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help リーダーに追加 RSS 【コラム】 日本の同性愛者は平和ボケしているのか?

<<   作成日時 : 2008/03/15 06:14   >>

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「ねえねえ! 知ってる? イランって、ホモは見つかると死刑なんだって! それじゃ、”おネエMANS”に出てるタレントとかって、みんな死刑よね。それに、KABAちゃんとかもっ!」

 ―――この程度の認識しか持たない人たちを、僕は責めるべきなのだろうか?

 ―――そうではないのかも知れない。

 とりあえず、そこまでの情報を把握して貰えただけでも、おそらく、めっけものだと思わなければならないのだ。
 無知を責めても仕方がない。
 責めるより、学んでいただくよう努力することのほうが重要だと思う。

〔参考〕”おネエMANS”
http://www.ntv.co.jp/one-mans/profile/index.html

 四年前、語学留学のため、イランからイギリスへ渡ったゲイのメディ・カゼミさん(19)は、その二年後、イランに残したパートナーが<同性愛であることを理由に>警察当局によって逮捕……そして、処刑されたことを知ったという。

 ここに、こう書けば、たったの一文で終わってしまう。

 処刑とあるからには、殺されたのだ。
 絞首刑に処せられた―――と、報道にはある。

 カゼミさんの気持ちを想うと、その心臓が張り裂けんばかりの悲しみは、果たして如何ばかりであったろうか?
 本当は、いくら想像しても尽くせないはずである。

 愛する者を殺される苦悩を、僕は味わったことがない。
 もちろん、味わいたくもないが、同じゲイの一人として、僕は、彼の悲しみを分かち合いたい。

 殺されたパートナーは、処刑の前に、カゼミさんの存在を警察に話してしまったのだそうだ。厳しい拷問でも加えられたのだろう。包み隠さず話せば処刑しないと、騙された恐れもある。
 父親から、そのことを知らされたカゼミさんは、次に自分の身を案じることとなった。イギリス政府に、難民申請を行った。

 家族のいる祖国に戻れば、きっと殺されるだろうとの経験など、僕は、したことがない。

 外国で生活をすれば、誰にとっても、家族や友だち、そして親戚や同僚、自分が生まれた国の人々、言葉、文化、食べ物、空気の匂い、全てが懐かしい。いつか必ず帰りたい場所が故郷である。

 その祖国―――故郷が、自分を優しくは迎え入れてくれない。戻れば、きっと殺される。殺されたくはない。
 祖国―――故郷を棄てるしかない。

 祖国―――故郷を棄てるとは、家族も友だちも、そして親戚も同僚も、自分が生まれた国の人間、言葉、文化、食べ物、空気の匂い、全てを棄てることである。

 自分が生きるために。生きたいがために。
 その思いは当然だ。

 いったい、カゼミさんは、どんな思いで難民申請を出したのだろうか?

 イギリス政府への難民申請は、簡単には認められなかった。カゼミさんは、さらにオランダへと逃れた。
 オランダへの亡命申請は、残念ながら、ついに認められなかったようである。
 彼は、イギリスへ送還されることになりそうだ。

 しかし、ここへ来てイギリス政府は、カゼミさんをイランへと強制送還する措置を急がない決定をしたようである。
 さし当たっての朗報だ。

〔参考〕
同性愛者のイラン人男性、強制送還を一時回避、英当局が猶予
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2364156/2733837

 当たり前の判断である。
 本来なら、カゼミさんを<同性愛難民>に認定するべきなのだから。

 イギリス政府そして警察当局には、カゼミさんの身柄を保護し、安全を確保した上で、イギリスもしくは第三国で、彼が平穏な生活を送れるよう、万全の措置を講じて欲しい。
 難民として受け入れるのか、亡命を認めるのか、安全な第三国へ移すのか、―――いずれにせよ、イスラム原理主義独裁体制下にある現在のイランへ、カゼミさんを帰すことはできない。やってはならないことだ。

 そこは、国家による憎悪犯罪が容認された、ゲイ(同性愛者)にとっての地獄であろう。
 同じ地球上に、それほど野蛮な社会環境があって良いとは到底おもえない。

 イスラム教やイラン人が悪いのではないと思う。
 やはり、原理主義と、それに支配されている政治体制が悪いのだ。

画像

     ※イランで、同性愛者ゆえに絞首刑に処せられる十代の少年たち
         (と伝えられている画像)


 Shepard has been doing the best she can under the circumstances for almost a decade now.

 シェパード夫人は、ほとんどこの10年のあいだ、自らの状況のもとで最善の取り組みをしてきた。

 It was in 1998 that Matthew, her 21-year-old son, who was gay, was beaten, tied to a fence and left to die, which he died three days later.
 It was a hate crime that made headlines around the world.

 1998年。ゲイだった彼女の息子・マシュー(21歳)は、殴られ、フェンスに括り付けられ、そして死ぬべく放置され、とうとう三日後に死んだ。
 憎悪犯罪のニュースとして、世界中を駆けめぐった。

 Shepard's life changed forever.
 She went from Wyoming housewife and mother to international activist who, with her husband, Dennis, established the Matthew Shepard Foundation.
 Its mission: to combat hate and bigotry through funding "diversity and youth programs.

 シェパード夫人の人生は、永遠に変わることとなった。
 彼女は、ワイオミングの主婦そして母だった立場から一転、彼女の夫・デニス氏とともに、”Matthew Shepard Foundation”を創設した国際的活動家へと変身したのだ。
 その使命は、”多様性/青年プログラム”の基金積み立てを通して、憎しみや頑迷さと闘うことである。

 In the past decade she has traveled tens of thousands of miles, slept in more hotel beds than she cares to remember and has given thousands of speeches to more than a million people.
 Along the way she has met the rich and famous, as diverse as Hillary Clinton and Elton John.

 過去10年間、彼女は、思い出せないほど多くの回数、ホテルで宿泊し、何千マイルも移動して、百万人以上の人たちの前で、数限りなく多くの講演を行ってきた。
 活動を通じて、彼女はヒラリー・クリントンやエルトン・ジョンなど、さまざまな上流層や有名人たちと出会ってきた。

"Elton has become a friend," Shepard says.
"I lost my son, and now I have these other friends. It seems wrong on some level. It's very disconcerting."

「エルトンとは、友だちになったのよ」と、シェパード夫人は言う。
「私は息子を失ったけれど、いまでは、こうした大勢の友だちがいるの。まるで、身の程知らずね。おたおたしちゃうわ」

〔参考〕
「同性愛」で殺された息子…事件語り続ける母
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080312/crm0803121755027-n1.htm

〔参考〕
Matthew Shepard Foundation
http://www.matthewshepard.org/site/PageServer

〔引用元/参考(翻訳は円山)〕
Mom''s mission: Stop hate crime
http://sankei.jp.msn.com/usatoday/080312/usa0803121756004-n1.htm

 この事件の犯人たちにとって、シェパード君の虐殺は、一種の処刑だったのかも知れない。
 憎悪に根ざした侮辱、暴力、そして殺人。

 イランの体制が、同性愛者を処刑してきた残忍な振る舞いは、ゲイを嫌う二人組の男たちがシェパード君を虐殺したことと、本質的に同じである。

 事件後、アメリカ連邦議会では、憎悪犯罪防止法案が議題にのぼり、上院で可決をみたものの、下院では否決。
 いまだに、成案となっていないのだという。

画像

                ※故・マシュー・シェパード

 Not as quickly as Shepard would like, however.
 Her biggest disappointment is that the Matthew Shepard Hate Crimes Prevention Act, which includes crimes based on sexual orientation, has yet to be enacted into federal law.
 It would give federal authorities greater leeway to participate in hate-crime investigations and step in if local authorities don't act.

 だが、シェパード夫人が望むように速くは事が進んでいない。
 彼女が最も失望しているのは、セクシュアリティー差別に根ざす罪を含む<マシュー・シェパード・憎悪犯罪防止法案>が、まだ連邦法として成立していないことである。
 そのことが、もし州の権限が機能しない場合、連邦的権限が憎悪犯罪捜査に加わって介入することへの大きな遅れをもたらしている。

 Although passed by the Senate and attached to a defense spending bill, the act was removed because it didn't have enough votes to pass in the House.

 連邦議会上院を通過し、国防支出法案に添付されたにも関わらず、この法案は、下院で充分な賛成票を得ることができず、廃案になっている。

 Opponents of the hate-crimes proposal says it's not needed because state and federal laws already outlaw violence against individuals.

 この憎悪犯罪防止の提案に反対する人たちは、州法や連邦法がすでに、個々の人々に対する暴力を違法と定めているため、あえて制定の必要がないと発言しているのである。

 …………

 Shepard also points out what has and what hasn't changed in the 10 years since her son was murdered.
 What hasn't is that hate crimes continue.
 She mentions the recent murder of Lawrence King, a gay 15-year-old junior high student in Oxnard, Calif., who was shot to death by a fellow student.

 シェパード夫人はまた、彼女の息子が殺されてからの10年間に、何が変わり、そして何が変わっていないのかを指摘している。
 変わっていないのは、引き続き憎悪犯罪が起きていることだ。
 彼女は、最近発生した、カリフォルニア州・Oxnardにある中学校で、15歳のゲイ少年Lawrence King君が同級生によって射殺された事件について述べている。

"This terrible incident underscores the fact that we cannot let hate go unchecked in our schools and communities," Shepard says.
"Our young people need our direction and guidance to prevent this type of crime from happening."

「この恐ろしい事件は、もはや私たちが学校や社会で、憎悪を放置しておくことができないという事実を強調しています」と、シェパード夫人は言う。
「こうした事件を受けて、私たちの若い人々は、この種の犯罪を防ぐための私たちの方向性や指導を必要としているのです」

 What has changed, she says, is that when she was growing up in Wyoming, "no one talked about it" - "it" being homosexuality.

 では、この10年間で何が変わってきたのだろうか。
 彼女は、こう言っている。
 彼女が、このワイオミングで育ってきたとき、一人として、誰も”そのこと”を語りはしなかった。そのこと、つまり同性愛であることについてを。しかし、いまは違う―――と。

〔引用元(翻訳は円山)〕
Mom''s mission: Stop hate crime
アドレス上掲

 日本では、まったく事情が異なるではないかとの、異論が起こっても不思議ではない。
 日本で、誰が同性愛者を狙った人殺しをするものか。そうお考えの方は大勢いらっしゃると想う。
 だが、アメリカで起きてきたことは、いずれ、この日本でも起きる恐れがある。
 すでに、ゲイだから襲ってしまえ―――という事件は、日本でも実際に起きている。今後、場合によっては、ゲイだから殺してしまえ―――と血迷う人間が、きっとこの日本にも現れるだろう。

 憎悪は、おのれの衝動を、ことごとく正当化するものだ。

 将来、日本でもゲイに対する憎悪犯罪が顕著になる危険性を念頭に、真っ先に為されなくてはならないことがあるように思う。

 とくに若い世代に、<アメリカでは、マシュー・シェパード事件や、先日のゲイ中学生射殺事件のように、ゲイがゲイゆえに憎まれ、そして殺されているという事実がある>と、しっかりと教えておくべきだ。

 そして、日本でも新木場殺人事件が起きているのだと。
 ゲイゆえに襲われ、そして殺されたケースが現実にあるのだと。

 さらに、地球上にはイランのような体制があって、全体主義を以て同性愛者を弾圧していることもまた、若い世代をはじめ、一人でも多くの日本人たちに知って貰わなければならない。

〔参考〕
学校裏サイト3万8千件、「ウザイ・消えろ」2割に中傷
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080314-OYT1T00530.htm

 中には、『ホモ、氏ね!』―――という書き込みもあるに違いない。

 イジメは、むかしからあったし、これからもなくなることはないだろう。ただし、時代の変化とともに、イジメの質が変わってきていることを思い知る。いまや、子どもたちだって、PC/インターネットを使いこなす高度情報化社会だ。子どもたちにとってもまた大切なのは、情報の使い方/使わせ方、つまり情報を如何に選別するかではないのか?

「ねえねえ! 知ってる? イランって、ホモは見つかると死刑なんだって! それじゃ、”おネエMANS”に出てるタレントとかって、みんな死刑よね。それに、KABAちゃんとかもっ!」

 お気楽とも言える反応の軽さ。
 まるで、他人事である。
 僕らの日本、いまの姿なのだ。

 これを他人事として、いつまでもお気楽に笑って済ませられるような日本であり続けることが、果たして、僕のようなゲイにとって幸せなことなのだろうかと、複雑な気持ちになる。

 なるほど、殺されるよりは、増しだろう。
 しかし……。


 イランでは、”おネエMANS”に出演しているようなタレントが、みんな死刑になる。KABAちゃんだって殺される。
 アメリカでも、
「あいつは、ゲイだったから、犯った……」と、ゲイであることは、れっきとした殺人の動機になる。

 この現実が、いったい何を意味しているのか―――が、このまま将来に亘って、日本では一般に、ほとんど理解されないまま、ときが過ぎて行くのだろうか?

 ゲイ(同性愛者/LGBT)への嫌悪は、日本でも、やがて憎悪に変化するかも知れない。
 憎悪は、いとも容易く、ゲイ(同性愛者/LGBT)を殺そうとするかも知れない。

「あり得ないよ。そんなこと。日本じゃ……」と、それらの『……かも知れない』が、いつまでも杞憂であり続けるものだろうか?

 そして、仮にそうだとして、それが本当に良いことなら、構わないのだが。

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
殺されていく少年たちが、悲しくて見てられません・・・。
取り返しのつかない理不尽な出来事を知る度に無力感に襲われます・・。侮辱されても殺されるよりマシというのは、なんと悲しい考え方でしょう。私もこの二択なら、侮辱される方を選んでしまうでしょうね。
アッキー
2008/03/15 11:21
この写真他のサイトでも見ました。絶対許せないです。
国連がもっとイランを非難すべき。こんなのはどう考えても人権侵害です。自分達も何かできることはないか考えた方がいいと思う。こういう被害者の助けを受け止めれられるのは自分達しかいないんだから。
mcglow
2008/03/15 11:51
とても容認できない、悲しい現実です・・・。
海外では(欧米諸国でも)一部で、こういった『同性愛は殺してもいい!!』という過激な輩がいるという事実を肝に銘じておく必要がありますね。

同性愛は『死刑』という事に関しては撤廃するよう国連も含め非難していく必要があると思います。
ただし、イスラム原理主義の思想に支配されている事、それを認めている体制に関してはその国と国民が判断し、形を変えていくほかないでしょうね。
これを外の力で変えようというのは、アメリカのイラク戦争と本質的な部分では変わらなくなってしまう可能性がありますから。
1st
2008/03/15 12:44
奇しくもぼくのアボルファズル・ジャリリ監督によるイラン映画『ハーフェズ ペルシャの詩』の感想文と前後してのエントリーですね。
ジャリリ監督はゲイ的な感受性の持ち主だと思うんですよね。
恋1つ表明できない社会の息苦しさを描き出す一方で、しかしその社会を構成している<抑圧的な>人びとをジャリリは直接には否定しないんですよ。
ひとりひとりの人は、善良で敬虔なイスラム教徒であり彼らが守るべき宗教的戒律と、日常生活を維持するために、古来行われてきている習慣を守っているだけのことです。
どこにも悪い人間はいないのに、ある視点からみるとどちらかが悪者に見えてしまう。
玉野真路
URL
2008/03/15 17:13
続きです。
当然、ぼくらは恋を成就できない主人公に感情的には入れ込んで見がちになるんだけど、ジャリリはそんなうすっぺらいことを言っているわけじゃないんですよね。ジャリリはインタビューなんかで「地球人」という言い方をするんだけど、さまざまな文化が交錯し、さまざまな価値観が対立する地球レベルでみると、どちらも相対化できるってことなんだろうと思います。
この中庸の美徳は、ともするとイスラム社会側からも、近代自由主義社会側からも中途半端に見えたり、逆に行き過ぎに見えたりするのかもしれないけれど、守り通す倫理性の強さは、やはりジャリリの魅力です。

直接関係ない話になってしまいましたが、「地球人」が一方の人間を殺してしまうような悲惨が起こらないことを、ジャリリに敬意を示しつつ願いたいと思います。
玉野真路
2008/03/15 17:14
>アッキーさん
 僕自身、素手で攻撃者を撃退できるような護身法を身に付けておけば良かったと思いつつ、結局どれだけ屈強な身体に鍛え上げても、権力や銃弾には無力ですね。そう。仰るように、まさしく無力感……。
 他人(ひと)を思い遣る心を養う教育。子どもの教育だけでなく、誰に対しても。それを、もっともっと効果的に、やらなくてはなりませんね。
円山
2008/03/16 08:17
>mcglowさん
 今後も、同性愛難民を救おうといったネット署名運動など、起こることがあるでしょうから、そういうときには、協力をしたいと思っています。これは具体的に可能です。しかし、憎悪犯罪を食い止めるには、厳しい法制を整えること、””憎むな殺すな””と訴え続けること、異なる価値観への寛容な精神を育むこと、など、粘り強く努力を続ける必要があり、忍耐力が決め手ですね。
円山
2008/03/16 08:18
>1stさん
 道のりは遠いなあ―――と感じます。国連の非難決議ができるのなら、して欲しいところです。でも、仰るように、全く相容れない価値観が衝突するとき、これを多数決で処理しても、対立の炎に油を注ぐだけなのですよね……。悲しいなあ。僕は、イスラム教徒の全てが同性愛を絶対に認めないかと言うと、決してそうではないと思っている/思いたいのです。悪いのは原理主義―――ということにしてしまう/しまいたい。つまり、極論に立っている限り、事態は破滅に向かうしかないのではと。それは、イスラエルもアメリカも同じです。いっぽう、曖昧な日本流が優れているのかとなると、これはこれで問題があるとも感じます。ただし、僕らは殺されない世界で生きている。「殺されないのなら、いいじゃないか」と言いたくなる気持ちも解らないではない。でも、納得もできません。共存という意味では、日本流のあり方が近道だとは思えるのですが……。僕らは幸せなのでしょうか? 難しいなあ。
円山
2008/03/16 08:20
>玉野さん
 鑑賞録を拝読して、仰りたいことが解ったような気がしています。なるほど、象徴的な作品なのかも知れないなと感じました。映画ならではだと。映画って、何の寸評をも加えず、淡々と映し出すことが可能で、効果的な表現手段となり得ます。文章でも、できなくはないのですが、どうしても主観を伴い易い。なので、映画ならではだと。一種の滑稽さをひたすら描くことで、鑑賞者に意図を伝える、そういう手法を僕も応用しなくちゃ。円山はくどいと、よく言われちゃうので。とは言え、命を奪われるかどうか、その瀬戸際に立たされる身に、もし自分がなったら、あるいは愛する者がなったら、ただ滑稽だと言って済ませるわけにも行かず、必死の思いを訴えたくもなります。漫然と、事態を傍観/看過できない苛立ちは、なぜ相容れない認識が一つの世界に同居しているのかと、どうしても向こう様を責めたくなります。共存しか答えがないとしても、絶対に共存できない異質と異質は、結局どちらかが打ち負かされるまで闘いを止めないのでしょうか。僕は、悲しい。とても滑稽だとは、突き放せません。僕が、まだまだ未熟だからです。
円山
2008/03/16 08:22
イランのように法的に同性愛を死刑として
いるということは同性愛があると認識
されているということですよね。
日本では同性愛がない前提で法律が整備
されているので、イランのようなことは
起こり得ないけれども同性愛の存在が無視
されているので、死刑になりうることは
ないけれど、これ以上権利を得る可能性も
ないような気がしてなりません。
私はむしろ同性愛がない前提という状態
の方が怖いです。
みすてぃー
2008/03/16 21:28
>みすてぃーさん
 同性愛を厳しく取り締まるのは、同性愛者を想定しているから―――興味深いですね。かつて、イランのアハマディネジャド大統領は、「イランに、同性愛者は存在しない」と発言したことがあるようです。もし、存在しないのなら、イランの刑法に同性愛者を処罰する定めがあるのはどうしてなのでしょう。矛盾していますね。日本の法律は、同性愛者を想定していません。このまま、想定されない状態が続くのは、僕ら同性愛者にとっての不利益です。だから、これからは同性愛者を想定して貰えるよう、僕らが頑張らなくてはならないということです。大丈夫。時間が掛かるだろうけれど、きっと時代の変化は、同性愛者に味方すると、僕は信じています。日本に、イランのような圧政が敷かれない限り……。どういう社会を作るかは、僕ら自身の手に委ねられています。日本は、民主国家なのですから。諦めないで、頑張りましょう。それぞれが、できる何かを以て。
円山
2008/03/17 00:06
キリスト教とか、イスラム教の
影響の強い国とは違って、日本では宗教上
同性愛に比較的こだわりがない。同性愛を
犯罪とか罪悪に結び付けていないのは同性愛者にとってよいのではないか。しかし当然日本でも異性愛者は、生理的に嫌悪を感じ
同性愛に対しての差別的傾向は大いにあると思われる。圧倒的に異性愛者が多いので
社会的にも同性愛者を排除しようとする
傾向は今なお強い。同性愛者を排除するまたは差別するのでなく、同性愛は人間として生きていく基本であること。それは異性愛者が異性愛で生きていくことと同じであることを理解してもらうように努力することが大切と思う。
同姓同名
2008/04/02 18:32
>同姓同名さん
 もちろん、仰る通りです。日本の宗教観はキリスト教圏とは大きく異なり、それが日本の同性愛者にとって有利点であることは確かです。その有利点を活かしたいものだと、僕はかねがね思っており、そのようなことをもまた書いてきました。今回言いたかったのは、日本人の同性愛嫌悪の中に、同性愛者など殺してしまえ/殺したって構わない、といった意識が全くないと断じることはできないでしょうね―――という話で、同性愛者を排除しようとする心の根幹は、同性愛者を抹殺しようと思う心の根幹と、つねに隣り合わせになっているに違いないと、僕は警戒心を忘れないで居りたいのです。今後、同性愛者の存在が顕在化すればするほど、攻撃の標的になる危険も増しましょう。そのことを、強く心しておきたいなとの、自戒を込めて。
円山
2008/04/03 07:45

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