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help リーダーに追加 RSS 【ゲイ小説】 幽霊香盤表 第12幕 (全17幕)

<<   作成日時 : 2008/04/29 23:48   >>

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  ◆◆幽霊香盤表<第11幕>からの、つづき◆◆

 放課後の教室全体が、オレンジとパープルの中間色に照らされている。透明な空気まで、おぼろげに染めてしまったような美しい夕焼けの空が、舞台の背景に下げられたホリゾント幕――そこに照射した数種の明かりの効果で、見事に表現されていた。
 教室の前方は上手側で、青いジャージ上下を着たスワ先生と私服のユウスケ、そして無二の親友ケンジは制服のズボンに白い半袖ワイシャツ姿、――三人が、教卓を取り囲むように着席している。
『オレさあ。半端ねえぜ――マジで。これでも、めっちゃ頑張ってるんだよ……。先生だって見てて分かるだろ?』僅かに残ったペットボトルのジュースを、一気に飲み干した。
『ああ、分かるさ。ユウスケは、良くやってくれてる』
『だけどー、ヤンキーやめらんない奴ってー、まだまだ一杯いてさー。……っつうかー、やっぱ普段の生活とかー、面白くないって言うわけー。無理っ! 抑えらんねえよ、オレ一人でやってても。ちがうー?』
『いや、違わん』スワ先生は、ユウスケの愚痴を聞きながら、それもそうだと言いたげに頷いている。
 ただ、闇雲にヤンキーをやめて真っ当な高校生になれと説いたところで、下手をすると、身の回りのあらゆるものが面白くない年頃の子どもたちでさえ夢中で没頭できるような、――ヤンキーであることの代わりとなる――何か受け皿のようなアトラクションが存在しないことには、ユウスケも、友達を繋ぎ留めておくことが難しいと嘆いているのだ。
『なあ、おいらだって一緒にいるじゃねえかよ、ユウスケ。何で、そうして自分一人とか言ってやがるんだよ』
 ケンジは、椅子から立ち上がると、舞台中央――、教室の窓からヒョイと外を眺め、再び教卓の位置まで戻ってくるあいだに、
『商店街の落書きさ……、なあ、消しても消してもよ、すぐに誰かがその上からまた書きやがるじゃねえかい。だけどもよ、ユウスケ……、お前、黙って誰にも言わねえで、自分で気が付くたんびに消してえるんだよなあ?』ここまでを、ゆっくりした口調で語り、
『おいらよ、そういうユウスケのこと、ちゃーんと見てえて知ってるんだぜ。お前、やるよな。クールじゃねえかよ。おいら、これでもさ、けっこう大好きなんだぜ。お前の、そういうところをさ』 
 ユウスケの真正面に立って、両の手でガッシリと肩を掴んだ。
『男同士で“大好き”とか言ってんなよ、ケンジ……。バッカじゃねえの。お前? ……』ユウスケは、数秒間――そのままケンジの瞳の、ずっと奥のほうまで見詰めようとしていた。
 ケンジは、ユウスケの肩から両手を離すと、客席のほうへ真っ直ぐに向き直し、
『女子なんて、ユウスケのことイケちゃうとかキャーキャー言って騒いでるけどよ、きっと、おいらのほうが真剣だぜ』一言一言、自分自身を納得させるかのように噛んで含んだ。
 ユウスケは、ちょっと戸惑った様子を見せるが、
『バカ。お前、なにマジな顔してんだよ……』わざと呆れた素振りで、ソッポを向いている。
 一転して、気安い態度になったケンジは、
『ねえ先生? おいらの気持ちってー、これ、絶対に本物だよねー?』そう言って戯けると、
『あはははっ!』溌剌とした声で笑い、また窓のほうへと移動した。
 スワ先生は、二人の照れ臭そうな反応を、さもさも意外そうな驚きの表情になって見比べていたが、アドリブなのか、一度大きく、取って付けたような咳払いを演じてから、そそくさと席を立ち、
『さてさて、ま……、何にしても、――あるがままに“らしく”あれ――と、この言葉に尽きるのだが……。さてさてさて……』
 あとは、二人だけでお話しになって頂戴――と言いたそうに、大袈裟な一礼をして、それから舞台を下手にハケた。
 ユウスケとケンジ。二人だけになった舞台。
 ユウスケは、下手の方向へ遠い視線を送る芝居をし、スワ先生が向こうまで離れたことを確認する仕草を見せてから、窓際に立つケンジのところへと近付いた。
 教室の窓辺に並んだ二人――を、オレンジとパープルの光が溶け込むように包みこんだ。揃って夕焼けを眺めている後ろ姿のまま、全ての照明が徐々にフェイドアウトして、やがて静かに消えた。

       ***

 雄介は、果たして――いつまで絞られ続けるのだろうと、とっくに限界を超え核爆発寸前だったのだ。日が暮れてしまい、稽古場の窓からは、大きくて、うっすらと青い満月が覗いて見えていた。
「たまげたのは、台詞なんだわね。満足に覚えられないとは何事かね!」
 財部に、何をどう罵られようと、雄介はひたすら堪えて、月の姿ばかりを凝視していた。腹も空き切っていて、ときどきキューンと鳴いていた。
(覚えてねえわけじゃねーんだよ。いちいち、めんどくせーなー)
 場に沈鬱な空気が拡がるたびに、和田堀公園から盛んに聞えてくるのは蛙の声だ。それに混じって、鈴虫やコオロギが鳴き出していることも判った。エアコンのフィルターが詰まっているらしく、負荷の掛かった苦しそうな呼吸をしている。
 この日の稽古は、もう立って芝居をするどころではなくなった。あまりにも、雄介が不甲斐なかったからである。雄介の他、財部に松坂、そして諏訪、健二が、稽古舞台の上に、車座になって腰を下ろし、反省会のようになっている。
「さっきもアタシ言ったけど、本番の会場に、台詞のモニターを運んで来るなんて、できない相談でしょ?」松坂の長くて黒い髪が、頭のてっぺんで、玉葱のように結わかれたままになっている。他所の劇団の時代劇に、芸者の役で客演するのだそうだ。
「できないな。小さな小屋だから、――ほら、あそこ、中野の“スポット”だよ」諏訪が応えると、
「あー。無理だわ、無理。狭いもん、――“スポット”は」松坂は、突き放すように言った。蚊に喰われた浅黒い腕を掻きむしった。
「そーんな、アカンぞアカン。芸術はだな、マゾヒズム的快感こそ原動力なんだわね! いまから、毎日寝ないでも覚えんと! 苦労した分、絶対に、あとで喜びが大きく返ってくるんや」財部が、独自の哲学を説いた。
「いいかい、雄介くん。台詞を覚えるコツはね、大きな声を出すこと。大きな声で、ゆっくり繰り返すんだ」諏訪は、スクリプター担当の知明ドンが、稽古のたびに打ち出しておいてくれる新しい台本を一冊手に取ると、でっかい声で模範を示そうとした。
『オトコドウシで“ダイスキ”とかイッテンナヨ、ケンジ……。バッカジャ……』すると突然――、
「うるせーんだよ!」
 雄介が、いよいよ抑制を失った。
「デケエ声で、つまんねえとこ読んでんじゃねーよ!」
「何をいっとるんかね、雄介。諏訪くんは、お前に手本を見せたんだろうが」
「オジさんさー。ちょっと訊くけど、オレの親父やおふくろを本番の公演に呼んだんだって?」
「あ? ああ……招待したさ。当たり前じゃないか?」
「どうして、オレに断りもなく、そういうことするわけ?」
「なに? 何で、雄介にお伺いを立てなくちゃならんのだ?」
「あのねー、オジさんさー。オレは、芝居の中では家にも帰ったし学校にも行くようになったけど、リアルじゃ、親とかに顔を合わせたくなんか全然ない! ふざけんなよ! こんな芝居を演ることで、オレの気持ちが揺らぐとでも思ったわけ? マジでバカじゃねーの? オレは諏訪さんが面白い生きかたして来たのがスゲーと思って、この芝居に興味を持っただけ! べつに、ズーッとこの劇団にいようなんて思ってねーんだぜ」激情を露わにすると、怒鳴り声が、変声期途上に特有のハスキーヴォイスになって掠れてくる。やっぱり、まだ半分は子どもなのだ。
「家にも帰りたくねえし、学校なんか興味ねえ。友達だって、ちっとも欲しくねえんだよ。オレは、何も変わってねえ。あいにくだったな、オジさん!」
 財部としては、面白がって稽古に打ち込んでいる雄介を見ているうちに、手前勝手に、これは反抗期卒業だろうと思い込んでいたフシがあった。ことによると、公演がハネれば、即、雄介親子が和解するかも分からないと楽観視していたのだ。
「それにさー。藤六オジさんが稽古に口出しってか、稽古中にやたらガタガタ文句を言うようになってから、オレ、とたんに面白く無くなってきたんだよね。いちいち、超・うぜーんだよ、オジさん。オレ、思ったんだけど、オジさんさー、べつに中身のあること言って怒鳴ってるわけじゃないよね? 上手く行かないときだけ、オイコノヤローとかオイオマエとか、きちがいみたいな声出してるだけじゃねえ? マジで超・勘弁して欲しいんだよね、そういうの。うぜーの。たまんねーの。諏訪さんはさあ、何度でもやり直ししてくれてさ、どこがどう良くないとか、ちゃんと教えてくれてんだよ、オレに分かるようにさ。オジさん、マジ、黙ってくんね? あんたが口っ端を挟むようになったら、オレ、急にやる気――出なくなってきたわけよ。わかったかよ! 黙れよ、藤六!」
「そうはいかんがね!」財部の反撃だ。
「何だと、この野郎!」雄介のほうは、いまにも殴り掛かりそうに身構えている。
 もしも、身長185センチの元野球部員が鉄腕を振るったら、
「テメエ! 仮にも親類に向かってどういう態度なや!」もうじき還暦の実年齢より老けて見える身長165センチの痩せ型は、どんなに威勢を張ろうと、ひとたまりもないだろう。
 すると、雄介の脳裏に、
{言ってやったらどうだい? 正直に……、本当のことを一発かましてやれよ}幽霊が声を送り、
{家と縁を切りたい理由を、財部のオジさんに、ガツンと教えてやったらどうだい?}ふわりと稽古舞台の中央へ、張り裂けそうに逞しい霊体を顕わして浮かべた。
 全身に、どうらんを塗りたくったように真っ白な、筋肉質の霊体は、石膏を流し込んで形作った彫刻模型のようでもあった。
「オウッ! 何だあ、居たのかよ? ウィーッす!」雄介が歓迎の声を発すると、慣れていない健二は、
「ひいー、ふうー」と、おののいてジタバタと、饅頭のような身を退かせた。体育座りのまま、強いて膝行ろうというのだ。思うように動ける筈もない。
「どうしたんかね? 何が起きたんね?」財部が慌てると、
「幽霊さんのお出ましなんですよ」落ち着き払った諏訪に向け、
「な……、何を言い出すの? どこにお出ましなのよ?」松坂が、鼻腔を膨らませて、お馴染みの鼻毛を露出させた。
{なっ! 健二。ボクの姿は、財部さんと松坂さんには見えてないの。分かったろ?}
「へ、へ、へいっ! 分かりやした」
「何を言ってるの? 何が分かったのよ、健二くん?」と、松坂。
「ええ……。ですからその、幽霊さんのおっしゃることが」
「諏訪くんと雄介だけじゃなかったんかね。幽霊が見えると言い張る連中は?」財部が苛つき、
「何なのよ? 諏訪ちゃんと、雄介くん健二くん、あなたたちには見えているの?」松坂のピッチが半音ほど高くなった。
 幽霊は、一度ピューンと飛び上がると、稽古舞台から台詞モニター辺りまでをグルッと360度旋回して見せた。そのため、
「へい。そら、そこに」健二が、幽霊を指差す方向へ、
「うん! 面白いお化けだよ、真っ白で裸んぼで!」雄介も視線を定め、
「稽古があるときもないときも、ほとんど毎日、ここに現われているんだよ、松っち! ……」
 諏訪の笑顔が幽霊の動きを追う通りに、この三人がぴったりとシンクロナイズして身体を捻じらせていたのだ。
「……しかも、本番の舞台にも乗りたいなんて言ってるんだよ」
 ――と言って、諏訪が大笑いを付け加えた。
「諏訪くん! ゆ……、幽霊の話はするなと命じただろうが!」
「いいじゃないですか、藤六先生。どうせ、俺たちしか、ここにいないんですから」
「お……、お前たちは、そうやって口裏を合わせて、おれをたぶらかそうとしているんだろうがや? 違うか? ……おい、雄介! おれを、そうやって脅かして、事態をうやむやにしようと企んでも駄目なんだわね。公演の幕は、来週には開くんだわな!」
{さあ、雄介。言ってやれよ。お前が、どうして榊守の家を毛嫌いしているか}
 ――と、幽霊に煽られるまま、
「藤六オジさん、聞いて!」雄介は、話してしまおうと決めた。
「なんかね?」
「ホントは、オバちゃんにも聞いて欲しかった話なんだけど」
「どういうことなや?」
 雄介は、ひと呼吸置くと、まずは静かに話し始めた。
「オレの実家、榊守の家っていうのが、どういう“うち”だか知ってるよね?」
「知っとる。おれの女房の実家が新家と言って、その本家筋が榊守の養子の家系だわな。そこも分家に当たるんだが、雄介は、その義理の姉のほう――総本家直系の長男だろうが。代々、川越にある巌榊大神宮のな、聖皇と呼ばれる――要するに、あれは宮司、と言うか神官だな。その職を継ぐことになっとるわけだがね。……そんだけど、お前はその聖皇になるのが嫌だと我が儘を言いおって、それで、すっかりグレとるわけだわな。迷惑なことだ」
「うるせーんだよ、オジさん。そういう話に持ってくなよ」
「事実を言っとるんや!」財部の言葉遣いが激しいので、
「へっ! 何が事実だよ。あんたが知らない事実だって、しっかりあるんだぜっ!」雄介も、すぐに抑えが外れてしまう。
「雄介! お前、そういう口の利きかたをするもんじゃないぞ!」
 見かねた諏訪が、
「雄介くん。ちゃんと話してごらん……」穏やかに諭した。
「親父やおふくろは、永久に隠し続けようとするだろうけど、オレは知ってしまったんだ。進学のとき、民籍簿を見て……。……驚くなよ。……あの親父は、オレの本当の父親じゃない!」
「何だと?」財部が、目を丸くした。
「オレのホントの父親は、おふくろの従兄弟なんだ!」
「それじゃ、お前の親父だと言われていたのは、何者だ?」
「おふくろの結婚相手だよ」
「なら、雄介の父親だろうが」
「そうじゃない。オレのおふくろとセックスした相手は、おふくろの従兄弟なんだ。それで、オレが生まれた。だから、オレの父親はおふくろの従兄弟。オレはおふくろ夫婦の長男として育てられたけど、おふくろ夫婦が作った子どもは、オレの弟のほうなんだよ」
「意味が分からん!」
「この野郎! 頭が悪いんだなー。だからな……」
 我輩が、代わりに説明しておこう。
 榊守雄介の母は榊守総本家の長女で、他に血縁の兄弟姉妹がいなかった。学生時代に出会い、互いに好き合って結婚した相手とのあいだに子どもができる前に、雄介の母は強制的に、自分の従兄弟と交合されられたのだ。それは、榊守家の男系男子の血筋を絶やさないため。聖皇が継承する先祖からのY染色体を保持するため。そして生まれたのが雄介だった。雄介の母とその夫は、そのように秘密工作することを条件に、恋愛結婚を許された。雄介という男子が生まれたので、初めて母とその結婚相手は性的交合を認められ、愛し合った結果生まれた子どもが、雄介の弟と偽って育てられてきた。本来であれば、弟のほうが両親の長男であり、雄介は、母と母の従兄弟とのあいだにできてしまった婚外子ということになる。
 雄介は、そんなドロドロとした榊守家の極秘事項を知ってしまったのだ。
「……解ったかよ?」
「そうだったのかや……。そりゃ、全く知らなんだ……」
 財部は、そう言うと、しばらく黙り込んでしまったが、
「……だから、どうしたんだや? お前が家に帰らんで良い理由にはなるまい。どっちこたにせよだ、雄介は榊守家の濃い遺伝子を受け継いで生まれてきたことに変わりはないだろうがや。……ん? 違うかや? なんぼ、お前がお母さんと従兄弟とのあいだにできた子だったとしても、そうなんからと言って、雄介がグレるのを認めるわけにはいかんのなや!」頑固一徹を譲ることはなかった。
「おい! オジさん、あんたも石頭だな!」
 雄介は、腕組みをすると、天井を仰いで特別大きな溜め息を吐いた。幽霊が、仰いだ天井から覗き込んで、
{ボクが、どうしてこんなところで成仏しないでフラフラしてるか教えてあげようか……?}ちょっと寂しそうに微笑んでいる。
「え? ……」雄介が困惑すると、
「ああ、いいねえ。いつか訊こうと思っていたんだ」諏訪が、天井に張り付いている幽霊氏に問い掛けた。
「オイ! 諏訪くん。あんたまで、いったい何を解らんことを言っとるんだがや?」
「幽霊さんも、自分の身の上話をしてくれるって言うんです」
「馬鹿なことを!」
{ボクは、隣の和田堀公園で死んだんだよ――去年の七月にね。だから、一年とちょっとになるんだ。こうして、霊体となって彷徨っているのがさ……}
「オイ! 雄介! お前の涙の身の上話は、これでもうお終いかね?」財部が、急いてことを運ぼうとしている。やはり腹が空いてきたのかも知れない。
「終わってねえよ……くそっ! 何が――涙の身の上話――だ、このくそジジイ」
{去年の夏は、ボク――三十一歳だった。遊びたい盛りでさ。和田堀公園は、ボクのホームグラウンドだったよ。ハッテン遊びのね。ボク、――きみらと同じ、ゲイだったんだー}
「もっと話したいことがあるなら、早くしよったらどうだ! ……ああ、今日は、今年二度目の土用の丑だわな。なあ、……陽子。おれの店で、鰻を奢ってやるっぺか?」
「あらー。いいんじゃなーい。食べたいわー」
「なあ、オジさん。オレの話――、まだあるんだけど!」
{和田堀公園で、ハッテン――屋外セックスに嵌っていたんだよ、それもクスリでぶっ飛んでさあ。アシッドとコーク全開で。……へっ、それで、バカだったから、調子こいて、やり過ぎちゃってね、
『ヤリまくり クスリもキメ過ぎ 死んじゃった』……ああ、いと嘆かわし……だよ……}
 財部は、お開きにしたいと見える。
「何だ? 他には? んーーっ? 全く、世話が焼ける子どもだがね、雄介は!」幽霊と聞いて、薄気味悪くもなっているからだ。
「オジさん! オレ……、オレさ……」
 雄介に向かって、幽霊氏が暗にほのめかしていたのは、
{ボクが、こうやって浮かばれないでいるのはね、ハッテンで死ぬ筈もつもりも無かったからさー。だいたいさー、クスリを入れ過ぎて、訳けも分かんないうちに死んじゃったのが悔しいっていうのもあるんだけど、なんつーの、生きているゲイのみんなにさ、言いたいこともイパーイ、イパーイ、あったりもして。――そんなんで、ボクね、仏になんかならないで、こうやって気さくな幽霊やってるわけよ。ゲイのみんなに、悔いのない人生――歩んで欲しくて}
 素直に自分をさらけ出してしまったほうが、ずっと楽になるだろうとの示唆だった。
「……オレさ、……ゲイだから。だから、聖皇の位なんて、絶対に継ぎたくねーんだよ! 分かったか、このくそオヤジ!」
 諏訪の大型トラック然としたボディーが、驚いた拍子にエンストを起こしたようにガタッと揺れ、ポッカリと大口を開けた。横丁に目を遣ると、松坂も同様の面構えになり、鼻毛がシャンと飛び出していた。
「なあんだ、そうか。……雄介、お前はゲイか……。……な、なに……、ゲイ? ナンダトー! テメーコノヤロー! そんな勝手が許されて堪るか! ゲイだから巌榊大神宮の聖皇職が継げないだとー。馬鹿な話も休み休み言え。おれは認めん。断じて認めん。さっきから大人しくなって聞いてやっていれば、すっかりいい気になりおって。テメー! 家柄だよ家柄。雄介、お前は聖皇の家柄に生まれ落ちてきた。これは名誉あることなんだぞっ! ゲイなんて、やめてしまえ! おれの周りにはゲイなんていなかったし、これからもいる筈がないわな。やめてくれ。これ以上、おれの劇団鰻登を引っ掻き回さないでくれんかね! たくさんだーっ!」
 雄介は、財部の剣幕が放出する質の悪い邪気にあたって、気持ちが悪くなってきた。この男は、どこまで自己中心的な気感を撒き散らすのだろうと悲しくなった。
「あー、そーかよ。分かった! やめてくれと言うなら、やめてやるぜ! ここまで来て、オレがやめたら、どういうことになると思ってるんだか……、ヘッ! 了解したよ。ご希望通り、やめて差し上げようじゃねえか。……じゃあな!」
 雄介は、板床を蹴るようにピーンと立ち上がると、俊敏な動きで持ち物を纏め、
「お……、おい、おい……」諏訪の制止を振り払って、
 ――バターン!
 稽古場のボロっちい木戸を破壊する寸でのところだったが、勢い良くいなくなり、あっという間に、日影ビルを飛び出して、どこかへ走り去ってしまった。諏訪は、呆気に取られていた。
 健二が、大急ぎで、
「ああっ! あっしのこの太い足で、追い付くか分かりやせんが、ケータイもありますから……。チョイと追っ掛けて、見付けてきやしょう!」稽古場をあとにした。
 ぽっちゃりおデブくんの脚力が、元野球部員を捕らえるのは、さぞかし難しかろうと、なるほど、我輩にも想像できる。
 松坂は、財部の腕に絡み付くと、
「……ったくもう。何よ、あのどうしようもないさまは……。さあさ、諦めましょうよ、諏訪ちゃんもさあ。あの子は使いものにならないわー。他の子に差し替えたらー? いるでしょう。できそうな子なら、どこにでも……」ロングスリムのメンソール“アイドル・リース”を一本、――ゲッタの高級ハンドバッグから取り出した。
「やれやれ……、おれにも責任の一端があるがな……。諏訪くんだけに、面倒を掛けることはせんよ。あーあ。雄介の家から入る筈だった資金援助もこれであてにできなくなる。代役探しに金策かや……、忙しくなるわな……」財部が、舌打ちをしながら、
「……喩え、なんぼ、榊守の家から金を積まれても、芝居が打てませんでした、では済まされんのだがね」松坂が咥えて待つタバコに点火した。女王さまは、
「あーあ。とりあえず、鰻にしましょ。ねー、藤六ちゃん! 奢ってくれるんじゃなかったっけー」
 煙を、さも美味そうに吸い込んでから、ふうっと小憎らしく吐き捨てた。

  ◆幽霊香盤表<第13幕>へ、つづく◆

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
そういうことだったのかぁ。
th
2008/05/01 00:57
>thさん
 ……(^^;
円山
2008/05/01 17:28

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