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help リーダーに追加 RSS 【コラム】 人は、なぜ覚醒剤に溺れるのか

<<   作成日時 : 2008/04/19 10:37   >>

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 覚醒剤(スピード/エス/ガンコロ/シャブ……)がどうして危険かと言うと、早い話、これを身体に”入れる”と、間違いなく気が狂うからである。

 どのように気が狂うのか。
 例えば、まさに一例に過ぎないのだが、バカバカしい妄想を頭の中で作り出し、その妄想を補完する幻覚/幻聴に苛まれ―――警察に追われている/踏み込まれる/監視されている、などから派生して、誰それが自分を裏切ろう/陥れよう/殺そうとしている、と、妄想が次なる妄想を生じさせ、ついには自宅/人家に火を放ってみたり、屋内外で刃物を振り回して暴れてみたりし、家族や親しい人たち、愛すべき大切な人たちはもとより、まるで関係のない人たちまでをも殺傷するに及ぶのだ。

 妄想、そして幻覚/幻聴が生じる作用段階は<覚醒剤精神病>と定義されるが、これは人(の体質や性格など)によって、たった一回の覚醒剤摂取によっても起こり得る。
 さらに事後、わずかな覚醒剤を摂取しただけでもこの精神病が生じるようになり、やがて覚醒剤を使っていなくても―――つまり”しらふ”の状態でも、この精神病に陥る羽目になる。

 要するに、本格的に狂ってしまうわけだ。
 つねに精神が苛つき、性格や行動が狂暴化する人と、逆に無気力/強度のウツ/引きこもりに陥る人がある。
 覚醒剤から足を洗ったつもりでも、数カ月〜数年後に至って、突然、この精神病が再現することもある。

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 聞くからに、危険きわまりない覚醒剤を、どうして人は、がっつりと身体に”入れて”しまうのだろう。
 この”どうして”が、声高に提起されることは、意図的に避けられてきた感がある。
 つまり、それほどまで恐ろしい覚醒剤の蔓延が、なかなか食い止められない理由―――覚醒剤を愛好する人たちが、超・危険だと重々判っているにも関わらず、いつまでもやめることができない理由、これをあからさまにすることが、かえって、覚醒剤への興味を喚起してしまうかも知れないとの躊躇があるからなのだ。

 だが、ここであえて言う。
 人は、なぜ覚醒剤に溺れるのか―――。

 覚醒剤が好まれる最大の理由は、これを摂取すると、性的快感が、言語を絶するほど、異常に高まるからなのである。
 数十倍。いや、数百倍に。
 キモチイイなどという簡単な言葉では済まないほどに。
 エロ狂い。いや、発狂的なエロ。
 あまりに強烈な性的快感を得るので、脳内、中枢神経がとろけてしまいそうになると言う。

 頭の中は、淫らな想念ではち切れるが如くになり、いったん始めた性行為は、単独のオナニーだろうが、複数人による性器の結合だろうが、あるいは性器/性感帯への性技の施授だろうが、延々と、最低でも12時間は継続することだろう。覚醒剤の追加摂取をすることで、さらに数〜十数時間の継続を可能にする。いや、覚醒剤の準備量によっては、下手をすると、一週間でも十日でも、飲まず食わずでズウッと何らかの性行為に耽ることにもなる。

 性器の結合と書いたが、男性の性器は、ほとんど勃起をしなくなるので、実際のところ、本来の意味で結合は難しい。……とは言え、男女が覚醒剤セックスを営む場合、挿入をせずとも、性器同士を接触/圧迫するだけで充分であろう。
 つまり、男性性器が勃起しなくても、それに触れているだけで、絶頂直前の強い性的快感が、いつまでもいつまでも持続する。しかも、驚くべきことに、それほど強度の性的快感に貫かれ続けようとも、射精に至ることはない。
 いっぽう女性の場合、やはり性器に触れているだけで、性感は容易にオーガズムへと達し、また、それが途絶えることなく、果てしなく続くのである。
 女性は、いわゆる”イキっぱなし”になり、男性は、射精をする直前のエクスタシーに浸り尽くすことになる。
 延々と、いつまでもいつまでも、果てしなく。

 ゲイの覚醒剤セックスの場合、まず男性性器の性的反応は上述の通りである。
 アナルは、第一に、どんなに大きなものでも肛門から呑み込んでしまえると形容し得るほど、容易に弛緩してしまう。いわゆる、トロマン(の状態)と表現され、しらふのときでは想像すらできない太くて大きな物体をも挿入できるように、まさしく自動的な開発が為されてしまうのだ。
 フィスト・ファックにおいては、極めて有効な活用手段とも―――なり得る。
 第二に、アナルの快感は、これまた尋常ではない高みに達するため、前立腺と男性性器、それぞれへの丹念な刺激に伴う超・快感を融合することによって、平素、女性が得るであろう性的快感の絶頂―――および長時間の持続と、ほぼ同値のものを、男性でありながら獲得することが可能となる。

 女性と同等の性的快感を体得する。
 これは、ゲイ―――とくに”ネコ”にとっては、セックスの究極目標とも言えるものだ。
 このことが、ゲイの一部に、覚醒剤セックスに嵌った切り、どうしても抜けられなくなる人たちが存在すると言われる、確実な原因である。


 不幸な事象として、ハッテン行為の、ごく一部で、覚醒剤セックスが極秘のうちに営まれているとの情報がある。
 ネット上の書き込みを辿るだけでも、ある程度の実態を探ることができる。

 覚醒剤を用いて、いわゆる乱交セックスに及んだ場合、注射器の使い回しによって、あるいは強い性的快感で陶酔するあまり、コンドームの装着を疎かにしてしまうことによって、HIVの感染を許してしまう危険性が高い。
 単に覚醒剤の使用が精神病を発現させるのみならず、あわせてHIVにも感染してしまう恐れがあることを想えば、ハッテン行為の中で覚醒剤を(主として静脈注射で)摂取することが、如何に破滅的であるか、誰にでも理解されるところだろう。

 表だっては決して出てこない話である。
 覚醒剤を使うゲイは、もちろん覚醒剤を使うヘテロと同じく、そんな途方もない事実を、いたずらに公言することなど、有り得ない。

 問題は、ゲイだけに限ったことではない。ヘテロも同じだ。
 いま、ちまたでは、性別/セクシュアリティー/年齢(成年/未成年)を問わず、信じられない勢いで、覚醒剤が密やかに拡がっていることに疑いはない。

 人は、なぜ覚醒剤に溺れるのか―――。

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 覚醒剤問題が深刻なのは、ここで述べてきたように、性欲=性的快感という、人に根ざした強い煩悩に絡みついて離れないことである。
 どんな聖人君子でも、ひとたび覚醒剤による異常に強烈な性的快感の淫悦に触れた瞬間、狂気のエロに味を占め、ドロドロの性宴地獄から抜け出すことが難しくなる。
 非常に恐ろしい薬なのだ。

 覚醒剤を愛好していると、確実に頭が狂う。
 覚醒剤精神病は、仮に初めはいっときの通過儀礼に過ぎなくても、いずれは必ず慢性化し、しらふでも狂人と化すのである。

 もし、どなたかが覚醒剤を愛好していたら、もう一度おのれの有り様を客観的に想起して、誘惑を絶つ努力に挑んで欲しい。
 もし、どなたかの周りに覚醒剤を愛好する親しい人がいたら、おそらく本人も気付いているであろう、その危険性に、いまいちど真っ直ぐ目を向けるよう、勇気をもって諭して欲しい。


 たとえ淫らな悦びであろうと、それを堪能するだけで、ことが済むのなら、何もこのような警鐘を鳴らす必要はない。
 どんな賢者だろうと、一度、覚醒剤の虜となれば、必ずや精神を破壊する結果になるからこそ、我々は、斯かる事態を憂慮しなくてはならない。
 手強い魔性と戦わなくてはならない。
 繰り返す催淫を退けなくてはならない。

 悪魔の誘いは他人事ではない。
 誰にでも、及ぶ恐れがある。
 それゆえ、自戒を込めて語ったつもりだ。


〔参考〕
http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/DRamph.htm

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
どこにいるんだろう。覚せい剤も大麻も、やっているって言う人に会ったことがないけど。
th
2008/04/19 11:40
>thさん
 覚醒剤はダメですが、大麻だったら問題はないと思っています。何がダメで何が許容されるべきか、そうした議論さえできないほど、日本では情報が統制されているのですね。表立っては見えてきませんが、潜在的に、覚醒剤の愛好者は驚くほどたくさん居られると想っています。
円山
2008/04/20 05:22
「なぜ」覚醒剤に溺れるのか。
とても鋭い質問だと思います。学校では、「やめましょう」しか言われない。そりゃ、体に悪いのはわかっている。しかし、一時でも凄まじい快楽が得られるのも事実。毎日が苦しいばかりで、いいことなど一つもないならば、わかっててもやるだろう。そういう心理を無視して「やめましょう」だけ言っても、非常に薄っぺらい。
ちなみに指導していた教師連中の中にはタバコを吸ってる人もいたが、体に悪いとわかっていなかったのだろうか。質問しておけばよかったかもしれない。
アッキー
2008/04/21 00:57
>アッキーさん
 日本社会のドラッグに関するリアリティーの無さは、同性愛者、あるいはHIV/エイズについてのリアリティーの無さにも通じると思います。臭いものに蓋をする。見えなくしておいて、悪いだの、キモいだの、ゲラゲラ笑いながら、理解をした〜啓蒙をしたつもりになっている実情。これではいけないと感じます。実態をあからさまにすることで、本当に見えてくることがあり、本物を見知ることで、真剣な対応ができるものと、僕は考えるのですが……はてさて。
円山
2008/04/22 05:11

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