低能流[ゲイ]文章計画

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 【ゲイ小説】 幽霊香盤表 第10幕 (全17幕)

<<   作成日時 : 2008/04/20 07:27   >>

トラックバック 0 / コメント 1

画像

  ◆◆幽霊香盤表<第9幕>からの、つづき◆◆

 かほりが演じるスワ少年の母親は、舞台の上手奥、――迫りを上げ、平台を何段か積み重ねて固定し、高く設えてあるセットの上に立って、教官に深々と頭を下げている。前畑が熱演する教官は穏やかな笑顔を浮かべ、母親とスワ少年へ交互に頷き返すと、母親の律儀な動作に釣られるように、隣りに控える――くりくり坊主頭の雄介がスワ少年に成り切って、ペコリペコリとお辞儀を繰り返している。真冬の風が吹き貫いているような寒々とした効果音。
『大雪が降ってて、あの日は、おっそろしく寒かったよ。地獄を出る日だ。岩手少年院の玄関に、おふくろが迎えにきてくれやがってな……』諏訪が、舞台袖でナレーションのマイクロフォンを握っていた。
 母親とスワ少年は、教官と別れの挨拶を終えて歩み始める。平台を積んだセットから階段を降りる。冷たい風が吹く音。母と子は、傘で風雪を阻み、コートの襟を立てて寒さを凌ぎ、寄り添って、ゆっくりとした歩調で舞台を巡る。客席の後方から照らすスポットライトが、じっくりと二人の移ろいをフォローしている。
『……たしか、あれ、――俺が高校に入るからって買ってくれた厚手のコート――おふくろが持ってきてて、俺にすぐ着せてくれたっけな。結局、高校なんて一ヶ月も行かなかったのに。それにマフラーもだ、――俺が中学のころ使ってたやつ。懐かしい友達の顔が浮かんできた。コバヤシとかテラウチとか。みんな、どうしてんのかな……ってさ、そのマフラーの、どこにでもあるようなチェックの柄模様を見たら、それまで全然思い出すこともなかったのに、急に……、純だった小学校や中学校時代の、いろんな記憶が、あれこれと頭の中に蘇ってきて、
“馬鹿だったよな――俺”……って、涙がボロボロ、出ちゃって出ちゃって止まらなくなったんだ……』
 途中で一〜二度立ち止まると、スワ少年は涙目を上げて遠くを睨むようにしながら瞬かせ、肺のところどころに溜まってこびり付いていた二酸化炭素の塊を大きく吐き出してから口元を引き締め、拳骨を握って重苦しそうに俯いた。
『……おふくろは、駅に着くまで黙ったまんまで、何も言わなかったな。だけど、ときどき、俺のぐしゃぐしゃになった顔を覗き込んでは、自分も、真っ赤っかに眼を潤ませて、何度も何度も頷いていたよ』
 それでも、母親の泣き顔には終始、うっすらとした微笑みにも見える一定の安堵の情感が漂っていた。何度も頷きながら次第に、彼女の表情は、演じるかほり本人もが久しく忘れていたかも知れない――大地の如き母の愛を映し出していた。他の、どの女性も真似できそうになかったほど、迫真の体熱を輻射しながら。
 スワ少年――雄介はこのとき、満月の明かりのように深くてふくよかな、観音菩薩の慈愛に包まれていたのであった。

       ***

 例の悪戯者の幽霊が見えていたのだろうか。かほりは稽古場の天井――、蜘蛛の巣が張られた角隅の方向を、たびたび斜めに見上げては目を逸らせた。諏訪は、かほりの反応が気に掛かっていたが、
「……と言うと? かほりさんが?」
 小さくてまん丸のメガネを通過する――彼女の視線の先を敢えて追おうとはしなかった。諏訪のほうも、またいつものように、ここへ幽霊が赴いているのを感じ取っていたからだった。
「はいー。そうなんですぅー。わたしが前畑さんから相談を受けて、それで、その……、偶然なんですけどぉー、わたしの伯母に当たる人が、女子刑務所の刑務官をしていたのでぇー。もう何年もむかしに、退職したのですがぁー……」
{そらそら。これこそが前世からの御縁と申しましてな}
 ちょっと前から、諏訪の頭の中で、例の声が聞えているのだ。姿を晒していないようだったから、これはテレパシーモードなのだろうと察していた。
 稽古は小休憩に入って、前畑とかほりが、演出者のテーブル周りに折りたたみ椅子を並べ、諏訪に相談ごとをしているところだ。
「初めて、僕の出る場面でですね、諏訪さんに稽古を付けて頂いたときのことでした。ビビッときましてですね。こういう仕事だあーって。そんで……」
{……な! ビビッと来たのも、この青年と彼女との深い縁のせい。本当に電流と同じものが、心の中に流れるんだぞー}幽霊氏が発するテレパシーが、人間同士の会話を邪魔している。
「ごめん……、前畑くん。いま、何て言ったの? ……よく聞えなかった」諏訪に、そう言われ、前畑が眉を顰めて素っ頓狂な顔になった。すぐ間近で話しているのだから、聞えない筈がなかった。
「つまり……その、少年院の教官という配役にですね、僕が、――インスパイアされたんです」
「ほう……。なるほどね。だからつまり、えーと、前畑くんが実際に少年院の教官になってみたいと?」
 すると、かほりが、
「少年院ではないんですぅー、刑務所の刑務官はどうですかぁーって、わたしの伯母に当たる人が、親切にアドヴァイスを寄越してくれたんですぅー」と、割って入った。
「へえ、そうなの? かほりさんのおばさんがねえ……。じゃ、……前畑くんのために口を利いてくれて、刑務所へ体験入所させてくれると、おっしゃったんですね?」
「そうではないんですよぉー、諏訪さん。……伯母が申しますにはね、州によって公務員採用法が違うから、一概に言えないけど、東京首都州だったら二十九歳が採用年齢の上限だろうってぇー。それで、前畑さんにお伝えして、すぐに調べてもらったらぁー……」
「ええ、そうなんですよ。かほりに……、いや……、かほりさんに教えて頂いてですね、すぐに調べたらですね、僕が民籍を置いている東京首都州だと、来年五月の採用試験が最後のチャンスになってしまうんですね……」
「前畑さんのお誕生日はー、七月の五日ですものねぇー?」かほりが、丸いメガネの奥から、真夏のジメリ気を完全に除湿した、いとも涼しげな視線を前畑へ送信した。
「ああ……そう、いや、は……、ハイっ! ……」
 ――と、前畑は、彼女の視線を受信するや、慌てて、いつものアスリート系・イメージに切り換え、
「……僕が満三十歳になる、来年七月の直前がですね、応募のラストチャンスになるんです」爽やかに応答を発信した。
 その言葉だけは諏訪の方向へ投げられたのに、前畑の気感は、明らかに、かほりへと集中していたのである。
「応募……。……と言うことは?」諏訪が、肉付きの良い中指の爪で、痒くもないのに額をポリポリとやっている。
「ハイッ! 僕は、刑務官になるための採用試験をですね、受けようと思うんです」前畑が、そう告げると、かほりは空かさず、
「せっかくねぇー、劇団鰻登に入れて頂いたばかりなのですけどぉー、今度の公演がハネたらぁー、採用試験の勉強に打ち込みたいのですぅー。いえ――、打ち込みたいのですってぇー……、前畑さんがぁー……」
 ――と、まるで自分のことのように補足を付け加えたのだ。そして、再び、稽古場の天井を見上げて、何かを視線の先端で追っている。傍目からは、どう割引きして見ようとも、天然系・フシギちゃんの他に喩えようがない。
{諏訪宙太郎どん。お分かりにならないか? この二人の様子を見れば……}幽霊の意識成分は、諏訪の脳裏にドカドカと無遠慮に入り込み、
{……とっくのむかしから、こういうこと――だったんじゃないのかな?}とぼけた声を出している。
 諏訪は、頭の中で、
(こういうことって、どういうことだ?)幽霊氏に問い質す。
{二人に、訊いてみたらどうだね?}
(なにを?)
{さあな}
(あんた、さっきから、何をチョコチョコとチョッカイ出してくるんだ!)
{…………}
(おい!)
 諏訪は、ちょっとイライラして幽霊からの返答を待つのだが、なかなか返ってこない。おっかない顔をして黙ってしまった諏訪を見て、
「諏訪さん……。ご迷惑をお掛けしちゃってぇー、申し訳けありませんーー。無責任なことになってしまってぇー。でもねっ、でもねぇー、どうか、財部代表に、上手く取りなして頂けませんでしょうかぁー? ……」かほりが、懸命に訴える。
「……前畑さんに、演劇をやってみたらと誘ってしまったのは、わたし……なんですぅー……。ごめん……なさいぃー」
「はあ? ……」諏訪は困惑した。
「……演劇をやってみたらと、……誘ったって?」
 ここで前畑が、
「面談のときにも隠していました。すいませんっ。まさかですね、演劇経験がない僕みたいな人間がですね、易々と劇団に入団できるなんて想っていなかったんですよ、諏訪さん」観念したように、テーブルの上で、ひれ伏した。
「わたしたち、二ヶ月ぐらい前から、付き合っていたんですぅー。――前畑さんが、これから先、どういう仕事に就くべきか混乱してしまってぇー、それなら、演劇でもやってぇー、役柄で、いろんな人を演りながら考えてみたらってぇー、わたしが冗談半分でねぇー……。どうせ、劇団鰻登は常時団員を募集してるからってぇー。……そうしたら、どういうわけだか、前畑さんー、この劇団への採用が決まってしまってぇー」かほりも前畑の真似をして、テーブルの表面に、おでこをくっ付けた。
 前畑が、少し頭を持ち上げて言った。
「でも、諏訪さんに少年院の教官役を頂いたときにですね、ああ、――この仕事だ――って気付いたのはホントなんですよ。諏訪さんのお陰で、僕はですね、これならやってもいいかもー……っていう職種をですね、初めて発見できたんです」
 やはり頭を持ち上げたかほりが、前畑の傍らにピッタンコとへばり寄り、
「……で、わたしにその話をしてくれたのでぇー……“まあ、そんな偶然ってあるのかしら”ってぇー、わたしもビックリしたのですけどぉー、わたしの伯母に当たります人が、女性刑務官をやっていたからぁー、それで、詳しいことを訊いてみたわけなのぉー。そうしたら……」前畑のほっぺに、あと数センチという距離まで口元を接近させ、
「……来年が最後のチャンスだと判ってぇー……」両手で、前畑のヘアスタイルの乱れを整えながら纏い付くと、
「……頑張ってねぇー、マーくん!」そのままチューをした。
{残酷だよなあ……現実は。想いもしないところに、伏兵がいた。……と言うより、この勝負は初めから付いていたんだ。しょうがなかったのさ}幽霊が同情すると、諏訪は、
「そういうことだったのかい……。それは何よりのことで御座ったねえ……」脱力した声のトーンで、自らの心情を表わしていた。
「……宜しいんじゃありませんか。それはともかく、今回の舞台だけは努めて頂けるんだろ? 前畑くん?」
「そりゃもう、もちろんです。張り切ってですね、少年院のマエハタ教官を演じます。諏訪さんへのですね、ご恩返しのつもりで、気合い入れますよーっ!」
「そう……。そらあ、頼もしいや……」諏訪は、すっかり意気消沈していた。
 いっぽう、かほりは、晴れやかな顔になり、
「それでぇー、わたしがマーくんを支えるのぉー。結婚しようーって、二人で話してるんですぅー。いまは、わたし、どうにか女優の仕事で食べていけるからぁー。きっと、マーくんだったら来年の試験に受かるって、信じているしぃー。……でも、良かったわぁー。マーくんに目標が見付かってぇー。わたしも、ホッとしたのー。本当に良かったわぁー」瞳に星を散りばめて、夢見る少女のようになっている。いまにも翼が生えてきて、空中を舞いそうな雰囲気なのである。
{諏訪さん。そんなにがっかりするなって。ゲイが失恋することなんて、日常茶飯事じゃないかいな? 儚い恋ばかりさ。――ああ、片想いの連続だよねえ。とくに、諏訪さんの場合は……。そりゃあそうさあ、ストレートの男に惚れてばっかりだからだよ。これからは、新宿二丁目・仲通りアヴェニュー辺りや、上野の男花道横丁とかに足繁く通ってだね、ゲイの中から恋人を探すように――心を入れ替えるんですよ、諏訪さん!}優しき幽霊くんが、テレパシー・モードで慰めてくれた。
「……ああ、そうしよう。そうするよ……」落胆のあまり、つい独り言になってしまった。それが聞えてしまい、
「は? 何を……ですか?」前畑が、耳ざとく尋ねた。
「……え? ああ、いや……、財部さんには、俺から説明しとくから。気にしないで大丈夫だよ。……かほりさんもね、どうぞ……、お幸せになって下さい……ね」
 幸薄い生きざまだったかほりに、ようやく巡ってきたハッピネスなのだろうから――と、諏訪は気持ちを切り換えて、そう祝福することにしたのである。
 我輩が想うに、俳優そして演出家たる諏訪なればこそ、こんがらがった心理描写のシーンなのだから、ここはむしろ、渋めのスマイルを湛え、感情を抑えて演じ切ろうと考えるべきだ。
(あーあー。前畑くん、カッコ良かったのになー……)
 だが、だらしがないことに、幾ら自己演出しようとも、諏訪の顔面筋肉は、ただぎこちなく痙攣するだけだった。
 ――にも関わらず、かほりは、
「あああっ! ありがとう! ありがとうございますぅーっ! ううううっ! ……」感極まって、泣き声を上げてしまったのだ。
「……わたし、やっと……、やっと、心から――ハジメちゃんの供養ができるようになるぅー。うううううっー!」
 喜びの涙をポロポロとこぼしている眼で、かほりは、稽古場の天井を“転がっている”マッチョ幽霊の白肌全裸が、アクロバティックに躍動するさまを、メガネに指を添えながら、丁寧に追った。
 小休憩で、表に出ていた役者たちが段々と戻って来ていた。天井をぐるぐる見渡しながら感涙しているかほりを、演出の特訓がまだ続いているのだろう――ご苦労なことだ――ぐらいに、勘違いして眺めている。
 かたや、彼らに一歩先んじて稽古場へ入っていた松坂陽子と財部の地獄耳には、ここまで一連の、諏訪たちがやりとりしていた事々が届いてしまっていたのだ。財部は、
「あやつら……、おれの劇団を何だと思っておるんかね」
 唖然としてしまい、猛烈だった外気の暑さも手伝ってか気力も抜けて、怒鳴りたくても怒鳴れない心持ちだった。
 松坂のほうは、不愉快さを呈し、
「何なのかしら、あの人たちって、わけわかんないし、なんかもう……最低よね!」と、唾を飛ばしており、
「かほりちゃんったら、見損なったわー。恋人を冗談半分にそそのかして、うちの劇団へ応募させただなんて。だけど、前畑とか言う――あんな超・半端男の正体を、見抜けなかった諏訪ちゃんも諏訪ちゃんよ。どうかしてるわよねえ。面接とかオーディション……、させたんでしょ?」ときどき、むくれさせた鼻の穴からは、手入れの悪い鼻毛が数本、相変わらずに顔を出している。
「諏訪くんは、台本が間に合わなかったから、今度は口立て芝居にすると言い出してな、最初から時間がなかったんだがね。――オーディションする間も惜しんでな。応募してきた人たちを、無条件に採用したんだが……」和田堀公園内の売店で買ったアイスキャンディーを、大層、品の悪い行儀で舐めている。舌の先で突くようにチョイチョイ――と。
 そして財部は、松坂の腰に空いたほうの手を廻し、
「……いまとなっては、どうにもならんわな。だけんど、舞台は舞台だ。終いまでキッチリ仕上げさせないとアカンがな。もし、何か問題が発生するようなら、諏訪くんには責任を取って貰わなならんだろうが……」そのままゆっくりと這うように移動させて、
「……そやろ?」松坂の尻ぺた一帯を図々しく擦り始めた。
「そうなったら、諏訪ちゃんは、クビ……ね?」
「ああ。……ま、もしもその際は、……陽子。あとのことは、お前に、任せるしかないんやからな……」

  ◆幽霊香盤表<第11幕>へ、つづく◆

クリックプリーズ
にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛(ノンアダルト)へ

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
悲劇も喜劇も純愛も、恋から始まるね〜。
th
2008/04/20 21:03

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

Search

Blog Reader

Information

Communication

Fortune-Telling