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help RSS 【A Gay's Mumble】 戸籍制度は、同性カップルに優しくない

<<   作成日時 : 2008/03/30 09:50   >>

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 ヤツ(僕のゲイ・パートナー)のお母さんが亡くなってからというもの―――、お父さんもすでになく、文字通り<子、ひとり>になってしまったヤツに、目下、僕は日々、付き添うようにして生活している。

 思い知るのは、まさしく<家>を中心/基準にして、この日本の社会ができあがっているのだな―――ということだ。

 経験なさった方々も多かろうと想うが、親御さんが亡くなると、財産の相続に際し、何よりも必要とされるものは、その亡くなった親御さんの、出生から死亡に至るまでの個人記録一覧である。
 つまり、亡くなった人に、どれだけ相続権者が存在するかを明確にすることから、相続問題は出発する。
 早い話、隠し子/隠れ子探しを始めるわけだ。

 戸籍謄本(除籍謄本)を取り寄せることになる。

 この戸籍とは、まさしくその名の通り、<戸=家の籍>である。
 まず<結婚によって成立する家>を単位として設定し、その<家の籍>に、どのような人間が出たり入ったりをしたか―――という記録が、延々と綴られるのが戸籍だ。

 戸籍には必ず<筆頭者>がいて、その籍を代表している。
 たいていは、家長、亭主、夫、である男性が、この筆頭者となる。
 そのように、戸籍制度の原則が置かれていることが判る。

 女性は、結婚をすると男性側を筆頭者とした<新しい家の籍>に””入る””ことが、やはり原則となっていて、姓=名字を変えなくてはならない。
 離婚をすると、女性のほうが<夫の籍>を””出て””、もとの<実家の籍>に戻る。

 男性が、<妻を筆頭者とした新しい家の籍>に入ることなど、滅多にないはずだ。
 すなわち、日本における結婚制度とは、男性中心に成立していることが見て取れる。

 ほとんどの女性の場合、結婚をすると<実家の籍>を出て、夫が筆頭者となって開く<新しい家の籍>へ入る。
 <実家の籍>には『×印』が付けられ、<籍を抜かれる>。
 女性は、離婚をすると、またもとの<実家の籍>に戻ってくるが、<新しい家の籍>へ入るごとに本籍地が移動するので、例えば<離婚→再婚>を繰り返した女性は、あっちこっちと、何箇所も戸籍の足跡を残してゆくこととなる。

 仮に、そのような女性が亡くなった場合、さあ相続―――の段になると、遺された者は、ひたすら、その女性が辿った人生の道筋に沿って、あちこちの役所/役場へ連絡を取り、結婚相手の籍に入っていたときの記録を、ひとつひとつ別個に取り寄せなくてはならない。

 これは、とても煩雑な作業だ。
 亡くなった女性の遺族は、その悲しみの最中に、ややこしいパズルを紐解かなくてはならないような作業を課せられ、しかも早く早くと、急っつかれる羽目になる。

 戸籍謄本を取り寄せると、そこにはいろいろなことが書いてあるから、戸籍を構成する人たちが、それぞれ現在、どこの地番の戸籍に、どう入っているのかなど、全てを知られるところとなってしまうのが、よく判る。

 個人の尊厳が大切にされていない。
 あくまで、戸籍の主体は<結婚によって成立する家>なのである。

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 いますぐに……ということはないものの、ゆくゆく将来、僕はヤツを養子に迎えようと考えている。
 これからも、おそらく終生、僕はヤツと一緒に暮らして行くことになると想うのだが、人生の終わりまでには、養子縁組を整えるなどして、ヤツに僕の何かを遺して譲れるようにしておきたいからだ。
 もっとも、パートナー制度が施行されるようなことになれば、パートナー登録をするだろうけれど。

 しかし、いっぽうで戸籍制度が敷かれる限り、そうした養子縁組にせよパートナー登録にせよ、戸籍謄本を見られたら、ほかの家族(親族)に、事実が一目瞭然となってしまう可能性がある。
 あくまで個人の問題であるにも関わらず。

 だから、同性カップルであることを誰にも知られたくない場合、せっかくの選択肢なのに、法的保障/防衛である養子縁組を(施行されればパートナー登録をも)躊躇せざるを得ないケースが出てくることだろう。
 それでは、どうも納得がいかない。

 いまの戸籍制度は、同性カップルに、まるで優しくない。

 はっきり申して、戸籍制度は、しょせん旧時代の遺物である。
 廃止してしまえ―――と、僕は思う。


 日本が太平洋戦争に負けた後、戸籍制度は、その性質として、<家>から<夫婦>へと、基本単位を変更したことには一応、なっているようだが、それでも結局、事実上は、<○○家>/<○○一族>の介入を念頭に置かざるを得ないのだ。
 こうした登録制度のありかたは、いまいちど見直されるべきである。

 要は、戸籍ではなく<個籍>制度に改めていただくことはできないものかと、僕は申し上げたい。

 家族とは言え、個人は個人である。
 僕らが社会生活を営む動物である限り、その個人の存在を登録/管理することは、どうしても必要であろうことは認める。

 だったら、ひとりひとりの個人が、出生の瞬間から死亡の瞬間まで、

  ―――いつ結婚をして、
  ―――いつ住み処を転じ、
  ―――子どもが誰と誰で、

 あるいは、
  ―――いつ離婚をしたのか、

 または、
  ―――いつどのような養子縁組をしたのか、
  ―――いつどのようなパートナー登録をしたのか、

 それらを追って行くことができる記録簿が、一人に一冊ずつ割り当てられていれば、それで充分ではないだろうか?

 プライヴァシー・セキュリティーや、内容の正確さを完璧にすることができることを前提にした上でなら、僕は、<個籍>の全国オンライン一元管理化にも賛成である。
 便利だからとの点で。

 そうしておいて、日本国籍所有者の誰もが、唯一自分のみを、個人証明することできる<IDカード>を、国あるいは自治体の責任で、もれなく発行するのが良い。

 自分と、自分の遺産継承権者だけにアクセス権がある<IDカード>が、個人の生涯履歴を暗号化して記録/暗号を解いて閲覧できる、無二の媒体だと位置づける。
 そのほうが、明らかに現代的/未来的/合理的だと、僕は思う。

 ……のだけれど、<宙に浮いた年金5000万件>問題で露呈した、日本の役所の無責任/杜撰(ずさん)体質を考えると、まだまだまだ、日本の行政に信頼を置くことなどできっこない。

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 国民年金の<個籍>でさえ、どうしようもなくデタラメに扱われているのだから。
 簡単に許して良い問題ではない。諦めてもいけない。

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※ある知人に最近おくられてきた<ねんきん特別便>。印刷ミスが報じられるまでもなく、6歳から厚生年金を納めていることになっているなど、他人のデータが紛れ込んでいることは一目瞭然だった。後日、訂正版が再送されて届いたが、それでも相変わらず生年月日が間違ったままなのだそうだ。メチャクチャなのである。

 問題が、疾うに発覚していると言うのに、社会保険庁が、またもやヌケシャアシャアと低次元の大間違いをやらかしている事実は、この現行年金制度を、一日も早くご破算にして、いちから方法論を積み重ね直さなければ、とてもじゃないが、すでに足を踏み入れている超・高齢化社会に対応できる年金制度に進化するとは、流石に思えないことを示している。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
日本国民一人ひとりにID番号=社会保障番号を割り当てるシステムには大賛成。ずっと以前から自分もそう思ってました。諸外国、どの国を見ても、ID番号を持ってない国民は日本ぐらいなのではないでしょうか?
josh
2008/03/31 23:18
>joshさん
 僕も、戸籍制度より、個人の人生記録=個籍制度のほうが良いと思います。IDカード・システムですね。
 しかし必ず、情報の一元化=国家による国民管理との反対論が出てきますが、そこんとこって、どうなのかなあ?
 セキュリティー面で、国家による覗き見さえできないようなシステムを完備する必要がある……という意味では、現行の戸籍制度/住民票制度でも同じことですのに―――ね。
円山
2008/04/01 00:59

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