんなブーブー言ってんじゃなーい?”
“すみません……”
“箱が七つに、自前のケースが七ね……。はい、どうぞー! 運んで運んでー……”
 納入業者のトラックは、これで最後の一台になった。
「渡嘉敷洋服店でラストね! オッケー。オレもう、今日はこれ以上受け付けないかんねー……」
 ――と、潤吉は、ようやく催事用の商品搬入が全て完了したのを受け、べつにやらなくても良かったとも思えた形式的な検品作業を終えた。形式的の割りには、大仕事になったのだが。
「……わりいな、迫田。戸締まりだけ、な……、頼んだぜい」
 副主任補佐の迫田に事務所の鍵を託すと、
「ええーっ! 催事の検品報告書、書いておかなくていいんっすかー?」迫田の意外そうな声を置き去りにして、
「そんなん、オレが明日の朝、早く来てやっとくわー。お前も帰っていいぞーっ! おつかれーっ!」潤吉は、さっさと持ち場を離れた。どうやら、日頃はもっと厳しいことを言っていたらしい。
 歩きながら、広い検品所の何カ所かに掲げられていた、まん丸い壁時計の一つを見遣った。すると、
「おっとっと……」
 時刻は午後九時を廻っていた。
「……もしかして、これは大遅刻じゃねっか」と、潤吉は独り言を呟きながら小走りになり、そのまま検品事務所へ駆け込んだ。ロッカー室に入って大急ぎで私服――検品所の作業着とよく似たグレーのダウンジャケットの下に、いままで着ていたのと同型異色・クリーム色のワイシャツ、そしてスラックスのようにも見える黒いジーンズ――に着替えると、そそくさとタイムカードを捺して仕事場を後にした。服装は地味だが、さり気なく小洒落ていたようだ。
 ここから、名曲・珈琲・らんぶるは目と鼻の先である。慌てなくても良いには良かった。しかし、どんなことより増して焦ってしまうのは、これから会うのが池星靖一だったからだ。待ち合わせに、これ以上遅れたくなかったのは、靖一の機嫌を取るためではなかった。潤吉自身の気持ちが、一分一秒でも早く、靖一に会いたいと急いていた。
 これまで、このようなシチュエーションは無かった。木曜日が特別な曜日となったのは、この日が最初だった。前週までの靖一は、神田方面――美土代町や、神保町のほう――で専ら合唱練習だったのが、これからは毎週、新宿文化センターでやると聞いて、潤吉は嬉しくなった。あそこなら、潤吉の仕事場から遠くない。何か、おまけのご駄賃を貰ったような幸運な気分になったわけだ。
 少し肌寒かった。午後九時を過ぎた新宿東口の界隈は、歌舞伎町ほどの賑わいではなかったとは言え、平日の夜ゆえ少し早めに出来上がった酔っぱらい連中が大勢、うごうごと蠢いていた。彼らのうち何組かは、素面のときよりも断然下品で大きくて、また恥じらいを喪失した銅鑼声でわめき、酒の匂いを濃厚に撒き散らし、オイルショック不景気で冴えない日々の憂さを晴らすが如く、ゆらりゆらりと通りを縺れていた。端から見るかぎりでは、まるで、
“揺れて貴殿とどこまでも♪”と、歌い出さんばかりに彷徨っていた。
 すなわち、見た目でも比較的上等と判るような背広を着用した立派そうな紳士たちが、明らかに男性同士で、相親しく肩や腕を組んだり手を繋いだり抱き合ったりまでもしていたから、さては、一歩踏み込んだ間柄なのだろうか――と、外国人たちの目からは瞬時にして疑われたに相違ない。日本人男性の、とくに、たっぷりと酒を呑んでしまった際の、そうした奇異なる光景とも捉えられかねない距離感の近さ、そして親密さは、主要先進七カ国などと称された国々の中でも、極めて特殊な習俗であったらしい。
 まだ薄ら寒いとは申しても、桜満開の報せなどが、南の諸地方よりぼちぼちと伝え聞こしめられようとしていた春の予感に誘われてか、スーツを召した労働者たちの千鳥足は、みな、どこかゆったりとしていた。
 斯様な景色を微笑ましく眺めつつ、あっという間にらんぶるの前に到着した潤吉の前に、スウッと一台のタクシーが停まった。ドアが開くと、一人の背広姿が降りてきた。靖一だった。計算されたように無駄のないタイミングだった。
「ごめんね、ジュン。待ったのか? こんなところに、ずっと立って待っていたのか?」
「びっくりだ! タクシーで来るなんて」
「練習が長引いて、慌てて来たんだよ」
「オレも、仕事が押してさ。ちょうどいま、ここに着いた」
「そっか! いつだって、運命的だね。ぼくたちは」
「また莫迦なこと、言ってるぜ」
 靖一と潤吉――。
 二人は、待ち合わせをしていた喫茶店の目の前で、こうして運良く鉢合わせをしたので、この店――らんぶるに、いまからわざわざ入る必要が失せたような気分に、どうやら同時になった。
「あのさ……」
「そいじゃ……」
 言葉が交錯したので、潤吉のほうが譲ると、
「お腹、空いたよね?」と、靖一が尋ねた。
「まあな。さっき喰ったけど、また空いた」
「とんかつにしよう」
「オッケ。乗った!」

※※〔11/42〕へつづく

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