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help リーダーに追加 RSS 【コラム】 ナショナリズムが民を滅ぼす

<<   作成日時 : 2008/03/21 18:44   >>

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 中国政府が、チベットを統治していることは事実ですから、彼らに言わせれば、
『国内問題である。内政干渉をするな』の一辺倒で済まされることになります。
 しかし、チベットはチベット人たちの土地なのです。
 本来はチベット人たちの手に委ねられるべきであることは明白です。

 ダライ・ラマの主張は一貫しています。
『闇雲に独立を要求しないが、高度の自治を認めて欲しい』と訴えておられるのです。
 非暴力に徹して、共存したい―――と、初めから妥協の姿勢を示しているのにも関わらず、中国政府は強引な同化政策をとってきました。

 一説によれば、それは民族浄化政策とも言えるもので、チベット女性たちが漢民族に強姦されるいっぽう、チベット男性が断種をさせられている―――とも伝えられています。
 大量の漢民族がチベットへ流入し、現下の経済発展と相俟って、もっぱら漢民族が経済的にもチベットを支配している―――とのことです。

 文化大革命期の中国政府/共産党は、チベット人の信仰文化をことごとく破壊しようと試み、またその被害も甚大なものだったと聞きますが、現在の中国政府は、チベット懐柔政策の一環として、寺院の修復や仏具制作への援助など、あくまで表向きは、チベット人の信仰文化を守る姿勢を見せては―――おります。

 とは言え、いつだったか、<懸命に五体投地の修行をしているチベット人の姿を、中国人観光客が、間近でカメラ撮影などしている様子>だと言われている写真を、初めて目にしたとき、僕は大層、嫌な気持ちになりました。
 漢民族は、チベット人たちを、””コケにしている””のだろうか―――と。
 そうではないことを、願いたいものです。

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※懸命に五体投地の修行をしているチベット人の姿を、中国人観光客が、間近で眺め、カメラ撮影などしている様子―――と伝えられている画像

 敬虔な仏教徒(ラマ教/チベット密教)にして、性格もまた穏やかなチベットの民は、もっぱら信仰を体現する生活を守ってきました。

 彼らは争いません―――本来は。

 従順で、助け合うことを人生の本旨としています。現世の善行が、必ずや来世の幸せに結び付くと信じているからです。

 僕はかつて、インド領になっている西チベット―――ラダック地方と呼ばれているエリアに三ヶ月間ほど滞在をし、ドキュメンタリー映画の撮影に携わっていたことがあります。

 伝承 Transmission
 http://www.motherbird.net/~transmission/

 その滞在中、僕はチベットの人たちと彼らの信仰生活に深く接しました。
 だから、彼らの敬虔な信仰、人としての優しさ/穏やかさが実感として判るのです。

 そのチベット人たちが、あれほど怒っているのですから、中国政府のとってきた政策が、如何に非道いものであったのかを物語っていると、僕は感じます。
 憤りを以て。

 でも―――、
 ひとつ大事なことがあります。

 中国政府に対する非難は、実にもっともな話―――まさしく当然のことなのですが、そのいっぽう、僕は<ナショナリズム>が際限なく高揚する現象には訝しさを感じます。
 あくまで、冷静な態度を持ち続けなくてはならないと思うのです。
 さもないと、結局はまた対立と戦争を招いてしまうのだから―――と。

 目下のところ、いくらダライ・ラマが平静を呼び掛けても、チベット人の、とりわけ若い層が強硬な行動に走っているようです。
 それは、大いに危険なことだと心配になります。

 北京オリンピック前の現段階で、チベットの闘争が中国人(漢民族)の支持を得るのは不可能でしょう。
 かえって、中国政府の残忍な仕打ちに遭うだけです。

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※チベット人の少女を処刑する中国兵士―――と伝えられている画像

 中国政府に国の民主化を求める動きは、チベットの人たちとともに、漢民族自身―――<個々の人間>が起こしてゆかなければならないのだと思います。

 同時に僕は、日本のナショナリズムが、反中国で結束することにも危惧の念を覚えます。それでは決して良い流れにはならないだろうと。
 中国政府への糾弾は、国家/民族の枠にとらわれない、<人間個々の声>であるべきだと、僕は考えます。

 あの非民主的体制を、今後も中国の人たちが自己改革しないでいると、どうなるのでしょう。
 一大軍事国家中国が、併せて、ああした経済発展を続けることによって、今後は世界的規模で中国との摩擦が激しくなろうかと想います。

 しかし、いずれは中国にも、経済発展が滞るときがやって来るはずです。
 そのとき、中国国内の貧富格差問題、民族問題、人権問題、それら蓄積された不満が一気に爆発して大混乱に陥る恐れがあります。

 すでに、有害食品、模倣商品、著作権侵害、市場席巻、大気/海洋汚染、温室効果ガス、―――と、中国を巡るさまざまな問題が起きていますが、行き着くところ、いずれは中国の人権抑圧問題へと批判のテーマは集約されることでしょう。

 将来、経済的破綻によって恩恵が望めなくなった中国に対してアメリカがとるであろう政策は、何にも増して、民族・人権問題への圧力策となるはずです。
 それが中国政府の高慢さに火を点け、油を注ぎ、米中の緊張が高まることに繋がり、―――おそらく台湾問題を切っ掛けにして、米中が軍事的衝突を起こす事態が予想できます。米中はそれぞれ、その衝突のときを想定して、軍事的な準備を進めていると想われます。

 中国政府が自主的に民主化へ踏み切らない限り、歴史のステージは、必ずや米中軍事衝突へと繋がるはずです。

 アメリカは日本を最重要拠点と考え、日米軍事同盟の一層強化を至上命題に掲げています。
 米中軍事衝突のとき、その主戦場は、きっと日本です。
 僕が恐れているのはその点です。
 米中軍事衝突を回避するためにも、中国政府が自主的に民主化を進めることが求められるのです。

 中国は独裁体制です。
 そのことに、中国人自身がしっかりと目を向けて欲しいものです。
 ときどき、東京都内某所で、<民主中国>を掲げて活動をしている中国人のグループを見掛けます。
 一見まだまだ、規模の小さな活動のように想え、中国当局が日本へ送り込んでいるであろう秘密工作員の目を恐れているようにも感じます。難しいものがありそうです。

 このままだと、将来、間違いなく日本は米中の戦争に巻き込まれるだろうと想います。
 それゆえ、日本政府は中立の立場をとるべきだと、僕はつねづね考えるのですが、日本の世論は簡単にナショナリズムへ傾倒しがちです。要は、いつまでも対米追従を是認するだけのこととなりましょう。

 米中軍事衝突が起きたら、日本が戦場になる―――。
 それを避けるために、突き詰めると、中国の内側からの民主化しか、望むべき道はありません。

 ナショナリズム=国家/民族原理主義こそが、やがて民を滅ぼすのです。

 【コラム】 in 【コラム】 オリンピックは、すべて個人参加にしよう

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 先月亡くなった市川 崑監督の映画作品に、<東京オリンピック>があります。
 子どもの頃、初めて、あのドキュメンタリー作品を観たとき、僕が大いに感動し、印象深く心に刻み込んだのは、なにより<閉会式/へいかいしき>の模様を描いた部分でした。

 オリンピック・東京大会より前までは、閉会式の選手入場も開会式と同様、参加国別に隊列を組み、国旗を先頭に整然と入場をしていたようですが、東京大会の閉会式のときは、どうやら各国選手たちの誘導に”手違い”があって、参加国ごとに入場する順番が組めなくなってしまい、急遽、”やむを得ず”参加選手たち全員が国籍に関係なく””入り乱れて””入場をすることになったようです。

 その場面は、世界中の人たちを、
『アッ!』
 と、驚かせたのですが、結果的に、それはまさしく<ノーサイド>―――競技をすべて終え、もはや国ごとに垣根を作ることはない、世界はひとつ、人類はみんな友人/兄弟姉妹だ―――といったアピール/演出として受け取られ、世界中の多くの人たちに深い感動を与えたのでした。

 あれはあれで良かったな―――と、東京大会の運営者側は、前代未聞の一大ハプニングだったにも関わらず、かえって誇らしげに振り返ることとなったようです。

 平和の祭典・オリンピックが、その本旨に外れ、これまで幾たびも政治的に利用されてきたのは周知のことです。
 東西冷戦下、1980年のモスクワ大会を西側陣営が(1979年・ ソ連のアフガン侵攻に抗議)、1984年のロサンゼルス大会を東側陣営が(モスクワ大会ボイコットへの報復/1983年・アメリカ軍のグレナダ侵攻に抗議)、それぞれボイコットした歴史は、僕の記憶に鮮明です。

 せっかくのチャンスを逸する結果となったアスリートたちの無念は、察するに余りあります。

 たしかに、オリンピックへ政治が介入することは好ましくありません。
 しかし、今年の北京大会それ自体が、中国政府の対外プロパガンダに利用されようとしていることは明白で、僕の気持ちにはそもそも、心の底から楽しみに思えない痼りがあります。

 中国政府が非民主的な人権抑圧政策をとり続けていることに抗議をする意味で、北京大会へのボイコットを仄めかす/語る/勧めるぐらいのことを、日本の政治家たちも、有名人たちも、文化人と呼ばれている人たちも、それに仏教界も、もっと堂々とやったら良いのに―――と、僕はいささか不満です。
 近隣への遠慮は東アジア的美徳かも知れませんが、諭すべきをしっかりと諭すことも、友人として欠かせないはずで、孔子さまだって、きっとそのことには賛成なさるに違いありません。

 いっぽう、石原慎太郎・東京都知事が、2016年のオリンピック大会・東京招致を目指していることにも、僕は反対です。
 石原氏が、
『オリンピックは国家的イヴェント/国威発揚の契機だ』といった発想のもとで誘致事業を進めているからです。

 未来のオリンピックでは、選手入場行進で国別隊列を組むことも、選手たちのユニフォームに国旗を付けることも、選手たちの名前のあとで国籍国名をアナウンスすることも、また表彰式で国旗を掲揚し国歌を演奏することも、すべてやめてしまうことはできないものだろうか―――と、僕はいま、思い至っています。

 ナショナリズムを掲げるオリンピックではなく、アスリートたち個々が、ひとりひとり地球人として、卓越した運動能力を競い合うオリンピックであって欲しいと、そう僕は願います。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
「干渉」かぁ・・・。
「他国の文化」だからという言い訳で自分らとは全然関係のない事だと決め付けて「それはあんたらのやり方。おれたちはこのままで良いんだ」というふうにいつまでもそのやり方に変化や成長をさせようとは思わない連中がいます。
本当にやっかいだと思います。
国家だけでなく、宗教なども同じく、宗教の教理に異議を出すと自分たちの「ありのままの価値観」を尊重しておらず「余計な干渉」をしてくると、厳しく壁を作って聞こうともしません。
前も書きましたけどね、文化や価値観は人によって様々であるというのはわかっているんですが、所詮は同じ人間なわけで・・・「うまれつき脳内でその文化その価値観で生きるようにとプログラムされているわけでもない限り、文化や価値観というものはいつでも変わりうるものであることを素直に受け入れて壁を壊してしまうべきです。
toorisugari
2008/03/22 00:00
誰が何を信じて生きるも勝手なんですが「文化」「価値観」「宗教」と無駄に固いレッテル(プライド)を貼らず、常にオープンなマインドで物事の本質を見極めるべきではないかと思うんです。書きたいことがちゃんと伝わったのかちょっと自信ないんですけど;
考え方のちょっとした差なだけで、その考え方をしてはいけないなどと強要するべきだと言いたいんじゃなくて、だからって異議があるのに手に触れることのできない完全ノンタッチ状態を維持しなきゃならないってのも全然揉め事の解決にならないでしょう。
理解というか和解というか「そう意地はらずにさ〜オレたちこうしようよ〜」と、共存する世界でできるだけ多くの欲望を寛容することは大事なことですからね「そんな簡単な問題じゃないだろw」と思われそうですけどw
私の理想はあんな感じですね。中国政府に限らず自分の信じる宗教などの価値観に執着するあまり今持つ自分の考えが流動的であることを受け入れようとしないor流動的であってはいけないと怯える頭固い連中に壁を壊して一度周囲を眺めさせてやりたいです。
toorisugari
2008/03/22 00:01
>toorisugariさん
 中国政府のやることは、はっきり申して、もろもろ独善的なのですが、中央の指導層は、みな大いに勉強のできる人たちのようで、とても賢く、条件闘争に長けていて、相手の足元をよく見ながら、着々と独善ごとを運んでいるように想えます。ただし、彼らの致命的な弱点は、彼ら自身が外からどう見えているのかが見えていないことでしょう。例えば、天安門事件など無かったことにしたいのでしょうが、世界中の人たちは、今でもしっかりと記憶に焼き付けています。北京五輪をどう活用しようとしているかも、その企みを誰もが認識しています。チベットを軍事的要衝と位置付けていることも、台湾をさっさと併合したい本心も、みんなミエミエなのです。13億人でしたかね、あの巨大人口国家を維持するためには、一党独裁体制しかないと、指導層は確信を持っているようですが、外から見ていると、いつまでもそれじゃ持たないだろうよと簡単に判ります。中国全体が貧しかった頃ならまだしも、あれだけ急速な経済発展を許してしまった以上、ある意味、後戻りのできない道を進み出してしまったわけです。↓↓
円山
2008/03/23 02:36
 経済的な自由と豊かさを実感し、味を占めた中国人たちは、将来必ずや、人間的な自由を要求し始めることになりましょう。それと、いずれ経済が立ち行かなくなったとき、中国人たちは、どこに不満をぶつけようとするでしょうか。不満を吸収させるため、中国政府が闇雲に反日を煽って、言い掛かりを付け、日本に戦争でも仕掛けてくるのでしょうか。そうだとして、それを国際社会が看過するでしょうか。日本人は、これからますます大人になって、つねに冷静を保ち、中国政府の挑発に乗らないことが寛容です。しょせん、中国政府の企みなど見え透いているのですから。今後、日本政府がとるべき最も賢明な策は、中国人が自ら共産党独裁政府にノーを突き付け、民主的体制を希求するように仕向けることだと思います。秀才揃いの中国指導部。そのしたたかさの一枚上を行って、狡猾とも言える戦略を持ち続けなくては太刀打ちできないわけなのですが……。
円山
2008/03/23 02:37

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