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ゲイ・アートと言えば、忘れてならないのは我が日本が誇る世界のゲイ・エロティック・アーティスト、田亀源五郎だろう。 ・ 田亀源五郎 (たがめ げんごろう、1964年−)は漫画家、ゲイ・エロティック・アーティスト。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。アートディレクター・グラフィックデザイナーを経て「さぶ」にてゲイ漫画・小説の連載を始める。自らをゲイと名乗る、ゲイ専門のアーティスト。近年は、1950年代末から現代に至る日本のゲイ・エロティック・アートの資料収集と歴史叙述にも精力的に取り組んでいる。 田亀氏の作品については、ゲイのかたなら、おおかたご存じだろうと想う。実際、あまりに有名ゆえ、ゲイ雑誌などでも必ず目にすることになるからだ。 ・ ノンケさんをはじめ、まだ見たことがないと仰るかたで、ぜひ見たいとあらば、彼の公式サイトをご覧あれ。 ただし、中には、ある種の””骨肉を血で洗うが如き””、か・な・り・壮絶なヤバい作品もあるので、覚悟を決めてリンクへ飛び込んでいただきたい。見たくないものが出てくるやも知れず、一切、自己責任でお願いしたい。 http://www.tagame.org/frame_new.html 素晴らしい作品だと思うけれども、表現されているオトコのタイプとかフェチ=フェティシズムについては、いささか―――いや、かなり、僕の目指すものとは趣きを異にしている。ゲイに限らず、ノンケの皆さんだって、たとえばポルノをご覧になるとき、ご自身のフェティシズムを充分、満足させてくれるものに心ひかれることだろう。致し方のないことなのである。繰り返すが、田亀作品は世界に冠たるゲイ・アートだと思っている。それとこれとは、べつべつに理解するべきことだ。 どちらかと言えば……という言い方になってしまうが、僕は、Tom of Finland(1920 ――1991)の作品のほうが好きである。その名の通りフィンランドに生まれたゲイ・エロティック・アーティストで、本名をTouko Laaksonenと称した。 彼の作品も有名なので、ご覧になったことのあるかたは少なくない筈だ。 基本的にマッチョ〜超・マッチョな若者ばかりが登場するのだが、中には筋肉質の細身=スジ筋系も含まれており、一本調子ではないところが、僕の目を楽しませてくれる。巨大な乳房を持った淫らな女性が登場する(ストーリー系)作品もあるが、あくまでゲイ的意想を貫いている。 田亀作品とは、またひと味ちがった壮絶さがあるが、デフォルメ具合いが僕にはコミカルにさえ感じられ、目を背けたくなるようなことは全くない。 ……とは申せ、あくまで僕にとっては……なので、リンクへ飛ばれるかたは、やはり心しておいていただきたい。どうか、自己責任で。―――いきなり、見たくないものが出てくるかも知れないので。 http://www.tomsparties.com/Galleries/ToF/index.html それから、こういう↓ゲイ・エロティック・アーティスツもいる。 Serhan and Murat―――仲良く、お二人さんで、やっておられるようである。 彼らの作品は、美しい少年〜青年ばかりが登場するところが、僕のフェチを最もくすぐるところだ。大いにファンタジックなのだが、ここでファンタジーの世界と言ってしまうと、前述の田亀源五郎もTom of Finlandも、それぞれのファンタジー世界を描いていることには変わりない。 Serhan and Muratの場合、少年〜青年の裸体美を、比較的LIGHTなゲイ・テイストを前面に押し立てた上で、総じて、これはこれなり、ファンタジックに仕上げてある。ゲイ的であるため、日本の、いわゆるBL系とは一線を画している。絵画としては、やや稚拙に感じられる部分もあるが、そこいら辺りは目をつぶろうと思う。ひいき目とは、こういうことを言うのである。 ただし、いきなり予想もしない景色に遭遇するかも知れない。感じ方は人それぞれなので、リンクへ飛ぶ際は、自己責任でお願いしたい。 http://www.serhanmurat.com/studio/store.html ところで、今回、取り上げたかったのはこうした絵画作品ではなく、フォトグラフィー=写真である。 たまたま、僕のカレシから貰った本が、なかなか良いものだったからなのだが、ご存じのかたもきっとおられることだろう、―――””Physique Pictorial””と称する、アメリカの写真雑誌―――、僕が手にしているのは、それを復刻総集したものだ。(TASCHEN社刊) 手元の本はシリーズの第一巻で、1951年から1960年まで出版されたものの抜粋が集められていると見受けられる。いや、発行月日が飛んでいるのは、抜粋だからではないのかも知れない。当時のことだから、毎月は発行できず、数ヶ月に一度のペースだった可能性もある。 1945年―――。 ゲイ・ポルノグラフィーの先駆者、Bob Mizer(1922――1992)によって、Athletic Model Guildという写真スタジオ会社が設立された。通称、AMG。Bob Mizer自身が撮影を担当した。現在でも、アメリカで最も古いゲイ・ポルノ制作会社として君臨しているようだ。 Bob Mizerが、1951年から、このAMGで手がけたのが、ゲイ・写真雑誌””Physique Pictorial””なのである。歴史の重みを感じる。 先述した、Tom of Finlandも、アメリカ・デビューをこのPhysique Pictorialで果たしている。 In 1957, Laaksonen submitted some of his homoerotic drawings to the influential American magazine Physique Pictorial for publication under the pseudonym of "Tom of Finland" to avoid scrutiny in his home country. Laaksonen reportedly chose the English name Tom as it resembles his given name Touko. いまから、ざっと50年以上むかしのゲイ・ポルノグラフィーだ。 第二次大戦直後のアメリカ―――。 全裸でウィンクをしているような扇情的な写真が、”芸術写真”として認可されたのは、女性を撮った場合のみに限られていた中で、Bob Mizerは、次のような手段を用いて、男性ヌード雑誌を出版することに成功したのだった。 A majority of the early AMG films and photos were ambiguously sexual in nature. The formula consisted of images (moving and still) of young men doing bodybuilding poses, or perhaps wrestling in pairs . . . なるほど!! だから、雑誌のタイトルが””Physique Pictorial””=”体格画報”で、出版元が””Athletic Model Guild””=”スポーツモデル組合”だったわけだ。 ※大丈夫。ちゃんと隠すべきものは隠れている。 ※ダンスではなく、レスリングですから! 実際のところ、この写真雑誌の表向きの目的は、まさしくスポーツマン・モデルを紹介するためで、紹介先は主として映画会社や演劇の興行元だったようである。のべ約10000人ものモデル志望者(ゲイもノンケも居た)が雑誌のグラビアを飾り、自分の年齢や経歴を掲載して、いまで言うところのプロデューサーの目に留まるため、頑張って売り込んでいたのであろう。 ※しっかり演劇しています。 ただ、中にはときおり、映画・演劇界へのアピール、あるいは単にモデルとしてではなく、売春を目的にしたケースもあったようで、当局に目を付けられたBob Mizerは、たびたび法廷に引きずり出される羽目になったようだ。しかし彼は、あくまでモデル自身の個人的な”仕事”だったとして、売春の斡旋など、関与を否定し続けた。 彼の釈明を信じるならば、Bob Mizerというカメラマンは、ゲイ・ポルノ雑誌としての需要と、モデル紹介雑誌としての需要と、その両方を計算して、実に上手い商売をなさっていたと理解することができる。もちろん、Bob Mizer自身、ゲイだったようだが、ポップ画家・Andy Warholと同様に、息子のカミングアウトを受け入れた母親と二人三脚で、活動を進めていたとのことである。 ちなみに、Andy Warholと親しい間柄にあったバイセクシュアルの俳優・Joe Dallesandroも、この写真雑誌の出身で、後にCalvin Kleinのモデル・キャラクターとしても活躍した。 また、現・カリフォルニア州知事・Arnold Schwarzeneggerも、無名時代にBob Mizerのモデルをやっていたことがある。いつぞや漏れ出して騒ぎとなったシュワちゃんの(ゲイ的)ヌード写真は、おそらく、このときのものだろう。 〔参考資料 : 上述(英語版)Wikipedia Athletic Model Guild〕 歴史的価値としては、たしかにゲイ・ポルノグラフィーの草分け的存在と言えるが、こうした経緯を辿ってみると、写真の構成や出来具合いと照らし合わせても、現在の感覚で言うゲイ・ポルノとは、だいぶ掛け離れていることが、はっきりしてくる。 現在のゲイ・ポルノは、刺激が強烈だ。……と言うよりも、もろに壮絶なセックスに興じている生々しいシーンの連続また連続である。これが、時代というものなのだろう。 ※少年愛系――年齢が11歳と書いてある。やばくね? ※少年愛系――こちらは16歳らしい。 ””Physique Pictorial””で見られるところの、さすがに芸術路線を狙っていただけのことはある―――どことない奥ゆかしさと、実はポルノ路線を目論んでいただけのことはある―――正直なエロエロさとが、絶妙なバランスで混合していて、そこのところが、僕にはとても心地よいのである。 ローマ時代、あるいはルネサンス時代の男性裸体彫像を連想させる、構図やモデルの身構え方が見て取れるし、露骨に生殖器や欲情のさまを見せ付けないのに、醸し出す淫靡さで視線を釘付けにさせる味わいが、どうにもこうにも、僕には堪らない。 要するにレトロ調なのだが、それでいて、ちっとも稚拙でも滑稽でもなく、エロいくせに健康的な趣きに満ちている風情が、僕にとって感嘆に値する。 ※大丈夫。ちゃんと隠すべきものは隠れている。 ※ね! ボディビルでしょ! まさしく、古き佳き時代を印象するではないか。 ああ―――。 50年代のアメリカン・ゲイ・シーン―――。 あのころ、もちろん、HIVなど無かった。 ゲイネスに対する抑圧も、いっとき、60年代末〜70年代ほどの非道さでは無かった時代だったのだそうである。 タイムスリップ先を、過去に遡って何処へでも自由に選べるのだとしたら、僕は、第二次大戦が終わった直後のアメリカが良いかも知れないと、単純で身勝手な希望を抱いてしまった。 あ……、その場合は当然、アメリカ人になっているほうがいいけど。 (ホントに単純で身勝手だな。) クリックプリーズ
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ちょっと遅くなりましたが。 |
darimana 2007/09/27 05:43 |
>darimanaさん |
円山 2007/09/27 08:33 |
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