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help リーダーに追加 RSS 【ゲイ小説】 幽霊香盤表 第15幕 (全17幕)

<<   作成日時 : 2008/05/12 01:36   >>

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  ◆◆幽霊香盤表<第14幕>からの、つづき◆◆

 初日前日の深夜に、舞台の仕込みを完了させた。
 もともと、大道具は極力シンプルに抑える方針で、ゴテゴテとした舞台装置は設けず、本ちゃん会場、中野にある芝居小屋“スポット”の倉庫で眠っている机や椅子、畳など、要は一切を有り物で済ませるつもりだったのだ。ところが諏訪が、暴走族時代を演出するのに、排気量七五〇CCバイクは無くてはならないものではないかと、ぎりぎりになってから不意に思い立った。そこで、かつて諏訪の族仲間――あの当時の熱き闘魂がいまだ冷めやらず、福生のほうでバイクショップを営んでいる人物で、いまや懐かしの違法改造バイクを後生大事に保存しているコレクターに急遽掛け合い、
“これがなくっちゃ、ブラッキーロイヤルとは言えねえぜ”と、胸を張って威張れる数台の逸品を貸して貰う話を付けた。それから、諏訪が連れてきたスクリプター・知明ドンを口説いてレンタカーの二トン積みトラックを操らせ、――出演する若者たち総出で、ワイワイと賑やかに夜中の大騒ぎをしながら運んで来たのだ。
 それと、日影ビルの稽古場でも、ときどき引っ張り出して敷いていた――舞台の地がすりに用いるリノリウム材を移動してこなくてはならなかった。激しいターンをやっても舞台を痛めないために、ダンシングが入るステージには欠かせないのだ。――ガタゴト、ドタバタとしたものの、仕込みと言っても、ただそれだけのことではあった。
 八月もちょうど盆休みに跨る、たったの三日間しか打てないショートな日程、昼の部と夜の部とが日に一度ずつ、――計六回の舞台だったのだが、さすがに看板スター・諏訪宙太郎の名前がポスターやチラシの目立つところを飾っていたこともあって、連日、大入りのうちに、遂にこの日、劇団鰻登・定期公演は千穐楽を迎えていたのである――――。
 舞台の後方だけ迫りを上げ、さらに平台を置いて高さが調整してある。下手奥から出たスワ先生を、ピンスポットが追う。後方の、その高く迫り上げた位置まで段々を登って立ち、独白する形で生徒たちへのメッセージを投げ掛けていた。
 ――あとはもう、お前たちが自分で切り開くのだ。
 ――俺が、どうこう指図する幕ではない。
 ――俺は、少し離れた場所から、お前たちが独力で何かを発見し、育み、お前たち自身の生きざまを築き上げていく様子を、ちょっとヒヤヒヤしながら見守ってゆくことにしようじゃないか――と。
 生徒たちからは青パンと呼ばれてトレードマークになっており、毎日、ちっとも変わり映えのしない、よれよれの青いジャージ上下に身を包んだスワ先生が、客席の一番後方、隅の角まで届く芯のある発声で、こんな風に告げている。
『なあ、ユウスケ! お前たちの反抗心って、いったいどんなものなんだよ……』
 舞台の手前は50%ほど薄暗く照明を落とし、教室でダベっている光景をパントマイムで演じるユウスケ役の雄介と、ケンジ役の健二を中央に着席させ、同じようにライトを落とし気味にしてあるその周辺には、他の生徒役を演っているエキストラたち数人が、ぼんやりと見え隠れしている。彼らも、やはり動きの芝居だけで三々五々に、放課後の自由な時間を好きに過ごす高校生たちを表現しているのだ。
 スワ先生の独白が続いた。
『……俺から見ると、中途半端でまるでなってねえな。俺たちの時代はな、ユウスケ。バイクや四輪でカッ飛ばして、追っ駆けて来る白バイのマッポどもを巻いたりしてな、要するに、そうやって大人たちに反抗してたんだよ。誰も……、俺たちの存在を認めようとしない大人たちにな。真夜中によ、住宅地の真っ只中を、パラパラパラパラ……、ラッパ鳴らして、エンジンをブワーンブワーン……、騒々しく吹かして、百台以上で一気に走り抜けるんだぜ。俺たちを絶対に逮捕しようと、ひっちゃきになってくっ付いて来ようとするパトカーや白バイを、後ろにゾロゾロ従えてな。そりゃ、大迷惑もイイトコだしよ、いま考えたら、とんでもない犯罪行為で、この俺でも許せねえとか思っちまうけどな……。ははは……。だから、そんなことをやれって言ってるんじゃないんだぞ。勘違いするな。それほどまでに、俺たちは俺たちの不満を行動に示してぶつけていたんだ。俺が言いたいのは、そこだよ……』
 雄介は、舞台の真ん中で、ケンジ役の健二を目の前にしながら、あれこれと、何やら二人で話をしている動き芝居だけを見せていたが、ふと周りに目を遣ると、同じ舞台上に、エキストラとして紛れ込んでいるクラスメイトの勇気たち、――TDC――天衛・ダンシング・クラブのメンバーらの顔が並んでいた。勇気と、目が合った。次の場面転換で、すぐにダンシングチームがミーティングをするシーンへ早替わりで突入できるよう、学生ズボンに白ワイシャツ姿の衣裳を着け、その他大勢を演じつつ、スタンバっていたわけだ。
 雄介の心のうちでは、長期に亘って登校拒否を続けてきて、言ってみれば自ら友達へ絶縁を宣告し、身勝手に切り捨ててしまっていたのではないかとの後ろめたさが、いつまでも消えてくれないでいた。しかし、勇気が、
“オレっらも、一緒に出演してるんだぜっ! 雄介!”
 ――と、そう黙示し、TDCのみんなと、こうやって自分を励ましてくれていることを想うと、
(……だよな。こいつら、オレのこと、待っていてくれていたんだよな……)少しずつ気持ちが解れ、学校が恋しくなりそうな、涙腺をくすぐる心境が芽生え始めていた。
(でもよ……)
 いっぽうで雄介には、榊守家の当主となって巌榊大神宮の聖皇職を継承するなど、決して受け入れることができないとの固い決意がある。
(どうしたらいいんだ……オレ……)
 ――それは、ゲイである自分には、やがて女性と結婚させられ、次の跡取りを強制的に誕生させなくてはならないことへの計り知れない抵抗感があるからこそ――。
 従って、両親との和解へ繋げられてしまうであろう学校復帰については、そう易々と決心を付けるわけにはいかなかった。
『……ところが、お前たちはどうだ! チーマーだの、カラーギャングだのと言って……。最近じゃ、そんなヘンチクリンな名称すらないんだろ? ただ、徒党を組んで街中をウロウロしてるだけじゃないか……』
 スワ先生の独白芝居が途切れると、ユウスケとケンジ二人だけを狙って、明るくピンスポットが当たった。二人が会話をしていた光景が、いきなりパントマイムから台詞回しへとチェンジした。
『えーっ? ダンシング・フェスティバルって? ……ああ、あれか? ダンス甲子園みたいなイベントだっけ? それに出場しろって、スワ先生が言ってんのかよ? オレたちが? うっそ! マジなの? ダサくねえ? そんなこと……できねえよ、たぶん……』
『それが全然、ダサくねえってことよ、ユウスケ! ……うっそでー。こいつ、知らねえんでやんの。出場者総数四千人でもって、のべ三百近いステージってえヤツなんだぜ。全国から高校や大学のチームが集まってくるってな、大層な代物よ!」
『おい、ケンジ。どうしたんだよ、やけに詳しいじゃん。……ってか、そういうの好きだったっけ、お前?』
『へっへ……。まあな。スワ先生に言われてよ、おいら、ちょいと調べてみたんだあね。驚くな! 全国中継なんでやんすよ。しかも生放送で……。なあなあ、やってみやしょうぜ、ユウスケ。おいらたちのチームを作ってさ。ヒップホップダンスなんざあ、洒落てるってもんじゃねえか。なあ、やりたくねっか? 沼上高校ヤンキーズとか何とか名乗っちまってよ。……おっと、そんなネーミングじゃ、さすがにダセえかな……? へへへっ!』
 今度は、後方の壇上に立つスワ先生がピンで抜かれ、ユウスケとケンジがストップモーションになった。ピタリと動くのを停止させている。スワ先生は、さきほどよりもゆっくりとした口調で、優しく柔らかく、少年たち一人一人の頭を撫でるように、こう諭し続けたのだ。
『世の中が面白くないんだろ? だったら自分たちでもっと面白くしたらイイじゃないか……』語りながら壇上を降りて、生徒たちの中を巡り歩く。
『俺たちの方法は間違っていた……。それは、俺が話してきた通りだよ。俺が……、少年院まで行って自ら証明してきた通りだ。俺たちは完璧にイカれてた。だが、ユウスケは馬鹿じゃない。そのぐらいのことは分かるだろ。俺みたいに、あんな地獄まで行く羽目にならないと分からないか?』ジッと動かないユウスケの肩に、ソッと手を置いた。
『もし、理不尽だと感じるなら、親の――わけ分かんない命令なんて聞かなくて構わないさ。親の気持ちはお前の気持ちとは別のところにある。だから、大学なんて行かなくてもイイんだぞ。いますぐに就職するのだって立派な選択だよ。普通科高校なんて役に立たないと思うんなら、さっさとやめて専門学校へ転校するのはどうだい? 学校ってものに馴染めないんだったら、独学独習することだって充分できるだろ。何しろ、お前たちは若くてエネルギーに満ちてるんだ。有り余っていて、お釣りが来るほどにな……。俺たちみたいに、盛りを過ぎたオジサンとは訳けが違う。どんなことにだって挑戦可能だ。なあ、ユウスケ。ヤンキーみたいなくたびれることをやっている根性があるんだったら、どんなことだってできると思わないのかよ。どうだ? ヤンキーでダメ高生のレッテルを、そのまま栄光のエンブレムにしちまいたいとは思わないか? 有名になっちまえよ! お前たちが、……“カッキイぜ!”……と思える方法でな……』
 ここで、弱音のラップ音楽がカットインして、舞台全体がパアっとノーマル100%のライティングになった。中央で語っていたスワ先生が、すっと上手へハケた。
 雄介、健二、そして彼らの周りでその他大勢の生徒たちを黙々と表現していた――勇気はじめTDCの面々が、突如、芝居の雰囲気を一転させるように、
“ふーっ! お疲れー”
“これで、本番、バッチリでっしょー!”
“もー、おれ、くたくたっすよ!”
 ――などと口々に言い、各自、机や椅子を手際良く片付けながら立ち上がった。
 場景は、僅かに数秒間で、ダンシングチームがフェスティバル参加を翌日に控えた、最終ミーティングの場面へと変貌したのだ。
 ここで、ユウスケの台詞だ。
『えっとー。ここまでみんなでやってこれてー。オレ、すげえ幸せっす。えっとー。一年前に初めて集まってー、どうすっかとか相談したときにはー、はっきし言って意見とかバラバラでー、全然どうなるか分かんなくてー、無理なんじゃねえのとか思ったんだけどー……』
 すると――、
{キンニクでニンニキニーン!}雄介の聴覚意識に、聞き覚えはあるが、いまは聞えてはならない筈の声が、テレパシーモードで飛び込んできたのである。
 芝居が、遂に終盤の佳境に差し掛かったところだと言うのに、どうしても、出演したいとの望みを叶えたかったのであろう、せいぜい日影ビルの周辺、――主として劇団鰻登の稽古場にしか現われないと思われていた、あの幽霊くんが、ダンシング・クラブのメンバーたちに混ざるようにして、この千穐楽の舞台に“ゆらゆらと”立っているのであった。いつものように、筋肉の詰まった真っ白な素肌を晒しているのだが、具合いの良いことに、これが白い学生シャツ姿に見えないこともなかった。
 通常は全裸の幽霊くんだったが、大勢の観客の前に立つことを念頭に、彼らの中にも必ず存在する筈の、――ゲイ、そして霊感の強い人々へ配慮してなのだろう、下半身だけは、ちゃんと学生ズボンを穿いている。
 雄介は仰天したものの、その出で立ちが可笑しくて仕方がない。ここで笑いを吹き出してしまっては芝居がブチ壊しだったので、
『……いよいよ、これで最後の練習も終わりってことでー、ホントに何かー、胸が……、い……、いぱ……、一杯……です……』懸命に、突き上がる噴笑欲求を堪えていた。
{雄介! ボクは何でも知っているよ。きみは、ポッチャリした奴がタイプなんだろ? アスリートのくせしてな……。でも、意外に多いんだよ、そういう子……}
 幽霊は、雄介に、重ねてテレパシーモードで、ある種の催眠術を掛けていたのだ。それこそ、憑依に近い技だったが、乗り移るのではなく、遠隔誘導なのである。
 それを、敢えて強引に結び付けて喩えると、諏訪が今回の芝居作りに採用した手法、――演出家が、稽古のとき口立てで台詞を仕込んでゆく、――そう、口立て芝居とまるっ切り同じことを、やらかそうと言うのだ。
(ちょ……、ちょっと困るよ。いま、本番中なんだから)雄介に、盤石と言えるほどの余裕は無かった。
{健二は、さっきの――あの言葉を、心を込めて“伝えて”いたなあ……。涙ぐましいぐらいだった。思い出せよ、ほら……}
 雄介の意識へ、明瞭に、それらの想念が蘇って流れ込んだ。
 ――『おいら、これでもさ、けっこう大好きなんだぜ。お前の、そういうところをさ』
 ――『女子なんて、ユウスケのことイケちゃうとかキャーキャー言って騒いでるけどよ、きっと、おいらのほうが真剣だぜ』
 ――『おいらの気持ちってー、これ、絶対に本物だよねー?』
 前の場景で、ケンジ――いや違う、健二が告げていた、台詞――ではなく、本心からの言葉なのだ。
{さあ、ボウッとしてちゃいかんよ}
 幽霊氏の立ち姿は、この会場に居合わせるゲイと霊能者の他は、誰にも認識されていない。見える人でも、こいつは堂々と出演しているのだから、かえって幽霊だとまでは気付かないと、自らそう踏んでいるわけだ。会話は、テレパシーモードなので、やりとりまでは誰にも聞かれていないのだが。
(あのクソ幽霊め。何してる、あんなとこで……。俺――、あいつに出演許可なんか出していないぞ、まったく! ……)舞台の上手袖に引っ込んでいた諏訪には、もはや手出しができず、
(……幾ら盆休みだからって、芝居の舞台に本物の幽霊なんて、洒落にもならんぞ!)固唾を呑んで事態を見守るしかない。
{ほら、雄介。台詞の続きはどうした?}幽霊が、ちょっかいを出して来る。
『……スワ先生っ! 心から、ありがとうって……言います……』
{そうだ。さあ、次は?}
『……それから、ケンジ……。いつも一緒にいてくれてサンキューな……』
 健二は、雄介を見詰め、幽霊の意図を察したのか、
(こっちこそ。……なあ、雄介くん。ここで嬉しいアドリブなんぞを、一発、利かせてくれちゃったりするてえと、あちきは最高なんだけどな)密やかな期待を込めて、プックリとした頬っぺを紅色に染めている。
 稽古で仕上げた通り、勇気が的確なタイミングで、
『イエァイエァ……、イエーイっ! なんかさー、ユウスケとケンジってー、とってもとっても、お似合いの二人……って感じ、しちゃうんだよねーっ!』ここ一番、パーフェクトに演じて見せた。
 周囲のチームメンバーたちを焚き付けて、右へ左へと、つま先立ちでバレエのように跳ね回ってふざけている。
『ば、ばーか……バカだな……』
“フォー、フォーッ”
“ケンジ、愛してるー、だろっ”
“言っちゃえよーっ。ホントは好きだよ……って!”
 一同の混ぜっ返しが入った。
{みんなも、そう言っているぜ。そら、告っちゃえよ。ボクは、そんじょそこいらの幽霊とは違う。なにせ、ゲイの幽霊だぜ。雄介の心なんて、全部、お見通し。本当に好きなんだから、そう言ってあげないと……}
 幽霊の、自白を促す催眠術のような口立てに絆されて、とうとう雄介の台詞が、
『分かったよ。しょうがねーなー……』予定にない言葉となって出てしまった。
{そう来なくっちゃ! 好きなら好き。タイプならタイプだ! それしか無いぞなもし!}と、煽ること、そそのかすこと、幽霊氏は全力投球である。
『オレも好きだぜ、ケンジ! お前のこと、タイプだからよ』
『おっと! それ、マジっかよ? 嬉しいじゃねえかー。けど、冗談っだろー? おいらみてえな――コロコロおデブちゃんを、ユウスケみてえなよ……、その……、カッチョえーえスポーツマンが、好きになってくれる……、そんなわけがねえもん……』
{二人とも、その調子だぞー!}幽霊が、はしゃいでいるさまを見て、
(こら! 何かやりやがったな、幽霊め! お陰で芝居が妙なことになってきちゃった……)諏訪が、舞台袖で頭を抱えてオタオタしている。
 諏訪の後ろで、財部と松坂が声も出せずに、両者とも顔面を真っ赤に膨張させながら猛り狂っている。財部は白髪頭を振り乱し掻きむしり、松坂は怒りで鼻毛を震わせている。財部などは、さらに激情したあまり、音を立てずに地団駄を踏もうとするから、その動きたるや、まるで、ギックリ腰のタップダンスのようになってしまうのだ。憤慨している二人だが、どこか滑稽で哀れみを催させる。
{先月だったっけ? ほら、初めて顔合わせした瞬間に……“この健二って人、ポコポコッと堅太りしてて、えれー可愛いじゃん、オイ!”……って、心の中で劣情をそそられてたじゃないか!}
『それが、イケちゃうんだ、ケンジのこと。マジで、タイプのセンター大当たりなんだぜ』雄介は、健二に向け、艶めかしいウィンクまでして見せた。
 勇気たち、ダンシングチームのメンバー役は、一連の行動を、ただの羽目を外したアドリブだろうぐらいにしか感じておらず、勇気などは、
(ようやるぜ……)雄介の“勇気”ある役者振りに圧倒され、己の名前負けするほどタジタジになっている。
 観客たちの多くは、
(おっと、こう来るのか?)と謎掛かってか、気の緩んだ面構えに崩れ始めた。くすくすっと薄笑いが起る。しかし、中には、
(何だよ、ボーイズラヴかよ)という苦笑をしている人もいる。
『……えっとー。そんじゃ、みんな!……』
 雄介が、ピタッと芝居の構えになったので、
(お? 良し! ……)諏訪には、ここでユウスケが台詞を元に戻すかに想えた。
(……そうだっ! 頼むーっ! 雄介くん、早く芝居を立て直してくれーっ!)
 ――が、幽霊による口立ては、なおも一撃、
{おい、雄介! もうちょっとだけ弄り回しちゃえ! お前、忘れたのか? ほら、来週から、パレード・ウィークが始まるんだぞ……}トドメとも言うべき駄目押しを図った。
{……いっちょ、誘ってみるんだ!}
『……いよいよホントのホントでー、遂にオール・ジャパン・ダンシング・フェスティバルの本番が明日……っていうことなんでー。……あ、そうだ、ケンジさあ……』
『へ? なになに?』
『マジで、来週からだっけ? パレード・オヴ・東京・レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・フェスティバル、始まるのって?』
『う、うん、そう……っだよ』
『オレと一緒に行かね?』
『おっ! いいねえ! LGBT・パレードかよ、行こうじゃねえの。おいら、ユウスケと一緒だってんなら、喜んで……、行くぜい!』
 完全なる段取り無視も極まってしまった。これでは、普通、芝居が停止してしまう。事故に近かった。ところが客席はと言うと、これが、莫迦受けして大爆笑になっている。
 勇気たち周りの出演者が若干動揺し、互いに顔を見合わせてしまっている――その本気な慌て振りから、この辺りが全部アドリブの連発で、雄介と健二が二人して示し合わせ、千穐楽ならではのサーヴィスとして、わざと段取りを外し捲っているかのように、どうやら勘違いされて観客に伝わっているようなのだ。
(バカ! な! 何が、LGBT・パレードだっ! ……)オタオタしていた諏訪だったが、観客のほうは激笑いで、大いに満足していそうなので、
(……おちゃらけおってからに。……しかし、客の気を捕まえるのが上手な奴だな、雄介は)芝居が、ギリギリの崖っぷちで破綻することなく進行していることだけは何よりだと、妙な感心さえしているが、会場全体が、どうにかなっていることが、
{よーし、こんなところでいいだろう、雄介……(さてさて、ここいらで、元通りの芝居運びに軌道修正してやるかな……)}
 この幽霊殿の霊力による意識誘導――口立て――であることまでは覚っていなかった。
 ただし、このとき諏訪が、
(ん? 待てよ……、LGBTのプライド・パレード……かあ。……ふーん。なるほどなー。はてな……、どこで、やるんだったかな……?)と、心の中で呟いた言葉が、幽霊殿の画策によるものだったかどうかとなると、これは、どうも違うようなのである。
『みんなっ! いいかっ! いよいよー、勝負のときが来ましたみたいな感じなんでー。オール・ジャパン・ダンシング・フェスティバル! 明日は、超・ビッとしてー、気合い全開で頑張って下さいっ! 絶対に優勝すっからなーっ! よろしくっ! お願いしあーっす!』
 ユウスケの台詞が、ようやく脱線から回復した。
“よろしく〜っす!”
“わ〜い”
“頑張るぞ〜”
“キャッホ〜”
“ゼッテーに、優勝だあー”
“ギャーっ!”
 照明100%だった舞台が暗転となり、色とりどりのスポットライトが駆け巡った。勇気が用意しておいたヒップホップ・ダンス・ミュージックが、ガッツンガッツンと地鳴りのようなビートに乗って、切り込み具合いも程良く、会場に響き渡り始めた。
 ホッと胸をなで下ろし、気を取り直した諏訪が、舞台袖のマイクロフォンを握って、締め括りのナレーションを語った。
『ユウスケ。忘れちゃいけないぞ。失敗することだってあるんだからな。だが、たとえ失敗したって、それでも、お前たちには、さらにたくさんの――明日――があるんだ。俺なんかよりも、ずっとずっと……、たくさんの……な』
 少年たちが、学生ズボンに白ワイシャツ姿の衣裳をはぎ取るように脱ぎ捨てると、その下からは、サマーオレンジとマリンブルーを基調色とした、ド派手なダンシング・コスチュームが現われた。
 中っくらいのコロロンおデブ――健二は、それなりに体重が重たいのと、年齢も少し余計に行っていることもあり、彼ら少年たちの激しい動きを邪魔しないよう、このグランド・フィナーレ、ダンシングステージの開始早々――、愛らしく両腕を羽ばたかせ、クルクルッとスピンして見せると、けっつまずく芝居をしながら、サッサと下手へハケてしまった。観客の一斉スマイルを誘った。
 次に雄介は、実は斯様に姿良く連続バック転ができるのだぞ――というところを、下手から上手へ向かって派手にパフォームし、観客の拍手喝采の中、そのまま上手方向にバック転のまま素っ飛んで消えた。
“Let's Go !”
“Come on ! Men !”
 そして、それからの約十分間は、勇気が率いるTDC――天衛・ダンシング・クラブの、まさしく独擅場だった。
“WaaWoo ! ”
“Here, We Are ! ”
 ♪――ブンブンチャッスカズチャチャズブブバブ
 ♪
 yo! sucker fucker here is a healer yo! a fighter beaten by a writer
 よう オレはわからね どこまで
 よう 行くぞいつまで どうして
 ♪
 ♪――ズンズンジャッズダブジャジャブズズダドゥ
 ♪
 Yo ! Yo ! Yo ! Yo !
 何で そんなに upset お前 ナニ見て 茹だって バカみてえ
 末は博士か大臣か なんて 人生行路はいくつにも だって
 寿限無寿限無で無限に隷従 枝分かれしてなんぼのもん
 そうだ なんぼやねん
 ♪
 ♪――ブンブンチャッスカズチャチャズブブバブ
 ♪
 オレら けっこう optimist あんた よそ見て へっこんで
 どうしよ そうしよ
 熱くなれなきゃ 冷たくなれば そ 冷たくなるときゃ
 人間ばっくれ yo! help me 主よ me もっとニューッと
 近付かねえ? アーメン アーメン ツタンカーメン
 ♪
 ♪――ズンズンジャッズダブジャジャブズズダドゥ
 ♪
 yo! sucker fucker here is a healer yo! a fighter beaten by a writer
 YEA !
 イエイ!
 ♪
 ♪――ブンブンチャッスカズチャチャズブブバブ……
 斯様にして、劇団鰻登、三日間の定期公演は、無事、大歓声のうちにハネたのであった。

  ◆幽霊香盤表<第16幕>へ、つづく◆

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
始めまして!
この小説「タイトルが(まず)良い!」
「長文なのに"て・に・を・は"のミスが無い!」
最近(4月末)に自分もFC2でブログなるものを始めましたが、大変さが傍目にもわかります。
大変な時間と神経すり減らしだと思いますが、続けて読者になりますのでよろしく!
(ブロ友にはなれないんですか?)
FeliscutusverX
URL
2008/05/15 04:30
>FeliscutusverXさん

 お褒めのお言葉を賜り、誠にありがとうございます。拙いブログですが、真面目にやっておりますので、どうか、今後とも宜しくお願いを申し上げます。
 ブロ友―――。
 もし宜しければ、相互リンクということで如何でしょうか? 僕は、書くことに精一杯で、あまりほうぼうへ読みに出掛けられないかも知れませんが、せっかくのご縁なので、出会ったからには繋がっていたいですものね。
 奇遇にも、僕と同年代でいらっしゃるようでもあり、何かと心強いようにも想います。
 失礼でなければ、これまたどうか、末永くお付き合いのほど、お願いを申し上げます。
円山
2008/05/15 07:05
ご返事頂いてありがとうございます。
では、差し支え無ければ「相互リンク」をお願いしたいのですが?
当方のブログのリンクに勝手にブログを
リンクさせてもらって良いですか?
本当に多忙と思いますが、暇な時に
ご返事を頂ければ幸いです。
FeliscutusverX
URL
2008/05/23 01:12
>FeliscutusverXさん

 こちらのほうは、すでに貴ブログをリンクさせて頂いております。
 宜しければ、リンクのほう、お願いを申し上げます。
 どうかどうか、末永く。
円山
2008/05/23 03:46
また遊びに来させて頂きますね^^
ヒップホップダンス 大阪
URL
2008/05/26 20:47

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