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ひどい映画を観てしまったものだ。 ・ 『ALLDAYS 二丁目の朝日』(村上賢司・監督)―――。 ・ 時代設定は昭和33年。売春防止法が施行され、赤線地帯からゲイの街へと変貌を遂げようとする新宿二丁目が、その舞台―――だと聞いていたから、僕は素直に興味を持ってしまった。 ・ アイデアとしては、とても面白いのに……。 ・ 新宿二丁目は、ゲイ・バーの密集度としては、アジア、いや世界随一らしい。たかだか400メートル四方たらずの小さなエリアである。 この街が、ゲイ・タウンとして名を馳せるようになるまでには、長い歴史があった。 ・ もともとは、江戸時代から続く遊郭のあった場所。 遊郭から公娼地帯となり、そして売春宿が姿を消してから、新宿二丁目には、ポツポツと沖縄料理店が開店し始めた。そして、ゲイ酒場もまた―――。 いま、私たちが新宿二丁目のゲイタウンと認識している界隈は、古く江戸期には内藤新宿という宿場町に当たり(すなわち元祖新宿の中心地だった!)、遊女の売り買いも盛んな花街として栄えていたのです。その威勢は明治〜大正と受け継がれ、昭和に入っても、新宿二丁目一帯は「新宿遊郭」と呼ばれ、繁栄していたそうです。いわゆる赤線地帯(公認の指定売春地域)となっていたわけです。遊郭(公娼、つまり行政から認可を受けた女性の娼婦が売春を供した店、売春宿)が軒を連ねていた場所だったのです。(敗戦後、GHQの命令によって公娼制度は廃止。しかし、風俗店の認可を受けた売春宿は、引き続き営業していた) こうした経緯など、赤線の売春宿が退いてからゲイ酒場が集まり始める歴史的背景が、この映画『ALLDAYS 二丁目の朝日』では、全く描かれていない。 ―――以下、批判的ネタばらし、多数有り。 ストリップ小屋で役者をやっている主人公の青年<まさお>はゲイ。 小屋の新顔ダンサー<さと子>が、まさおを見そめる。 商店街の<八百屋>もゲイで、<ヤクザの兄さん>と深い仲になったことで、ヤクザの親分が怒って八百屋を懲らしめる。 八百屋は、店を荒らされ、怪我を負わされ、”恥を知れ”、”変態!”、”オカマ”などと中傷ビラをまかれて、結果、ゲイであると、街の誰もが知るところとなる。 八百屋は、それを苦にしたのか、ヤクザの兄さんとダイナマイトを使って爆死心中。だが、死してなお、”オカマの心中”だと人々の冷笑を買う。 ストリップ小屋のまさおは、客の中に、かつての<初恋のオトコ>を見つける。そのオトコを探すため、小屋を出てゆく。 途中で、売春宿に身を置くまさおは、赤線廃止運動を繰り広げる極左系女性活動家たちによるリンチに遭いそうになるところを、ゲイ・バーのママにおさまっていた初恋のオトコに助けられ、再会を果たす。 まさおを見そめていたさと子は、小屋でゲイ青年・まさおを毛嫌いしていた役者<ひろし>に犯され、赤ん坊を宿し、そして出産。まさおとゲイ・バーのママに育児を委ねていたのだが、あるとき、ひろしがミセにやってきて、 「汚らわしい奴らめ、俺の子どもを返せ!」と、ゲイ・バーのママを突然、刺し殺す。 ひろしは、父親が実はゲイだったため、ゲイを憎んでいたのだ。 だが、さと子もまた、ひろしを刺し殺して逮捕される。 結局、まさおは、ゲイ・バー・ママの職を継ぎ、自らの居場所を得る。 ラストシーン。 まさおは、二丁目の朝日を笑顔で拝む。 映画、終わり。 あまりに支離滅裂なストーリーだから、こうして筋のネタばらしをしても、どっちみち何が何やら解らないことだろう。 人物設定のイイカゲンさも然ることながら、ストーリーのモチーフが、ことごとく唐突で単細胞。まるで、安手のコント映画を観ているかのようだ。高校生が作った自主映画のようでもある。 安手のコント映画や高校生が作った自主映画が悪いと言っているのではない。 この映画『ALLDAYS 二丁目の朝日』が、もしも安手のコント映画や高校生の自主映画として作られたものであるのなら、むしろそこそこ、それなりのものだと言い換えることができる。 しかし、この作品は、そのようなジャンルではないはずだ。れっきとした商業映画ではないのか。だとしたら、 「ふざけるな!」とスクリーンに向かって怒鳴るべきである。 まさお―――三浦涼介。 さと子―――谷桃子。 ひろし―――松田祥一。 三人とも、最低最悪の演技だ。 わざわざ、下手な俳優ばかりを選んで出演させたのだとしか想えない。 昭和33年を描こうとしているが、使える撮影場所が限られていたのだろう(向島、大井町、青梅などで、昭和の色を残した小道などがロケ地だったらしい)、映し出す場面のスケールが一様に小さい。ひたすら、同じアングルを多用しているのが白ける。 足りない要素は、当時のスチール写真を使って代用している。 そして、やたらと小道具に頼る。 例えば、八百屋を、 「オカマ! へんたい!」と罵る子どもたちの一人が、何の脈絡もなく、フラフープで遊びながらだったりする。 登場人物が、さりげなくテーブルに置くタバコが、たしか”いこい”か何か、昔の銘柄だったりもする。それが、アップになったりもする。取って付けたようで、大いにわざとらしい。 演出が逆効果で、目障りなものになっている。 空襲の傷跡らしきものを表現したのは、焼けこげた材木が2〜3本、これ見よがしに置かれたセットだけだったりもする。稚拙な発想が如実である。 それなのに、路地の向こう側を一瞬だけ走り去る自動車は、明らかに現代の車種だったりもする。僕は見逃さなかった。 (おいおい、撮影するなら、背景の自動車ぐらい、いったん止めろよ。止められなければ、隠せよ) ロケ現場の詰めが甘くて、お粗末きわまりない。 赤線廃止運動を繰り広げる極左系女性活動家たちの姿が、どこまでコミカルで、どこまでリアルなのか(あんなのが実際にいたとは想えないが)、中途半端なのでバカバカしい。失笑を禁じ得ない。 中途半端という点では、まさおの心情もサッパリ不明で、初恋のオトコにこだわった理由が判らない。 八百屋とヤクザの兄さんのエピソードも全く理解不能だ。ただ心中をしただけで、心中に至る心的経過が何物も描かれていない。 ゲイ青年に恋してしまったさと子にも、何ら葛藤が感じられない。 ゲイフォビアなるがゆえ、ゲイ青年・まさおを憎んでやまないひろしがどうして、まさおではなく、まさおの初恋のオトコ=ゲイ・バーのママをいきなり殺さなくてはならないのか、短絡的に過ぎ、呆れてしまう。 仮にも、ゲイをメインにゲイを描くなら、ちゃんと描いて欲しいものである。 ゲイを描こうにも、おっかなびっくりの態で、ゲイである僕が観ても、まるで深みを感じない。 斯様に半端な仕事振りでは、ゲイが莫迦にされているような気分にもなってくる。 村上賢司監督が、果たしていかなるセクシュアリティーなのか、僕は知らないが、ゲイを描こうというのに、どこまでゲイの心を把握したのか、把握しようと試みたのか。 おそらく、まるっきりゲイのゲの字にすら思いを致そうという気持ちがないままに、この映画を作ろうとし、そして作ったのだろう。 ヒット映画、『ALWAYS 三丁目の夕日』のタイトルやポスターだけをパロディーにし、きちんと歴史的考証もせず、<赤線地帯→ゲイ酒場街>との”字面だけを見て”、テキトウな物語を組んだに違いない。 この映画は、誰のどのような心に訴えかけようとした作品なのだろう。 何を表現したいのだろう。 おそらく、さほどのものは無いのだ。 ろくでもない映画である。 時代設定は昭和33年。売春防止法が施行され、赤線地帯からゲイの街へと変貌を遂げようとする新宿二丁目を描く―――というアイデアだけは良かった。 そのアイデアだけをもとに、全部、端から端まで作り直したら、この映画はとても面白いものになるだろう。 僕はいままで、これほどまで<ひどい映画>を観たことがない。 そういう意味から、忘れがたい作品になるかも知れない。 シネマート新宿にて。 たまたま2月4日(月)はメンズデーだとかで、チケット代は1000円で済んだ。 無駄遣いの節約ができただけ、僕はラッキーだったと言えるだろう。 いや、本心を言うと、その1000円すら返して欲しいと憤っているのだが。 お金と暇があって、<デタラメで安作りで、ひどくくだらない映画>を観たい方には、お薦めの作品である。 クリックプリーズ
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今流行のニュース 2008/02/15 17:04 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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テノルさんが書いたストーリーを読む限りでは、何だか面白そうなんですが。 |
モシュカ 2008/02/07 03:00 |
>モシュカさん |
円山 2008/02/07 08:27 |
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