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help RSS 【A Gay's Mumble】 幻夢としての”ボーイズ・ラヴ”

<<   作成日時 : 2007/09/09 10:20   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 23

 僕は、無闇やたらに被差別感を訴えるのは嫌いです。

 ”ホモ”、”オカマ”、といった呼称を、ゲイ自身が面白がって使っている場面もありますから、これらを一概に”差別語”だと決めつけてしまったり、”ホモ”、”オカマ”、という言葉を使う人たちを、一様に人権意識に欠けていると責め立てるのは、おかしいことだと、僕には思えます。”ホモ・オカマ論争”――みたいなものが、かつて繰り広げられたとも聞きますが、僕は、今は昔の感を覚えます。

 仮に、”ゲイ”という呼称こそ、男の同性愛者が自分たちを表すのに最も適した呼び方なのだとしても、世の中には、
「あいつ、ゲイだってよ……」と言って、ゲイをさげすむ人たちがいるのです。そうなると、もはや”ゲイ”にしても、けっきょく差別語と変わりがありません。

 中国人、アメリカ人、朝鮮人、スペイン人、韓国人、モンゴル人、フランス人、……どれも同じように、国籍によって人を言い表す言葉であることに違いがないのに、ときと場合によって、うっかりすると差別語的ニュアンスで用いられてしまうことが、なきにしもあらずです。

 このように、言葉――呼称は、それを用いる人の”心のありか”がどこにあるかで、単なる呼称に過ぎないときと、著しく差別的意図で使われるときがあるのです。言い換えると、全ての言葉――呼称は、差別語に転じられる可能性があります。

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    竹宮恵子 『変奏曲』 より

 書店やゲーム店へ赴くと、たいてい、大小どんな店にも一定規模のスペースが、BL=ボーイズ・ラヴ系の書籍(小説・コミック)やゲーム類を販売するために割かれていることに気付きます。それだけのスペースを割くだけの意味があるのですから、つまりは、かなりのヴォリュームでBL=ボーイズ・ラヴ系の書籍やゲーム類が売れていることを示しています。

 BL=ボーイズ・ラヴ系を、いまさら説明する必要はないでしょうが、要するに同性愛の世界が描かれていることになっています。ボーイズ……と称するぐらいですから、主立った役どころはみな、少年なのでしょうし、しかも、彼ら登場人物たる同性愛の少年たちは、ことごとく美少年として描かれなくては”ならない”との、絶対の不文律が存在するようです。そして、BL=ボーイズ・ラヴ系を愛読するファン層は、そのほとんどが女性で、自らをなぜか”腐女子”とお呼びになっておられます。腐女子の皆さんは、美少年同士の恋を描いた書籍やゲームを好むこと自体を、独特な感覚であると自己認識されているようで、ご自身がいわゆる”オタク”ないしは”オタク的なるもの”の範疇に入るのだと、しっかり、ご承知のご様子です。

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 どのような作品なのか全く存じませんが、されど、おおむね中身の見当がつきそうな映画が、このほど封切られたようです。

 『BOYS LOVE ボーイズラブ 劇場版』
 http://www.boyslove-movie.com/

 これまでは、小説・コミック・ゲームなど非実写の作品として展開されていたBL=ボーイズ・ラヴ系作品が、いよいよ実写版・映画として制作されたことが、話題としては新しいとのこと……。それはそれは、おめでとうございます。出演者が勢揃いした封切り初日の舞台挨拶は、おそらく”腐女子”と申し上げて宜しかろう女性たちの観客ばかりで、会場が埋め尽くされたとの報道がございました。

 http://www.cinemacafe.net/news/cgi/report/2007/09/2434/

 さて、僕だけではなかろうと想うのですが、本物のゲイ諸氏が、こうしたBL=ボーイズ・ラヴ系作品の類に、概して冷たい反応を示す傾向があるのは、いったい、どうしてなのでしょう。

 その答えは単純明快です。
 一般に、BL=ボーイズ・ラヴ系作品は、夢想の世界を描いていると察せられるからです。
 もちろん現実の世界に、BL=ボーイズ・ラヴは、ございます。しかし、いわゆるBL=ボーイズ・ラヴ系作品が痛々しいのは、現実のBL=ボーイズ・ラヴを過度に美化・純化して表現しようとの意図が露骨に感じられ、ついには空々しさまでもが見て取れるからなのだろうと思います。

     男の子の
  一番きれいなときを
   知っていますか
それは少年から青年へ
とおりすぎるいっしゅん………
ほほにおさな子のバラ色
少女のように赤いくちびる
それでいて
目のなかには
あやしくひらめく青い炎
     笛を手にもち
  淡い緑のサッシュベルト
うすいカーテンのそばに立つと
      それだけで
      もうじゅうぶんに
彼はあなたの心を魅きます

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 竹宮恵子 『時の少年』 より

 簡単に申しますと、現実のBL=ボーイズ・ラヴは、決して、”腐女子の皆さんが好むような、まさしく絵になる美少年たち”だけで構成されているわけではありません。それこそ、絵空事です。

 同性愛は純粋だとのご理解は、それを好意的なものと捉えれば、僕らゲイもささやかな幸せを感じますが、本来、同性愛とてドロドロとした愛憎渦巻く坩堝の中にあります。愛は、異性愛であろうと同性愛であろうと、純粋なものはとことん純粋でしょうし、濁ったものはどこまでも濁っておりましょう。同性愛だから純粋だとの感覚が、まず以て同性愛を誤解していると申せます。

 さらに、現実のBL=ボーイズ・ラヴは、現実のゲイ世界、その状況と不可分です。
 デブもいれば、チビもいる、ガリガリなのもいれば、むっちりガッチリもいる、オッサンくさいのもいれば、本物のオッサンもいて、ヲネエさまもいれば、オバサンまで存在する、お爺さん世代にだってゲイは存在する、イモ系も、ブス系も、わんさかいる、そして、どんなゲイにも、それなりの需要がしっかりとある、ゲイに捨てる者なし、――と、決して、いわゆる若くてハンサムで美しいとされる少年・青年たちばかりが、現実のゲイ世界で、モテ囃されているわけではないのです。ここが、極めて重要なポイントです。

 腐女子の皆さんが、ファンタジーの世界を満喫されるのはご自由ですし、また、そもそも彼女たちが、現実のゲイ世界を受け入れようと思っておられないだろうことは、容易に想像がつきます。BL=ボーイズ・ラヴ系の書籍・ゲーム、そして映画が、彼女ら腐女子の皆さん方の夢想こそを満足させるために作られている以上、もとより、僕ら本物のゲイが、これらに温かい視線を投じるわけがありません。

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    竹宮恵子 『変奏曲』 より

 ところで、BL=ボーイズ・ラヴ系作品の中に登場する少年たちのキャラクターは、”ガチホモ”、”ガチじゃないホモ”、……などという風に分類されて描かれている(読まれている)傾向があるようです。

 どうやら、ここから派生して、BL=ボーイズ・ラヴ系作品を離れた日常の生活において、誰それが”ガチホモ”だとか、あるいはそうではないとか、冗談の”ネタ”として”イジられている”実態があることを知りました。僕が中高生の時代には、”誰々ホモ説”などと半分バカにされて、やはり冗談のネタにされていたことがありましたが(ある時期の僕自身がそうでした)、おそらく、それと同じような意味で、”ガチホモ”という言葉――呼称が独り歩きをしていると推察することができそうです。

 冗談のネタが、素直に冗談のネタのまま、愉快に取り沙汰されるのなら構いませんが、
「お前って、ガチホモじゃん?」
「しかも、ちっともBL系じゃないじゃん!」
 ……などと指摘された男の子が、もし本物のゲイだった場合、その男の子にとって、自分を取り巻く状況が素直な冗談環境として受け取られるか、それとも精神的に深刻なダメージを受けるような事態が引き起こされるか、そこのところを、周囲の人たちがどこまで認識できているものでしょうか。

 言葉――呼称は、それを用いる人の”心のありか”がどこにあるかで、単なる呼称に過ぎないときと、著しく差別的意図で使われるときがあるのです。言い換えると、全ての言葉――呼称は、差別語に転じられる可能性があります。

 ”ガチホモ”を定義すると、ガチは”真剣”を意味する”ガチンコ”に由来するようで、

  ガチで(真剣に)、ホモ同士だと思われる男達。もしくはその現象。
  でも実際は、あえて“ガチ”を付ける事によって、ネタとしての笑いの純度を高める程度にしか利用されてない場合が多い。

  〔引用元 : はてなダイアリー・キーワード検索〕
  http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AC%A5%C1%A5%DB%A5%E2

 ――などという記述が見られることからしても、かなり配慮に欠けた実態までも想像することができます。
 ”ネタとしての笑いの純度を高める程度”とは、これほどふざけた認識レヴェルもないでしょう。はっきり申して、お里が知れた感覚です。

 世の”腐女子”の皆さん方は、おそらく、現実のBL=ボーイズ・ラヴ、……男の子たちの同性愛を卑下してなどいないとおっしゃることでしょう。むしろ、若い男の子たちのゲイネスを賛美しているのだとさえ、おっしゃりそうな気がいたします。もちろん、それならそれで結構です。

 しかしながら、夢想の世界を愛する、その度が過ぎて、結果的に現実の少年ゲイたちを不愉快な思いに陥らせているとするなら、ひどく無責任な話だと、憤らざるを得ない場面も生じようというものです。

 腐女子の皆さんが浸るファンタジーの世界とは全く相容れない現実の苦悩が、本物のゲイたちのあいだに満ちてしまっているかも知れないとの想像力を持つこともまた、欠かすべからざることだと申し上げておきます。

 夢想の世界を飛翔するのは、さぞ愉快なのでしょうが、本当のゲイの世界、本物のゲイたちの心を想うことなしに、自己満足のファンタジーのみに回帰する見苦しさを客観的に識られるよう、腐女子の皆さん方には、より高い感性を身に付けられることを、僕は切に希望いたします。

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内 容 ニックネーム/日時
おっしゃること、ごもっともです。好ましからぬ差別や偏見を助長する危険性を改めて認識しました。日頃から現実と虚構の区別はつけてるつもりなのですが、そういう意識が希薄にならないためにもこういう意見は大事だと思います。幻想が現実を侵食することがあってはいけないというのは常識ですよね。
ただ、“腐”について少し言わせてもらうと、“腐”の道はBLだけではありません。また、漢字から読み取れる侮蔑的なニュアンスは、ゲイ自身がともすれば自らを侮蔑するような言葉を面白がって使うこともあるということと通じるものがあるのではと思います。
夢想の世界に浸かっている人間を、温かい目で見守ってくれとまでは言いませんが、どうかご理解の程を。
アッキー
2007/09/12 07:48
>アッキーさん

 解りました。(^^)v
 温かく見守りましょう。

 現実のゲイは、ヴァラエティーに富んでいるという話です。それと、ファンタジーにならないくらい、どこにでもゲイは存在している事実。あっちにも、こっちにも。ゲイが全員見えてしまう世の中になったら、とてもファンタジーなどと言っていられないことに気付かれるでしょう。僕らには、ゲイもノンケも両方見えているときがあるから、よけいにそう感じるわけです。
円山
2007/09/13 00:50
はじめまして。オタクでゲイ男子のkarlといいます。

尾辻さんについてのネットの議論を関心を持って追っていたことなどがきっかけとなって、円山さんの文章はよく読ませてもらっています。

ゲイだけどBLも好きなものとして、今回の文章にはかなり反対意見があるのでコメントさせていただきます。

まず一点目として、BLは何もことさら「絵になる美少年」のみを描こうとするものではないです。ゲイメディアにおける表現とはそれは多少異なるにしても、屈強な肉体美の男性のセックスを描くようなBL漫画だって結構存在します。そもそも漫画は大体なんでも美化して描く傾向があるわけで、BLが美少年だけを描こうとすると評価するならば、少女漫画は自己を女性として否定する漫画ということになりそうです。かわいい女の子しか基本的に出てこないわけですから。ただ普通に考えれば、漫画は一定程度理想化して表現する媒体なのだと思ったほうが適当な気がします。
karl
2007/09/13 21:38
二点目です。次に、たとえBLが現実のゲイ男性を疎外するような性質を持っていたとしても、だからといって「絵空事」だとか「空々しい」とか「痛々しい」といったように評価することには違和感を感じます。

それはなぜかといえば、こうした評価は、BL的ジャンルがどういったコンテクストの中で生まれたものなのかを無視しているように感じられるからです。日本においては、異性愛者の女性が漫画という表現媒体で男性同性愛を扱うことは、おそらく『トーマの心臓』や『風と木の詩』といった一時期の高く評価される少女漫画によって始められたものだろうと思います。こうした漫画を書いた作家たちは、トリビアルなジャンルだと考えられていた少女漫画を芸術性を持ったものに昇華し、またフェミニズム的な意識なども色濃く示す部分がありました。
karl
2007/09/13 21:51
僕は正直こういった時期のBLには歴史的関心しかないのでその表現としての意義や価値については議論しかねるところがありますが、とりあえずひとつこうした時期から現在につながるBLの達成をあげたいと思います。それは女性が性表現をすることがこれだけ広範に可能になったこと自体が、どれだけ社会の自由を増幅させているかということです。たとえばフェミニズムの議論の中では、両者とも性的自己決定権の自由を旗に掲げながらも、性表現や性労働にネガティブな陣営と、現状の問題を認識しつつも性を肯定すべきだと論じる陣営が熾烈な戦いを繰り広げるという光景が見られました。こうした前提に立ったとき、これだけ自由に女性たちが性表現を行い、またそれを享受しているという状況は、安易に否定されていいものなのかと感じます。
karl
2007/09/13 21:55
三点目ですが、ゲイへの配慮を感じさせるような表現を通して、優れた芸術的表現を行っているBL作家も存在します。ところで、その例を挙げる前に、その前提として、僕はある種の同性愛差別的な性質を持ったBL漫画への批判が許されるべきではないとは思ってはいません。たとえば、先ほど挙げた芸術的には優れていた過去の少女漫画が、現在のゲイから見ればホモフォビックな部分があるのは事実だと思います。美少年だけが同性愛者であるのは一種の偏見といえるし、また多くの場合物語が悲劇に終わることも同性愛嫌悪の表れというほかないからです。しかし、それをいうのであれば、もちろん当時において異性愛者の女性が描く漫画においてだけではなく、こうした偏見や同性愛嫌悪はそれこそ同性愛者による芸術作品にも見られるものであったことを考慮しなければ、フェアではありません。そして、現在のようにいまだ偏見や同性愛嫌悪が残った社会において、そうした要素をあらわすBL漫画が一方にあるにせよ、他方にゲイへのセンシティブな視線をもった漫画が存在することも指摘しなければフェアではないと思います。次に、その例を挙げます。
karl
2007/09/13 22:03
具体的な作品を取り上げるので、以下ネタバレがあります。

BL作家藤たまきの『ホライゾン』という作品では、作品の要になる箇所で、主人公の父親で隠れゲイだった男の手紙が出てきます。その中で、偽装結婚という生き方をすることで、男は自分はある男性とある女性を裏切ることになったと告白します。そして主人公に対し、そんな生まれ方をした君であっても、人を愛する勇気を持つようにというメッセージを伝えます。その際には、遺言執行者である父の恋人だった男は「結婚したとき、あの人は本当に女性を愛し、よき家庭人になろうとしたが、いろんなことに敗れていったんだ」とも語ります。また、父の形見として、ボロボロになるまで繰り返し読まれた聖書の断片が渡され、それはイエスを繰り返し裏切ってしまったシモンについての部分であったりします。

このエピソードは、過去のゲイの強いられたある生き方についてストレートに言及しつつ、またそれを多面的な陰影を持って描いている点において、現代の日本文化の中ではかなり突出した表現になっていると思います。少なくとも、これを読んだとき、ゲイとして僕は感動しました。
karl
2007/09/13 22:33
確かに、ネットなどを見ると、現実にゲイが普通に存在し、普通に生活していることに無神経なような腐女子はいくらでも目に付きます。しかし、それはこの社会一般についてもそうだということができます。それなのにゲイがしばしば腐女子をあたかも差別者の急先鋒のように取り上げるのは正直解せません。そもそもBL漫画が普通にポルノグラフィーとしても、また物によっては真面目な芸術表現として好きなゲイとしては、読んでもいないで批判しているだけでは? と感じさせられることもしばしばです。

また、ゲイの少年にとって、BL漫画が差別の原因になると主張されているように僕には感じられましたが、これもはなはだ疑問です。僕は少年時代(数年前高校生だったくらいの頃とか)『グラビテーション』というBL漫画を読んで非常に面白いと思いましたが、それはその作品が男同士の恋愛を話の中心に据えた10巻近くある漫画であったからです。とりわけ子供のうちはゲイの表象を目にすることにも面倒が伴うわけで、あれだけストレートな男同士の愛の表現は稀なものでとても励まされました。こうしたポジティブな可能性があることも知ってほしいと思います。
karl
2007/09/13 22:55
えーと気がついたらすごい量のコメントになってしまっていてすみません。でも心を入れて書いたつもりなので、文章が下手なのは申し訳ないですが、読んでいただけるとありがたいです。勝手に書き込んでおいて申し訳ないのですが。
karl
2007/09/13 23:02
>karlさん
 いろいろ、教えて下さって、ありがとうございます。(^^) 行き着くところ、karlさんはBLの好きなゲイで、僕はBLの食わず嫌いだということになりましょう(殆ど読んだとは言えませんから(^^;……)。とは申せ、こんな僕も、BL好きなゲイがいらっしゃることは、知り合いにもひとり居りますので、承知しておりました。でも、僕は好きになれなかったということです(……これまでは)。素晴らしい作品に出会えば、これならイイと思えるようになるかも知れません。karlさんが教えて下さったので、新しい世界が開けるのかも知れません。そうしたら、またべつの記事を書いて、僕の気持ちはこう変わりましたと告白するかも知れません。karlさんの紳士的な文章に感銘を受けました。いっぽう、拙文がkarlさんを不愉快にさせていたら、ごめんなさいね。(^^;
円山
2007/09/14 02:15
こちらこそ突然大量のコメントを書き込んでしまってすいません。自分ながらウザイかも!と思ったのですが、円山さんに誠実に対応していただき安心しました。

BLの件については、正直BLジャンルの側にも問題はあるんですよね。具体的にいうと、腐女子に注目が集まりすぎていることに見られるように、マーケティングの問題としてしか語られていない部分がありまして。異性愛者の女性が書くことによってジェンダー的に面白い部分とか、それなりの数の作家がゲイリブ運動を受け止めてセクシュアリティの点で面白い作品を書いているなんて批評はほとんどなされないわけでもあります。その他方で、自己を卑下する腐女子トークのみが蔓延しているのが実情の部分があります。確かに外から見て、ゲイ表象をもてあそんでいるだけとちゃうか、と見えたりはします。
karl
2007/09/14 11:45
でも、これって、逆に商業的に安全なものとして消費しようとするためのマーケティング的な方法の部分があると思っています。あくまでBLはゲイではないと言い張ることによって、無力化しようとしているのではないかと。批評的に面白いものをピックアップしていくと、BL漫画にはただ腐女子が面白いと思うという以上に、正当化可能な資質を秘めた作品は結構あるにもかかわらずです。今の日本ってどの分野でもとりあえず住み分けをすることが善であるという価値観があるように思うので、もともとBL漫画が単純に面白いと思いつつも、さらにあえて「これはこれこれの点でゲイである」と言った方が批評的たりうるのではないかと思っていたりします。こうした発想になったのは、たとえば現在漫画が急速に受容されている諸外国において、何事もシニカルに見て住み分けの対象とする傾向の強い日本と異なり、無論多くの場合異性愛女性のために作られたジャンルであることを前提としつつも、BLはゲイにポジティブな可能性を秘めていないかとマジに議論されているのを見て、自分も住み分け思考だったなーと逆に影響されたこともあったりします。
karl
2007/09/14 11:57
今回はコメントを読んでいただきましてありがとうございました。現代日本におけるゲイについて直裁に語る円山さんの文章はかなりリスペクトし楽しませてもらっています。これからも面白いエントリーを期待しています! がんばってください!

あとまたコメントが長くなりました。。。誤解などが多い分野だと思いまして慎重にコメントしようとしたのですが、あんまり上手くいってなかったかもしれないです。。。その点すみません。
karl
2007/09/14 12:07
>karl さん
@karl さんのご専攻は何ですか? (^^)学生さんとお見受けしましたが、違ったらごめんなさい。しっかりした文章が書ける方ですね。円山、もはやたじたじです。ネットコムの礼節をわきまえない連中が多いなか、異論があっても、目の前に生身の相手がいると念想しながらコメントが書けるkarl さんは素晴らしい。得難い存在です。これからも、どうぞ宜しくお願いします。
 >>>あくまでBLはゲイではないと言い張ることによって、無力化しようとしている>>>
 興味深いご指摘です。同性愛の世界を描いている、あるいはゲイを描いているとの積極的な同意が、BLを商売にしている側に、果たして有るのか無いのか。おそらく、かなり曖昧にされ、BLという独立した定義を設けることで、どうにか切り抜けようとしている気感を、僕のような者でも感じ取れるのです。僕がBLに親しめなかったとするなら、その点が問題の核なのかも知れません。↓↓へ
円山
2007/09/14 13:40
Aそれと、
 >>>現在漫画が急速に受容されている諸外国において、…………、BLはゲイにポジティブな可能性を秘めていないかとマジに議論されている>>>
 この↑ご指摘も面白いです。そうだったのかと、目から鱗の感があります。諸外国のコミック愛好者たち、もしくはゲイ・同性愛者たちが、日本のBLをどう捉え、どう定義しようとしているのか、僕は考えたこと、ありませんでしたから。諸外国、とくに欧米型のゲイリブを、現段階でそのまま日本に導入しようとしても無理があると気付き、如何にすれば日本らしいゲイリブを浸透させられるか、ようやく心ある人たちの模索が始まったように思います。BLにおける、ゲイにとってポジティブな可能性が、新しい解釈として日本に逆輸入されるようなことにでもなれば、優れたBL作品によって、(社会運動を介さない)日本のゲイ理解の風穴がひとつ開くのかなと、未知なる可能性を感じました。
円山
2007/09/14 13:41
大学生の頃は文学研究をやっていたんですが、そのままつい勢いでこの間大学院に進学しました。ただ、文学研究は辞めまして、最近いろいろとできているいわゆる専門職大学院というやつの一種に通っています。法科大学院なので、卒業したあと資格試験に受かるとようやく法曹になれるというアレです。

こちらこそどうぞこれからもよろしくお願いします。ほかの記事にもコメント書かせていただきます!
karl
2007/09/15 12:03
>karlさん
 教えて下さって、どうもありがとう。なるほど、文学の方らしい色を放っておられます。
 連日、斯様に記事を更新するのも、相当の入れ込みとこじつけをしないと続かないもので、タネを探すのに往生することもあります。いっぽう、コメントとして書き込んで頂いた事柄や、やりとりの中からタネが閃くこともまたあり、karlさんのような方の刺激は貴重です。
 これをご縁に、どうか、末永くお付き合い下さい。
円山
2007/09/15 13:30
こんにちわ。
BLってノンケ男性の方も結構お読みになられているようです。
要するに、男X男だろうが、女X女だろうが、男X女だろうが、同じ恋愛物語として楽しんでいる様で・・・w
toorisugari
2007/09/21 22:59
それはともかく、
私は腐女子だとか腐男子だとか言う名称に不愉快さを感じてしまいます。
異性同士の恋愛物語(要するに「一般的な」少女漫画)にメロメロな人はなんの名称もなく普通に見られます。が、魅力を感じるなりして興味を抱いたものが「同性同士の愛」となってくると、「腐」をつける・・・。
たぶんこれも変な趣味であると圧力をかける「世間の威力」なんじゃないかなーと・・・。
冷たい世間の目を恐れ「私BL好きなんだ〜。あっはっはっは、腐女子腐女子〜、趣味変わってるでしょ〜?おかしいよねー。」というふうに自分を「変である」と受け入れてしまい「笑い飛ばし必殺技」を使用し、変なところで開き直っている「腐女子」を良く見ることができます。
何必死になってんの?って感じ。
同性同士の恋愛に魅力を感じた自分のセンスを卑下しているようなもの。
もっと自分のセンスに自信を持てよwと思ってしまいますね;
そういうところ、「腐女子(w)」とゲイと似ているなーと思いますw

と・・・この後、めっちゃ長くコメント書いたのに、全部消えてしまいました;;;なんて書いたのか思い出せないのが悔しい;;;;
toorisugari
2007/09/21 23:03
こんな社会の中で育ってきて「同性同士の愛」に美しさを感じるってのは或る意味すごく企画的で「見方の再発見」なんじゃないかなと思います。
ファッション界とかでも、
男が化粧したり、スカートやハイヒールを着ても全然良いとは思うものの、どうやったら似合うように着こなすことができんだろうか、と悩まれる時があるでしょう。と、そんな中誰かが着こなすことに成功できて、それに多くの人が魅力を感じたら、その後は徐々に楽になっていきます。成功する前にそんな着装をしたら「おかしい」とか「似合わない」と見られていた人が、成功後には人々が成功した人のイメージを土台に見てくるものだから、なんーとなく似合って見られるようになった、とか・・・w
何か一つのものが美しいというイメージを勝ち取ることができたら、それと似たものもほぼ美しく見えるようになるもの。視野ってそうやって広がっていくものでもあると思います。
でも、そのスタートをきるのって大変ですよね。
そういう意味では、「腐女子」の「目」って企画的で素晴らしいものだなと思ってしまいます。そういうところ、もっと自信持って良いと思うなw「腐女子」もw
toorisugari
2007/09/21 23:31
昔から「ロミオとジュリエット」のように異性愛を美しく神聖なるものというイメージで表現した映画やドラマがいっぱいでていて、ぶさいくな男女が道を歩いていてもその中にロミオとジュリエットのような美しい愛のイメージが重なって、なんとなくお似合いに見える・・・そんな気がします。(ていうか、女と歩くだけで「恋人同士」だと思われるヘテロセクシズム的な倒錯症もうざいですねw)
レオンとマチルダがいなけりゃ、成人男性と少女との愛なんて想像もつかなかっただろうなぁー。
ま、最近では世の中も変わってきて、どんなカタチであれ「男と女」ならOKなのだ、みたいになってきたけど、良いのか悪いのか・・・w
「別に全然良いじゃん。〜とか〜でもあるまいし。」or「〜(限り)なのだから良いではないか」と、結局何かの限りを付けて理解をさせようとするのもどうかと思いますが・・・。

あれ、・・・本文の話題から大きくそれちゃった;;;

なんとか消えてしまったコメントを必死に思い出して再度書いてみたのですが、
やはり消えてしまったコメント程には書けませんでしたTT
toorisugari
2007/09/21 23:32
>toorisugariさん
 >>>自分のセンスに自信を持てよwと思ってしまいますね;そういうところ、「腐女子(w)」とゲイと似ているなーと思います>>>
 お励ましのお言葉として、頂戴いたしました。ありがとうございます。僕も同感で、もし、ゲイが隠れなくてはいけないのだとしたら、日本の場合、ゲイであることが恥ずかしいと感じるからなのだろうと思います。本当は、恥ずかしく何ともないのだと””開き直る””ことができたとき、ゲイは、もっと美しく輝けるのでしょう。その””美しさ””がどうあれ、「いいんじゃん、それでも」と認めて貰うことができれば、もう成功なのでしょう。たしかに、仰る通り、そのスタートを切るのが厄介で、面倒くささが先に立ち、ほとんどのゲイは尻込みしているのだろうと思います。いっぽう、殺されるほどの差別を受けているわけでもないこともあって、結局、なあなあのまま時が経ってしまいます。僕に言わせれば、それって悪循環です。どこかでその悪循環を断ち切ると、あとがずっと楽になるのですけれどもね……。
円山
2007/09/22 07:14
管理者様、スペースお借りします。
ここでしか読めない大人気のBL同人誌が盛りだくさん♪
携帯でいつでもどこでもすぐ読めちゃうΣd(・∀<)
毎日イベント気分で同人誌が読めるのはココだけ!!
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http://e-xtreme.co.jp/otome/
かなん
2007/12/17 13:23

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