低能流[ゲイ]文章計画

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help リーダーに追加 RSS ♂ゲイ小説 Just the Way You Are 〔09/42〕

<<   作成日時 : 2008/06/15 04:35   >>

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※※〔08/42〕より、つづき

「なあ! 池星! 呑みに行かないか?」
 ――と、逞しいバリトン声が、靖一の背中へ突き当たった。
 グリーン・ティー・クワイア・アンサンブルの練習は、少し長引いて午後九時を過ぎてしまっていた。
 靖一は、楽譜を閉じるや書類カバンへ放り込み、急いでリハーサル室から飛び出して、正面ロビーへ出たところだった。
「ごめん! “今宵”は、申し訳けないんだが、あいにく……」
 盛鷹団長よりじきじきの、酒の誘いを懸命に断った。今夜は、どうしても、彼らと一緒に歌舞伎町へ繰り出すようなわけにはいかなかった。潤吉との約束があったからだ。
「何だ? 奥さんの誕生日か何かか?」
「そ、そう……、そういうことにでもするか」と、靖一は、どこかしら頼りない答えかたをした。
「あ! それとも、こっちか? ……」
 盛鷹は、右手の小指をピンと立て、これから愛しい女のところへでも赴くのかと訊いた。
「……池星は、俺と違って締まった身体してて、腹が出てないからな。女にもてるんだな。そういう風に、面と向かって差を付けられると、悔しいもんだな」盛鷹は、横目で睨むようにして戯れた。
 靖一はひとまず、図らずも程々こと上手く勘違いしてくれている団長の言葉を無視して、新宿文化センターの正面ロビーから表通りに出た。おそらく、次の週末は花見日和になったとは想え、この晩の夜風には、かなりの冷気を感じた。一度、ぐるりと辺りを見回してから、思い立った素振りで、再び建物の中へ戻ろうとした。そのとき、
「じゃあな、池星。来週こそは、一杯ぐらい付き合えな。……“今宵”は、いい夢でも見ろよ」
 盛鷹は、すれ違いざまにそう言い残すと、他の団員たちとスーツ姿の一団を形成し、足早に歌舞伎町方面へと歩き去った。靖一は、一度、大きく手を振って応え、正面ロビーへと入った。
 彼は、公衆電話を探していた。
 表通りへ一度、出たには出たのだが、新宿文化センターの正面ロビーになら、公衆電話があるだろうと思い立った。案の定、ロビーの隅に、黄色い公衆電話を見付けた。
 靖一は、すぐさま受話器を持ち上げ、ほぼ同時に、手を突っ込んでいた背広のポケットから何でも良いから硬貨を一枚取り出して、電話機へと投入した。どうやら、それは百円硬貨だった。
 ――ピッピ、ポッパ
 新宿・三越のそばにあった喫茶店、“名曲・珈琲・らんぶる”のマッチを見ながら、そこに示されていた電話番号をプッシュした。
〈ハイ。らんぶるでございます〉
「あ、すみません……、ぼく、そちらで九時に、人と待ち合わせをした者なんですが、お客の、えーと……、呼び出しみたいなことをして頂けませんか?」
〈あ、ハイ。かしこまりました。……どなたさまを?〉
「ジュン……、潤吉、いや、饗庭潤吉を」
〈アエバさまで……、少々お待ち下さいませ〉
 らんぶるは名曲喫茶の店で、中はとても静かな筈だったから、客の呼び出しなど、さぞや迷惑だろうとは想像した。だが、靖一は、潤吉との約束の時間に遅れてしまったことのほうが、より罪深く感じられていた。新宿文化センターから、らんぶるのある新宿三丁目辺りまでは、歩いて二十分は掛かると想った。電話を切ったら、すぐにタクシーを捕まえようと決めた。
〈もしもし、お待たせ致しました〉
「はい」
〈ご案内致しましたが、アエバさまとおっしゃるお客さまは、あいにく、お着きではないようですが……〉
「あれ? あ……、そうですか? お手間を掛けて、どうもすみません。ありがとう」
〈どう致しまして〉
 公衆電話を切ると、直ちに靖一は表通りへ出て、明治通りの方向に急ぎ足で歩きながらタクシーを探した。幸いにも、空車がすぐに通り掛かった。靖一は、右手を高々と挙げ、忙しなく振った。

※※〔10/42〕へつづく

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