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help リーダーに追加 RSS 【A Gay's Mumble】 恋の記念日は365日<ホワイト・デー>

<<   作成日時 : 2008/03/13 07:21   >>

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 今年の聖ヴァレンタイン・デーは、関わった公演の当日だったこともあり、ちょっと忙しかったので、とくに、このブログで取り上げることもなく素通りしてしまった。

 去年は、こんなことを書いていた。

 ヴァレンタイン司祭が、禁じられていた若い兵士たちの結婚を、こっそり執り行ってくれた物分かりの良い聖職者だったことから、彼を崇めて、聖人ヴァレンタインの日と定め置かれたという、起源のその部分だけに注目しますと、
”禁じられた結婚を叶えた”――との辺り、ゲイとしては、ちょっとビビっと来るわけです。

 カトリック教会が、イエスの思いに反して、頑なに教条主義を掲げていることは誠に残念です。

 聖職者たちの本心では、ゲイだって人間だ、神が創り賜うた自然のひとつの形だ、――と、きっとお解りになっている筈です。私は、そう信じたいなあ。
 なにせ、イエスという人は、ユダヤ教の欺瞞に満ちた教条主義に反対して、結果、権威筋の嫌悪を一身に受け、磔刑に処せられる羽目になったのですから。
 イエスは、当時、ユダヤ社会の悪しき価値観から人間ではないと見下されていたような人たち、――律法を守らない人々、貧しい人々、重病を患っている人々――などの家々に赴き、一緒に食事をしたようなお方です。
 イエスほどの人が、ゲイを蔑むような考えを持つわけがありません。

 カトリックの聖職者といえども、きっと内心では、このような考え方のできる人はいるでしょう。

 ヴァレンタイン司祭にしても、ローマ帝国皇帝クラウディウス2世の命令を理不尽だと感じたからこそ、若いローマ兵士たちの結婚に、こっそり祝福を与えたのでしょう。彼自身、それが人の道だと解っていたからでしょうし、カトリック教会も同じ理解だったからこそ、彼を聖人に列し、ヴァレンタインデーを祝うのでしょう。

 相も変わらぬ教条主義を引き摺り、ゲイ(LGBT)を頑として認めようとしない現代カトリック教会の態度を、イエスも、ヴァレンタイン司祭も、絶対、苦々しく感じておられるに違いありません。

 欧米では、男性からでも女性からでも、チョコレートに限らず、花束とかカードとかお菓子とか、いろいろに工夫したプレゼントを、恋人へ贈る。つまり、すでに交際関係にある恋人たちが、””愛を再確認する””意味を持つようだ。
 いっぽう、僕の認識だと、日本のヴァレンタイン・デーは、女性のほうから男性へ””恋を告白する””意味を持っている。主体と客体、そして目的が、欧米の習慣とはかなり異なる。
 そのため、日本では、男性から女性へ告白や贈り物、あるいは返礼をする記念日も、別途必要ではないかとの発想から、3月14日をホワイト・デーとする習慣が独自に生まれた。
 ホワイト・デーの起源には、”全国飴菓子工業協同組合”が1980年に始めた説、”石村萬盛堂”が1978年に始めた説、―――があり、どちらが元祖なのか不明だ。この日が、どうしてヴァレンタイン・デーの一ヶ月後なのかも、いろいろな説明があるが、はっきりした根拠が判らない。

〔参考〕
http://www.candy.or.jp/whiteday/index.html
http://www.ishimura.co.jp/mashumaro/mashday.htm

 いずれにせよ、こういう日も必要だ→それに商売になる→じゃあ作ってしまおう―――と、そんなことを言いながら、あっさりと定められたイヴェントなのだろう。

 日本文化の影響を受けやすい韓国や台湾でも、ホワイト・デーの習慣が持たれるようになった。

 どういうわけなのか、韓国ではさらに、4月14日にブラック・デー、5月14日にイエロー・デーが派生して定められているらしい。
 4月14日のブラック・デーでは、ヴァレンタイン・デー/ホワイト・デーを経てもなお、恋人に恵まれない人たちが、黒装束に身を包んで、もっぱら黒い物を飲食するのだそうだ。おそらく、恋人がなかなかできない事実を互いに露呈し合うことで、手っ取り早く恋人を調達しようとの狙いがあるのだろう。
 5月14日のイエロー・デーでは、ブラック・デーの後も、まだ恋人ができない人たちが、黄色い服を着てカレーライスを食べ、淋しい身の程を訴えることになっているようだ。

 ついでに調べてみると、韓国には、ゾロゾロとあるはあるは―――、1月から12月まで、毎月の14日が、何らかの恋人記念日に設定されている。
 中でも、6月14日のキッス・デー、12月14日のハグ・デーは、あたかも、それぞれその日になって、ようやく親密さの段階を、次へ進ませることが許される―――という意味なのかと勝手に想像し、ちょっと不思議な気持ちになった。

 この分だと、初体験を許されるセックス・デーがあってもおかしくないのに―――などと、実に余計なことまで考えてしまった。
 とにかく韓国人は、イヴェントごとが大層お好きと見える。

 ちなみに、日本にはオレンジ・デーなる記念日まであるようだが、これは愛媛県のオレンジ生産農家が始めたイヴェントらしい。オレンジ、またはオレンジ色のプレゼントを交換して、恋人たちが愛を確かめ合うことを意図しているそうだ。

画像

 おそらく、いや間違いなく、こうした恋人記念日の数々は、男女のカップルだけを想定している。
 男同士/女同士のカップルが、愛を告白したり、確かめ合うイヴェントなど、ついぞ聞いたことがない。
 もちろん、同性カップルの絶対数が少ないので、まず以て商売に結び付かない。従って、左様なものをやろうなどと言い出す人がいようもない。

 べつに、ここで不公平だと息巻いてもバカバカしいだけなので、そういうことを言うのではない。

 何となくだが、ゲイ/レズビアンも、自らの恋心を告白したり、カップルが互いの情愛を示し合うようなイヴェントごとを創設したらどうなのか―――と、軽いノリで考えた。それだけのことだ。

画像

 カミングアウト・デーという日が、アメリカにはあるらしいが(10月11日、1988年に制定)、これは、同性愛であることを””みんなで告白すれば恐くない””的なイヴェントでもあるのだろうし、寛容な意想を抱く””著名人ヘテロ””を含め、セクシュアル・マイノリティー解放の主唱者たちが、同性愛への理解を積極的にアピールする意図があるようだ。
 確かに、この日を機にカミングアウトをするゲイ/レズビアンが多いのなら、
「それじゃ、僕も/あたしも」と言い出す人たちが増えてもおかしくはない。
 もっとも、何があろうとカミングアウトをしないと頑なな人たちも多いだろうから、イヴェントごとに関わらず何も起こらない人には何も起こらない。
 だが、カミングアウト・デーがあるということだけでも、良いか悪いかと問えば、良いことだと思う。

 ご商売をなさっている人たちにとっては、大事な書き入れ時だから、ホワイト・デーもシルヴァー・デーも、それはそれで良いだろう。
 でも、一般人が商売に踊らされているだけというのも、何となく空しいものだ。

 敢えて、つまらない話を一つすると、本質的には、どんなイヴェントごとも必要がない。
 毎日がヴァレンタイン・デー、毎日がホワイト・デー、そして毎日がカミングアウト・デー。

 それで構わないはずである。

My funny valentine
Sweet comic valentine
You make me smile with my heart

You looks are laughable, unphotographable
Yet you're my favorite work of art

Is your figure less than greek
Is your mouth a little bit weak
When you open it to speak, are you smart?

Don't change a hair for me
Not if you care for me
Stay little valentine stay

Each day is valentine's day



おかしなヤツさ 俺の恋人
マンガみたいだ 俺の恋人
お前は、俺を心の底からハッピーにしてくれる

お前はよく笑う
めっちゃ、かっこいい
まさしく、お気に入りのアートってとこだ

ギリシア人より背が低いって?
気の利いたことが言えないって?
お前が何かを喋るとき
こいつ大丈夫か?……って思うけど

髪型なんて変えないでくれ
俺のことが好きならさ
いつも一緒に居てくれよ
愛おしいヤツ

毎日が、ヴァレンタイン・デーなんだから



              (日本語歌詞 円山)

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