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help リーダーに追加 RSS 【ゲイ小説】 幽霊香盤表 第11幕 (全17幕)

<<   作成日時 : 2008/04/24 10:09   >>

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  ◆◆幽霊香盤表<第10幕>からの、つづき◆◆

 新入団員との面談は、
「新しく入られた、あー、高井健二くんだね? ……」その――高井という名の、ちょっと毛色が面白い青年が最後だった。
「……ごめんねー。こんな遅い時間に、こんな辺鄙なとこにある稽古場まで来て貰って」
「いえいえいえいえ……」――と、青年は、おでこの付近まで持って来て立てた手の平を細かく左右に振った。
「……スクーターで動いておりやす。アパートは阿佐ヶ谷のほうなもんで……」その動作が、タイム・トラヴェルして、ちょんまげ時代の人を見ているかのように、いちいちクラシカルだ。でも、パッと見たところは、我輩ならニュー・ソート・ヒューマン、あるいはネクスト・スピーシーズとでも呼びたくなるぐらいに、全く以て若い。たっぷりとしたTシャツを、だぼだぼにさせ、風通し良さげに着ている。
「……あいっ! 高井と申しやす。ひとつどうぞ、よろしく、お見知り置きのほど、お願い申し上げやして……」なのに、このヘンテコリンな調子なのである。明らかに、江戸落語の趣きを多分に醸し出している。
「健二くんって呼んじゃっていい?」
 諏訪は、好奇の眼差しで、健二のキャラクタライズ振りを観察していた。わざわざ応募した劇団の面談なのだから、相手にしてみれば、初めてなりに気合いを入れている筈だ。
「へいっ! そりゃもう、ケンジだろうがヒコクだろうがベンゴニンだろうが、何でも構いやせんで。へえっ! ……ま、サイバンカンってえのも、こう……、ご立派な感じでよろしゅうございますが、……えー、ボウチョウニン程度だと、さすがにちょいと、つまらねえようで」
 まだ若いのだろうに――軽くやばいかな、と想わせる程度の太目・ポッチャリ体型だ。頭髪は、当代、我輩もあまり見掛けなくなった、折り目正しい七三分けにしてある。
 “ずた袋”から履歴書を引っ張り出して眺めてみると、
「年齢は……と、ああ、えーっ? まだ二十歳なの? それにしちゃ、なんつうのかな、ほら……」高校を中退と記してある。
「何です? それにしちゃあ、しっかり者に見えるなあと、へへえ……、そうおっしゃりてえんでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、……その、ええ、健二くんの話しかたなんだけどねえ。噺家さんみたいじゃん? つまり落語家……」
「えいっ! そうなんでございやすよ。落語が好きで。へえっ! 噺家になろうか、どうしようかと迷ってえるうちに、どういうわけだか、こちらの劇団鰻登に、こう……、吸い寄せられちまったてえわけなんで……」
「へえー。ずいぶんとユニークだね」さらに経歴を辿ってゆくと、
「あれ? いま、正翔学園大学の落研に入っているわけ? 高校を出ていないのに?」風変わりな個性は、健二の喋りかただけにではなく、生きざまそのものにも滲み出ているようだ。
「そうなんす。いえね、あちきのガキの頃からのマブダチがね、正翔学園に入って、そこの落語研究会に所属しているもんで。巧いことを言って、紛れ込ませて貰ってえるってえ寸法で」
 職業欄を見ると、高校中退以降、定職には就かず、フリーターを続けているようだった。
「じゃ、ニセ大学生っていうこと?」諏訪は、健二が唇に人差し指を立てた仕草へ満足そうに朗笑を返すと、テーブルに履歴書をポンと置き、健二と向かい合って座ったまま大きく背伸びをした。
「ふうん……。噺家さんの弟子になることは考えないの? ふぁーーっ……」背伸びに釣られて欠伸が出た。
「迷ったんです。でも、弟子入りしたいと思わせてくれるような師匠が見当たらねえんですよ……」
(さあて。この……ケンジって子が、いよいよ出るんだが、このまんまの素で演らせると、どういうことになるんだろうな、違和感が出ちゃうような気がするなあ。どんな子ども時代を過ごしたか分からないけど、珍しい育ちかたをしているかもなあ。落語調で“しゃべくる”高校生かあ……。このままで、もそっと歳がいったら、男芸者だね、幇間か、そんな役なんかには持ってこいだよな。要は、地を丸出しにしていればいいんだものな。んー、だけど、今度の芝居では、敢えて江戸っ子である必要が無いな。お調子者風キャラに仕立てようかな? さて、どうするか……と。ユウスケが在籍する沼上高校の同期……、とても仲良しなクラスメイトの役で出て貰うつもりでいるんだが。えー、なになに……。
『ユウスケたち、つまりユウスケやこのケンジらは、教師・スワが少年院まで勤め上げたとの事実を聞いて、この先生は半端ねえとビビッてしまう。ビビりが尊敬へと変わる。スワ先生の子分になり、いまだに立ち後れてヤンキー系を続けている他のアホ連中に、率先して手本を示し、善導してやろうと頑張っている』……と。……あっ! やっべえ、もう本番の舞台は、目と鼻の先じゃ、ありゃあせんかい……と。困った。うかうかしてたら。すぐに幕が開いちゃうんだけんど、肝心のラスト……、芝居の目玉ねえ……、締め括りをどういう風に盛り上げるのよ……。まだ、何も決まってないじゃーんって、オイオマエ、どうすんの? 何か、手っ取り早く恰好が付く、巧い手はないかいなー……)

「なるほど。……で、大学の落研にこっそりと混ざって修行していると……。マジで変人をやっているよねえ。じゃあ、……高校を中退した理由は?」
「んー、早い話が馴染めなかったんですねえ。高校の雰囲気てえもんに。……と申しますのはね、あたくしは、小学校から中学の頃までは、落語がポツポツと出来たりしましてねえ、それはもう、大層な変人・子どもでしたから、珍しがられて、ま……、なかなかの人気者だったんです」
「ふうー。人気者だったんだー?」
「ええ。学芸会のような場でもって、全校生徒の前で、PTAも来てえるような学校行事だったってのに、一席、この……、ご披露したり致しましてねえ」
「そうなんだー。じゃ、小学生時代の健二くんが、……“ええー、毎度バカバカしいお噺でございますが”……って? 凄いねえ。でも、なるほど変人・子ども……だよねー、あまりいないもんねー、そういう持ち味の子どもは。とくに、最近はね……」
「ええ。……ところが、何てえますかねえ、高校に進んだら、環境が一変しましてねえ。見てくれもこんなだし、喋りかたにしても、こう……独特でしょ?」
「見てくれは、独特かなあ? 至って普通だよ。几帳面そうな、ただのおデブちゃんってところだよ」
「デブキャラで、売れそうですかね?」
「なら、もうちょいプラスアルファ、トドメを刺さないと、俺みたいにさ……」
「あたくしの太りかたでは、まだ足りませんか?」
「血管をマヨネーズが流れるぐらいにね」
「マヨネーズかあ……。コンデンスミルクじゃいけませんか?」
「よっしゃ。この際、両方にしとこう……。……もうええわ。それで……、ハイ。話の続きをどうぞー」
「むかーし、ほら、あの“ひょうきんキャラ”ってえのがテレビで流行り出しましたでしょ? お笑い系の……ね?」
「うん。知ってます」
「その、ひょうきんキャラの、何てえかなあ……、マニュアル通りってんですかねえ、そういう“作られた”イメージだけが面白いみてえに固定されちまって、そっからは弾かれちまったんですなあ……、あっしの場合はさ! そんなんで、高井健二は奇妙な野郎だってことになっちまって、同級生からも誰からも、ま、その……、何てえんですか、……疎外、みてえにされるようになったってえわけなんで」
「なるほどね。テレビが売り込んだタレントキャラや、ワンパターン化したギャグばっかりが面白い愉しいと持て囃されて、健二くんのユニークさが認められなくなったんだね……。要するに、放送メディアの弊害だ」
「ええ。ですからね、お分かりでしょ? 学校に行ったところで、どうせ仲間はずれで、誰からも相手にされませんから、ちいっとも面白かありやせんもの。おいら、やーめたってなもんで。そいで登校拒否になりやして、……で、けっきょくそのまま退学……と」

(……いつだっけか、あの幽霊の奴め……。呆れたマッチョマンだぜ。こんなことを言ってやがったな、……“だったらさ、芝居の目玉をボクにしたら? きっと面白いんじゃない?”……とかさ。馬鹿なことを言いやがるもんだと一発却下だったけど、切羽詰まってきた、いまとなっては、幽霊野郎の手も借りたい気分になっちゃうぜ。ふうー……。それにしても、暑い暑いだ。……“幽霊も、団扇持つよな、夏の夜”……と、きたわいなあ。さあて、困ったな、どうすっかなー? ……)
 諏訪は、
(……あ、いけねっ!)フッと考えごとから我に返り、
「……ごめんごめん。つい、ボウッと……、どうしちゃったんだろうな……俺。……それで、そうだ、どうして高校を中退したの?」
 インタビューの続きを片付けなくては――と、急いだ。
「へ……? いま、申し上げた通りで……」
「は? いま……って、何か話した?」
「はい……。高校を中退した理由は……と、お訊きになったから」
「俺……、まだそんなこと訊いてないだよ? これから訊こうと思ったんよ?」
「はあっ? ……だって、いまさっき……」
「んーん! 俺、まだ訊いてないよー。……だって、ほら……」
 諏訪は、デジタル・サウンド・レコーダーの再生スイッチを押した。録音でも記録を取っていたのだ。さきほどまでの会話が音声で蘇る――。
『そうなんす。いえね、あちきのガキの頃からのマブダチがね、正翔学園に入って、そこの落語研究会に所属しているもんで。巧いことを言って、紛れ込ませて貰ってえるってえ寸法で』
『じゃ、ニセ大学生っていうこと? …………。ふうん……。噺家さんの弟子になることは考えないの? ふぁーーっ』
『迷ったんです。でも、弟子入りしたいと思わせてくれるような師匠が見当たらねえんですよ』
 そこからの再生音は、かなりのあいだ沈黙が続くだけだったのだが、やがて、
『ごめんごめん。つい、ボウッと……、どうしちゃったんだろうな……俺。……それで、そうだ、どうして高校を中退したの?』と言った諏訪の声を再び聴くや、健二の重たく弛んでいた身体が、電撃的に飛び上がった。
「ええっ! そんな馬鹿なー。だって、さっき……ここの前んとこで、あちきはたしかに、そこにいる諏訪さんと……、いろいろなお話を……しましたんですよ……」
「ノーノー。俺……、ポーッとしてて、考えごとをずっとしてたんだ。……何も、話はしてないじゃん?」
「そ……、そんな。じゃ、あっしは、いってえ……、いっとき誰と話をしていたと……、おっしゃるんで?」
 健二の、軽くやばいかな程度に太目なボディーを貫いて、
 ――ゾゾゾゾッ
 不思議な悪寒が走ったようだ。

       ***

 いよいよ、劇団鰻登・定期公演の幕が上がるまで、あと一週間ほどになった。
 スワ先生が語ったむかし話を聞き終え、彼が、かつて少年院に送致されたほどの超ワルだった事実を知ったユウスケとケンジ、そして幾人かの生徒たちは、今春、沼上高校に赴任したばかりの、この――生活指導担当教師・スワという人物は、只者ではないと覚ることになる。それまで学校へ送り込まれてきた中途半端な元・ヤンキー先生たちとは元のワルの格が違う、半端じゃない強者だ――と、恐れ入ってしまったわけだ。自分たちのスケールが小さいツッパリ根性など、どこかへ素っ飛び、このあいだまで反抗魂が取り憑いていたマインドに代わって、この男なら尊敬できるとの信念がビッと聳立した。スワ先生に従えば、すでに一度貼られてしまって、剥がすことが容易でないと諦め掛けていた落ちこぼれのレッテルを破り捨て、真っ当な人間へ戻るチャンスになると気付いたのである。
 そこで、まだヤンキーを続けている他の多くの生徒たちを目覚めさせ、誰しも自分らしくあって良いのだ――人生を無駄にするな――との、スワ先生の教えを伝えようと努力していた。
 みんな、その根底には純粋な煌めきを秘めた――心の――優しい少年そして少女たちだったのだ。
 教職員を評定管理する教育委員会という、上意下達の組織構造。
 教育委員会を実質的に統制する連邦教育省という国家権力。
 国旗や国歌を強制的に敬わせるいっぽうで、生徒を自殺にまで追い込むようなイジメを見ても、見ぬ振りをさせる学校教育。
 ああ、学校――、ああ、教育――。
 本当は煌めいていて、そして優しい筈の、――少年少女たちが抱く純な心根を漫然と濁らせてきたのは、専ら、人間の人間たることを軽んじ、生命を尊ばせず、国家への従属部品を成形することのみに邁進する、硬直した学校教育だったのである。
『お前、やるよな――ユウスケ! クールじゃねえか。おいら、けっこう大好きだぜ。お前の、そういうとこ』
『男同士で大好きとか言ってんなよ、ケンジ……。おめえ、馬鹿じゃねえの?』
 ほとんどのシーンは通せるまでになっていたが、いくつかの小返し稽古が、つっかえつっかえで、これが全体の進捗を妨げていたのだ。
『女子なんて、ユウスケのことイケちゃうとかキャーキャー言って騒いでるけどよ、おいらのほうが真剣だぜ・ねえ先生? おいらの気持ちって、これ絶対マジだよね? あはははっ!』
 諏訪にとって、根気が求められるところだった。
「ダメーっ! それじゃ、俺の台詞、入りたくなくなっちゃうー。あのね、そこ――『おいらのほうが真剣だぜ・ねえ先生』じゃないの! 一気で繋いじゃダメー」
「ホイな!」健二は噺家調子で、一貫してお気楽に構えているように見える。
 もとより根気など無く、実は簡単に痺れを切らし始めてしまう財部・劇団代表だったのだが、
「諏訪くん。あんた、ちょっと甘すぎるんと違うかね? 芸術というものはだな、マゾヒズム的快感こそ原動力なんだわね。諏訪くんの稽古は、歯痒くてならんね。それは違う! なあ! 分かっとんのかね! もう、時間ないでー。残り一週間だろうがっ!」
 稽古に、イライラと口出ししてくるのは、相当に仕上がりが悪いことをも、また示していた。
 本番が近付くと、財部のイライラは、どうしても抑えが効かなくなる。――結局は、大抵こういう事態になった。ムードが一変して悪くなる。志気が下がる。それが、いつも嫌なので、諏訪は出来る限り、財部とは疎遠になってしまいたかったのだ。
 小返しばかりで、なかなか通し稽古にならないから、疾うに主だった出番がない内田登志朗などは、腰が痛いだの股にまで痛みが響くだのと言い訳けをして、明るいうちに、さっさと稽古場を後にしてしまっていた。それもそうで、テレビの仕事を全て事前事後に調整し、劇団鰻登公演準備のために、ここ一〜二週間というもの、すっかり時間を空けてくれていたのだから、当然のことだった。大ベテラン・内田は、稽古とはそういうものだからと、気悪く思ってはいないだろう。しかしながら、稽古全体の滞りを敏感に感じ取る財部の神経質が、本番が近付くごとに増長して、稽古場が刺々しく殺伐とした空気になってしまうのだ。その他の役者やエキストラたちも解散させたが、松坂だけは、財部に寄り添うようにして、妖しげな余裕を漂わせつつ、稽古に付き合っていた。
「オイオマエ! 諏訪っ! マゾヒズム的快感こそ原動力なんだがね!」まだ、くどくどしく叫んでいる。財部は、細かく演技指導をするわけでもないのに、稽古のための仮想舞台すぐ前の演出テーブルに、支配者然として偉そうに陣取っていた。
 諏訪は、財部の気に障るがなり声をツンツンと無視しながら、雄介そして健二と――三人で絡む場面を、丁寧に小返しして作り上げていた。意識して、ひたすら穏静な指導に徹した。
「いいか。舞台は教室だぞ。学校だ。ユウスケは親友だが、俺は親しいと言っても、あくまで先生だからな。ユウスケに話すのとは、同じタメ口を聞くにしても、ちょっと違えてくれよ。な、――健二くん、解ったか?」
「ハイな!」健二が、諏訪を信じて軽く応じると、
「テメエ! そのイイカゲンな返事は何事だっ!」財部が、甲高くて鋭い声を発射し、わざと空間を切り裂いている。隣りにひっ付いて着席している松坂が、財部の金切り声に呼応して健二へ睨みを飛ばす。邪気がダブルで襲い掛かるから、健二は、その都度、
「へい、すみません……」と、几帳面に縮み上がった。
「健二! お前のその調子乗りが、おれは気に入らないんだがね。ふざけるんなら、いますぐやめて貰ってもいいんだぜ!」
 青筋が立った財部の、角の尖った声が突き刺さるのだが、平常心を保った諏訪は、にこやかに頷くと、
「気にするな!」小声だが、確然と言った。
「リラックスしていいぞ。いつもの健二くんのまんまでいいんだからな……。――あるがままに“らしく”あれ――だぞ。じゃ、台詞言って!」
『女子なんてさ、ユウスケのことイケちゃうわーとかさ、キャーキャー言って騒いでるけどよ、おいらのほうが真剣だぜっ! ……ねえ、……先生? おいらの気持ちってさ、これって絶対マジ入ってるよね? あはははっ!』
「いいよ! 上手くなった、いいよ、それいい!」諏訪が手を叩いて褒めたのに、財部は、
「ちいとも良くないだろうが! モニターを見てみろ! さっき決めた台詞と違うだろうが。アドリブ入れていいなんて、誰が言ったんかね? 勝手なことをするなっ!」異常な早口で、騒々しく捲し立てた。松坂が、釣られるように、
「生意気なのよ。百年早いわね。このアタシだって、台詞を一字一句、正確に覚えてるのに。解るかしら? こ・の・ア・タ・シ・でさえなのよっ!」嫌味の強い毒言を吐いた。愛人同士が、助平根性全開で示し合わせているかに見える。
 諏訪は、財部と松坂の干渉に少しも動じず、
「あっちに構うな! それでいい。俺が許している。アドリブでいいんだぞ。いまの感じでグッドだ」健二を、笑顔でかばった。
「じゃ、ユウスケの台詞から、ここまで通すぞー」
 酷く疲れた様子で、折りたたみ椅子の背もたれに体を預けていた雄介が、面倒臭そうな動作でスタンバイしようとした。
「気合いを入れろ、雄介! だいたい、お前のために、どのぐらいの人たちが迷惑したと思ってるんだ!」財部が、やめておけば良いものを、雄介にも因縁を付け始めると、
「は? 迷惑? どんな迷惑だよ?」キレ掛かっている雄介の、こうなっては目上など微塵も恐れぬ態度が炉心となり、稽古場の雰囲気が一触即発の様相を見せてきた。
「お前みたいな厄介者をおれの劇団で引き受けなくちゃならないこと自体が迷惑なんだろうがっ!」財部の白髪頭から湯気が立った。
「何だと、この野郎!」雄介・メルトダウンまで、残りあと15%というところだ。
「何なのよ、あの子。何様のつもり? ……」松坂が、鼻息を荒くしている。「……だいたい、いつまでモニターばっかり見ようとしてるのよ。覚えなさいよ、台詞ぐらい。本番も、あのデッカイモニターが付くとでも思っているのかしらね?」
「いいから、ほら……雄介くん。挑発に乗るなって……。本気じゃないんだから、藤六先生も、松っちも」
 ――と、なだめる諏訪にしたところで、財部の癇癪連続攻撃に、ぼちぼち忍耐の限界を感じ始めていた。それに加えて、松坂が発する嫌味を真に受けていたら、体力を消耗するだけだ。二人とも、いますぐに稽古場から消えて欲しかった。
「さあ! モニター見てもいいぞ。台詞を言って。最初からだよ」
 雄介は、ふて腐れ顔のまま、
『オレ。ハンパネエぜ、マジで。ガンバッテルよ。センセイだってみててワカルダロ? だけど、ヤンキーやめらんないヤツって、まだまだイッパイいてー……』自分の台詞を、大むかしの人造音声を物真似したような、感情のない棒読み調で吐き出した。
『……っつうかー、やっぱフダンのセイカツとか〜、オモシロクないってイウわけ〜。オサエらんねえよ、オレ一人でやってても〜。ちがう〜?』いまは、ここ一番のやる気が、さっぱり失せてしまっているのだ。
「オイテメー! そのデタラメな態度は何だ!」財部のほうは、怒りが沸騰し、脳の制御が狂い掛けている。
「いいよ、良し! 今日はいいから。ここは、また次の稽古でやろうな」諏訪は、雄介のコンディションを察してそう言い、健二に目配せをして、続きを促した。
『おいらだって一緒にいるじゃあねえかよ、ユウスケ。何で、そうして自分一人だとか言ってやがるんだよ。商店街の落書きさ……、なあ、消しても消してもよ、すぐに誰かがその上からまた書きやがるじゃねえかい。だけどもよ、ユウスケ……、お前、黙って誰にも言わねえで、気が付くたんびに消してえるよな』
 健二は、そこまで台詞を語ると、次第に諏訪へ助けを求めるような困り果てた顔になってきた。
「どうしたの? 悪くないぞ。オッケーだよ。そのまま、止めないで続けてー」諏訪には、まだ事態が呑み込めていなかった。
「コノヤロー! 健二! いったい何をしとるんが? テキトーなことをやっとるんやない!」財部の怒鳴り声は、どうやら、ただ単にデカイだけで、中身が丸切り空っぽだとの洞察が、
(チッ! 何だよあいつ)と、このとき、雄介のほうに芽生えたようだ。
(藤六オジさんって、ただ上手く行ってないとこで、いちいちガーガー言うだけじゃん。バッカみてえ)
 財部の怒号に強いられて、健二は、
『おいらよ、そういうユウスケのこと、ちゃんと見てえて知ってるんだぜ。お前、やるよな――ユウスケ! クールじゃねえか』と、ここまではどうにか運んだのだが、
『おいら……、けっこう大好きだぜ……。お前の……、そういう……とこ……』急激に、健二の声が小さくなってゆき、まるで芝居にならなくなった。ごく当たり前の反応である。怯えてしまっているのだ。そして、とうとう、
「あーあー。そこだよそこ、何それ、ほら、そこにいる、諏訪さんの隣りにいる、その素っ裸の……、真っ白で……」健二は、上ずった声を出すと、
「……へっ? なに? 何だって? そいつ、喋ってえるよ……。ちょいとちょいとぉー」へろへろになったままで固まった。
 松坂のほうが、まず鬼女の面相に変貌するや、
「まさか、いまになって幽霊だなんて、また言い出すんじゃないでしょうねっ! ちょっと健二くん!」
 ――と、角を三本生やして淫魔牛のようになった。
「オイオマエ! 健二! 何を言っとるんだ、テメエ!」
 中身が空っぽの財部が、幽霊と聞いて案の定、神経内科ではなく――脳外科的に狂いの度を増し、聞く者みんなが直ちに頭痛を発しそうな虚しい銅鑼声とともに、口から臭い毒牙を剥き出している。
{健二……。怖がらないでいいの。他のみんなには聞えてないの。いまは姿を見せてもいないよ。なあんだ。ボクのことは、まだ諏訪さんとか雄介から聞いていなかったのかい? 稽古では、ズウッとお世話になってるんだ。いや、ボクのほうがお世話しているんだけど、ホントはね……。なあ、驚いたよ。お前は凄い役者だな。筋がいいぞ、健二。さすが、あんたは噺家の才能を持って生まれているだけのことはある。でもさ、いまの台詞なんだけどさ、もっと気持ちを込めないといけないよ。本当の気持ちをだぞ……。だろ? 健二は雄介のことが大好き――な。これは、大事な台詞だぜ。しっかり、はっきり、大きな声で演って下さい。いいですね? ……}
「へ? へいっ! しっかりいたしやす……」混乱しながらも、実に節度をわきまえた取り乱し振りである。健二が、稽古場に出入りする幽霊氏と完全遭遇したのは、これが初めてだったわけだから、なおさら我輩も感心してしまう。
「しっかりしてくれんと困るでー、あんた、健二くん!」財部は罵声を権威として振りかざし、
「諏訪くん! ちょっと休憩しようや! 休憩! ……」絶対国王のように、この場を仕切り捲っている。
「……アカン! こりゃ、休憩せなアカンわ」
 我輩としては、それほど仕切りたいと言うのであれば、仕切らせておけば良いと思う。どのみち、財部の尻の穴が小さい証拠。――それが一同に伝わり、再認識されるだけのことである。
 幽霊は、さらに、
{……ボクの姿が見えたり、声が聞えたりする人って、とても限られているの。ボクが限っているから。この稽古場に出入りする人たちの中だと、健二の他は、雄介と諏訪さん。それと、霊能者・かほりさん。全部で、この四人だけなのね。邪念に覆われているから霊体に拒絶反応を示す財部オーナーや松坂さんには、決して見えてないんだ。いいかい。ボクのことが見える人っていうのはね、霊能者以外は――ゲイだけさ。ボクが、ゲイの人にしか見せていないからね。霊能者には、どうしても見えちゃう。でも健二、――普段、霊感なんて無いきみには見えたよね。だから、きみはゲイ。……ってことは……}かなり重要なことを健二に告げたあと、
{……ってことなんだ。……分かった? 悪いようにはしないから。心配することないよ。……さてと、休憩だってさ。また、あとで来るからね!}
 軽やかに、槍投げのポーズのまま助走を踏んで、
{オ・リ・ン・ピ・アー}
 投げた槍と同じ方向――稽古場の大きな窓の向こうへ、一気にサーッと消えてしまった。
 幽霊は、自由自在――思うがままである。
 こいつに敵うキャラクターは、とても他にいないだろうと、喩え我輩ならずとも、どなたにしても、きっと納得されるところではあろう。

  ◆幽霊香盤表<第12幕>へ、つづく◆

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
wordにコピペして、縦書きにしてから、読んだら、読みやすかったですよ。
th
2008/04/25 06:53
>thさん

 わざわざお手間をとらせまして、申し訳ありません。
 そして、ありがとうございます(^^)
円山
2008/04/26 10:39

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