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help リーダーに追加 RSS 【ゲイ小説】 幽霊香盤表 最終幕 (全17幕)

<<   作成日時 : 2008/05/18 18:55   >>

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  ◆◆幽霊香盤表<第16幕>からの、つづき◆◆

『諏訪さんも、よくよく考えたら、見てえたんっすもんね、例の幽霊を』
『そうだよ……』
『いえね。あたくしだけになんでしょうかねえ、幽霊が教えてくれたのは』
『何をだよ、健二?』
『そら、以前おいらが雄介に話したことよ。幽霊がそう言ってたってさ。――あの幽霊が見えてえるってえお人は、霊感のある人以外はみんなゲイだってえ話……』
『ああ、それかあ。そう聞いて、オレはもう諏訪さんって、こっちの人なんだなって……。でもさ、諏訪さん!』
『何だい?』
『中学のとき、どんなことがあったのか……、まだオレらに話してくれてないっすよね?』
『……あ、……そうだったな……』諏訪は、ラムのロックに軽く口を付けると、
『……ここの龍次ママに聴かれると、ミセの馴染み客全員に話しちゃうだろうから……』雄介と健二を連れて、カウンターを離れ、
“あーら? 踊るの? 宙太郎ちゃん? 昼間のパレードでくたくたなんじゃ、なかったのかしらー? 無理しないで頂戴なー”
 龍次ママのお節介を尻目に、フロアのほうへ出た。
 幸い、チークタイムで、楽曲はゆったりと流れるスタンダードジャズ――。三人は、フロアから少し奥まったスペースに、休憩用として置いてある長椅子へ、並んで腰掛けた。
『発端は――、中学二年生のとき、あれは夏休みだったかな。そうだ、夏休み。俺は、学校主催のプール教室に通っていたんだよ。どこの中学でもやるだろ? あれだよ。二週間だか十日ほど、毎日学校へ行ってた。……ある日、……』と、ちょっと照れ臭い過去を打ち明けたのは、雄介と健二、この二人に対してだけだ。
『……犯られてる小林っていう男が、当時、高校生みたいな水泳体型してたなあ。いい身体だったよ。ウエストなんて、腹筋が割れてて、板みたいにペッタンコだし。体脂肪率10%未満のスジ筋で、腕の筋肉がポコンポコンと二つずつ盛り上がってて、足は、膝周りの腓骨突起が見え見えのいやらしい脚線でさ……』
 ちょっと照れ臭いけれど、諏訪は臆せずに語った。心の内に封印しておきたいことを洗いざらい暴露すれば、どのような難問をも解決できるというものではない。だが、諏訪は初めて体験する再誕生の感覚に満たされて、淀みなく一切を告白する快感を得ていた。
 健二が、好奇心を満面に表わして、
『わー。諏訪さんも、相当のフェチ系なんでやんすねえ。脚線でギラつく人って、一番イヤらしいんだそうですぜ……、聞くところによるとで、ござんすがね』解ったような講釈を垂れた。
 スポーツマン好きなゲイが欲情する――男のボディポイントに関して、太っちょ同士ゆえに、どうやら共感するものがありそうだ。我輩が想うに、間違いなく、フェチは憧憬の念と関係がある。
『……みんなで俺のことだけを、やれ変態だのホモだのオカマだのって、コケにするようになってな。あれは……、中学二年の秋だったよ……。それから、俺もう、学校に全然行かなくなったというわけさ……』
 諏訪は、有名人だというのに、ああして堂々とゲイでございます――などと白状したせいで、まだ当分、しばらくはゲイ俳優だの何だのと、芸能記者たちに追い立てられて騒々しいことだろうが、そんなことは当然、覚悟の上のカミングアウトだった筈だ。
『……俺が男好きと知って、近付いてくる――たぶんゲイの同級生も何人かいたけど、俺は、すげえ頭に来てたからさ、モロにシカトしてたんだよ。いま考えると、やっぱしな、もったいなかったけどな。……暴走族に入ってからは、ビッとしてなくちゃならない事情もあって、どんなにイケるメンバーがいても手を出せなくてさー。きっと、隠れゲイも多かったろうが、涙を呑んだんだよ。レディースに入ってる女の子なんかと付き合って、ゲイだってこと、カムフラージュしなくちゃならなかったし……、そら、面倒だった』
 牡丹雪のように、手に取ると、たちまちのうちに淡く溶けてしまった前畑への片想いは、似たようなことがこれまでだって幾度もあった。今度のことが初めてだったわけではない。いまより後は、龍次ママのミセへ、こそこそ隠れて通う必要もなくなったのだから、恋もまた遅蒔きの青春で、どんどん頑張ってみたらどうだろう。
 雄介は、榊守という「家」との軋轢を、弟へ聖皇の位を譲位することで解決することができると判り、早速、それを実行に移そうとした。もちろん、榊守家筋の親戚たちは、当主を継ぐべき者が何たることを言い出すかと怒り出した。
 ――が、財団皇室、露草宮家の長男、昌仁がゲイネスをカミングアウトし、皇位継承権を放棄するに至っていた。結局、そのことがあって、美子天皇の後継者は、神武帝のY染色体を“継いでいない”女系の実子――順仁氏に落ち着いた。世論は、皇位が天皇直系の息子へ継がれることになったのは「自然なこと」であり、また「夫君殿下との愛の結晶」が次の天皇になることこそが、人々の素直な敬愛心を育むとして加点評価したのだった。我輩としても、激しく賛成するところである。
 これで、頑なに伝統へこだわろうとする守旧勢力の発言力が、何につけ、総じて弱くなった。必然、雄介に文句を言う親戚もいなくなり、無事、弟へ聖皇の地位を譲る手続きを取ったとのことだ。
 雄介は、九月末の新学期から高校へ戻る気になった。
 友達――、勇気をはじめ、TDC――天衛・ダンシング・クラブのメンバーたちが、ずっと、雄介の復帰を待ち続けていてくれたことを知ったときには、すでに学校が恋しくなっていたのだから。あり得べき流れであったわけだ。
 そこで、大切なのは次の一歩をどう踏み出すかなのだが、
『芝居は……、いいや……。愉しかったけど、お腹いっぱいだよー』
 雄介としては、劇団鰻登とはこれ切りにして、今後は正翔学園大学の農学部辺りを目指そうと考えているらしい。
 留年は、想定済み。それはそうだろうが、諏訪宙太郎が別れを惜しむほど、芝居の才能があることが判ったのに、勉強のやり直しに専念しようとは立派な心掛けだ。この国の将来は、農業を盛んにすることに掛かっているのではないかと、かなり前から、薄ぼんやり展望していたそうなので、良い読みをしている。ふらふらと遊んでいた割りには、いろいろなことを考えていたのだなと、我輩も驚かされる。若者を、決して侮ってはならない。
『おいらのほうはよ、もそっと劇団のほうも続けてみる。それと、本格的に落語のほうだって、稽古したいんだあな』
『なあ……、健二が一番得意な落語って、どういうヤツ?』
『おっとー。へっへー。よくぞ訊いてくれたなあ、おい! それがな、後生鰻てえ噺なんだあ。これが、結構な良くできた噺でな。……演って聞かせようか? ……えー、よくこの……、我々のほうに、信心てえことを申しますな。えー、信心は、徳の余りとも申しまして、暮らしにゆとりてえものがあって、初めて、えー、この、人の心の中に生じるものでございましてな。えー、ですから、喰うのにやっとてえような有り様では、なかなか、その、信心というわけにもいかないわけでございまして。えー。よくこの……、むかしは、どこの橋のところにも、離し亀てえご商売がございまして。亀の子を、吊して売っておりますな。こいつを幾らかで買って、前の川へ逃がしてやるてえことは、大変功徳になるてえわけで。そこでこの、ご自分じゃ、信心深いと思っているような人が、酔っぱらって、やって参りましてな。……おお、亀屋さん……』
 いま現在のところは、大層、仲の良い雄介と健二だが、まだまだ若い二人のことである。一般的にどうかと考えてしまうと、普通だったら、まあ、このまま、すんなりズウッと――というわけにも、いかないだろう。でも、出来るだけ長続きさせられると、いいのだが。二人の努力次第、相性次第、――それと、前世からの因縁なども絡んでくるが――、それも、いずれ判ることだ。
 前畑とかほりだが、所帯を持とうという件は先延ばしになっており、若干だが、雲行きのほうが怪しくなっているようだ。かほりに霊的能力があることが、吉と出るか、それとも凶と出るか。どうやら、前畑が刑務官試験に受かるのかどうか、かほりが霊視をする限りでは、はっきりしない様子なのだ。
 実は、我輩としても、ある程度のことが予知できているのだが、ここではもはや、多くを語らないでおくことにしよう。
 内田登志朗については、今度の芝居の経験を通じて、多感な年頃ゆえに反抗ばかりして仕様のない孫・ヒロシとの適当な距離感を上手く掴むコツを会得したようで、あまり、周囲に愚痴を垂れることもなくなってきた。
 それと、若い連中が“Yo! Yo! ――ヨー、ヨー”と賑やかに乱舞してくれたお陰で、彼ら、伸び盛りの元気をたっぷり吸収できたと言い、朗らかに喜んでいる。
 やたらにウツウツとならないで、下ばかり見ない。後ろ向きにもならない。直立し、笑顔で、真っ直ぐ前を見る。斜め上のほうを。これぞ、年寄りだけでなく、全ての人間が人間たるべき秘訣である――と、知ったそうな。
 声の出演をやらせたら天下無双の逸材なのだから、このさき、末永く活躍は続く。あとは、血圧が高めなのを、どう調節して生活するかだが、家庭用血圧計では、だいたい適正な数値を示すのに、クリニックに出向き、医者が――あのシュポシュポとやる方法で計測するときに限って、妙に高めになると言って、ぼやいている。
『あの医者はジジイだから、聴診器が聞き取れなくなっているのでしょうな。私は、ジジイの耳などより、最新のデジタル血圧測定器を信用いたしますよ』――だそうだ。
 劇団鰻登に所属している役者たちの中で、我輩が見る限り、悦美が最も熱心に芝居へ打ち込んでいるかも知れない。リストカットなど、疾うにやらなくなっている。諏訪の狙い通りになって、夢中で演技に没頭することで、――中学時代のレイプ体験――遠いむかしの最悪な記憶に連なる、消したい自分を徹底的に消し去っているからだ。ゆくゆく、きっと才能が開花し、諏訪や松坂に続く、大物演劇家に育ってゆくことだろう。
 その松坂陽子は、誰よりも相変わらず同じに生きていると言えるようだ。財部は女房に、松坂とはキッパリ別れたよ――と大嘘を吐き、その実――内緒で、関係を持ち続けている。倹約第一主義の財部は、ホテル代を惜しむ。そこで、松坂のマンションの他は、稽古場の倉庫や事務室ばかりでセックス三昧なのである。二人とも、大好きで大好きで、趣味みたいなものだ。それに、幸か不幸か、セックスの折り合いが抜群のようだから、これは、誰にも止められないし、どうすることもできないこと――と、我輩も、そして二人の営みをしょっちゅう観察している――「彼奴」も諦めている。
 ただし、財部は、女房の苦労も重々理解するように、ちっとは心を入れ替えた部分もあるので、劇団に携わる用向きを減らし、鰻屋「とうろくや」の手伝いに精を出すようになった。だから、あの女房は、亭主の実態を何も知らない哀れな女だとは言え、以前よりは幸せを感じているのが分かる。それならそれで、良いではないか。
 諏訪宙太郎は、これまで同様、可能な限り財部藤六とは疎遠であり続けたいと願うのだが、それも空しく、副代表として、劇団鰻登の運営を実質的に任されてゆく羽目になりそうだ。劇団代表が“本業の”鰻屋に力を入れようと言うのだから、それも仕方ないか――というところだろう。もともと、この劇団から諏訪の存在を消してしまったら、劇団の存否までもが危うくなってしまうような状況だったのだし。
 ならばと、諏訪は、劇団鰻登の口立て芝居公演を恒例化し、とくに高校生や中学生を対象とした、劇団主催の演劇セミナーを企画しようと考えているようだ。今回のことが、雄介を立ち直らせる切っ掛けとなったことに触発されたわけだが、これからさき、歩んで行くべき道を失い掛けた若者たちを励まし、力を与えるだけでなく、優れた演劇センスを秘め蓄えた――新しい原石を発掘する場としても活用したいと、諏訪副代表は狙っている。
 さあ――。
 ところで、彼奴だが。これまでと同じように、やけに和田堀公園が気に入っているらしくて、専ら、あそこを住み処として方々へ出没している。日影ビルの稽古場にも、ちょくちょく遊びに出向いている。お判りの通りで、幽霊としてだが。
 諏訪のほうは、慣れてしまったのか、それとも諦めたのか、開き直って、ときどき彼奴から役作りやら演出やらの知恵を借りているそうだから、これは驚いたものだ。
 我輩としては、しんどくなる度に、もうそろそろ止めにしないかと腑抜けている。しかし、彼奴は幽霊稼業が愉しいと言って聞かないのだから、これは弱ったものだ。
 それにはそれで、彼奴には一応、目的だか何だかと言い訳けがあるようで、この世のゲイ諸君に、――自分らしくあれ――と語り掛けて行きたいとのことなのだ。ゲイとして堂々と生きなさい――とか、そういうことだ。
『ボクたちが生身の人間として生きられない分、いま生きている――この世のゲイたちには、アクティヴになって欲しいんだよ』
 我輩は、そういう活動には少々飽きが来ているのだがなあ――。
 ただし、彼奴も我輩も、クスリのキメ過ぎ――オーヴァードーズが原因の心臓発作を起こして、うっかりポックリ、死んでしまったとの経緯もあってな。
 ――和田堀公園の中で、屋外セックスしていたときにさ。
 ――去年の七月だった。
 何せ、アンフェタミンだの、MDMAXだの、ジャンクとかチャイニーズ・レイヴとかな、いまのこのご時世、老若男女を問わず、タチの悪いクスリを乱用していて、隅々まで酷く蔓延ってしまっていてな。これだけは、さすがに看過できないわけだ。彼奴や我輩みたいに、死んでしまっては取り返しが付かないだろう。喩え、死ぬことはなくとも、間違いなく精神を病む。場合によっては、頭がおかしくなった者が人に危害を与える。ああ、ろくなことはない。
『コラッ! 絶対に、いかんぞっ!』と、あちこちで、こういうクスリの類に耽っている連中のところへ、ヒュードロドロドロと化けて出て、厳しく脅かして歩かなくてはならないと、我輩も、ただただ使命感のみで続けている。彼奴と違って、こんなこと、べつに愉しくはない。
 ともあれ、我輩の担当は、主にそういう方面なのだ。
 ――彼奴と同じ、幽霊として――。
 ここへ来て申すのも恥じ入るが、あの真っ白マッチョな幽霊くんの遊び相手、元・セックスフレンドが、この我輩だったのだ。彼奴とは、いまでも、居残ったこっちの世で仲良くしている。
 彼奴と一緒に、この我輩も、
『ヤリまくり クスリもキメ過ぎ 死んじゃった』――ああ、情けなや――ということなのである。
 この世に、ゲイとして生まれ、ゲイとして生きる諸君が、一人でも多く、
“ホモだ、オカマだ、――というレッテル”を、
“自分らしくあるための――エンブレム”に変えることを叶えて、世の中も幾らか“増し”になって貰えれば、彼奴も我輩も思い遺すことがなくなる。
 いつのことになるやら、見当が付かないけれど、
『じゃ、ぼちぼち成仏でも、しよっか?』という段に達したら、やはり、せっかくだから彼奴と連れ立って――などと、我輩は一方的に、そう考えている。
 彼奴も、いまさら嫌だとは言うまい。


  ◆◆◆終演 ◆◆◆

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
最後の16章、17章は、微笑ましく、幸せな気持ちになります。
低能流さんの小説は、最終章のためにあるんだなぁと思うんですよ。
夢と希望がつまっていて。

ありがとうございました。

th
2008/05/19 00:25
>thさん

 最後まで読んで下さって、どうもありがとう。感謝です。
 夢と希望。おっしゃる通りです。
 夢と希望が、二倍も三倍も必要なゲイだからこそ。
 ……生きてゆくために。
円山
2008/05/19 05:49

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