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help RSS 【コラム】 2007――元日の習わし

<<   作成日時 : 2007/01/01 20:42   >>

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 元日である。
 こうして、新しい年を迎え、また一つ生きて歳をとれましたね――と、人々はめでたく喜び合うのである。いまや、人生八十年時代。高齢化社会。これから、超・高齢化社会が控えているという。日本人は、大層長生きができるようになった。
 むかしは、遠い遠いむかしは、人生五十年などと言った頃もあって、日本人はさほど長くは生きられなかった。飢饉も、たびたび起こった。食べることができずに死んでゆく人たちも多ければ、病気でころりころりと死んでゆく人たちも、いまと比べてしまうと、実にあっけなかったものだったろう。新生児にしても、むかし、遠いむかしは、必ずしも健やかにすくすく育つわけではなかったのだろう。ただ生きていることだけでも、いまより遙かに難しかったのだと想われる。
 つまり、むかし、遠いむかしは、新年を迎えることが、いまよりもずっと大変だったのである。
 現代は豊かになって、外国からたくさんの食糧を買うことができ、また医療が発達して、あらゆる病気に対処できるようになった。恵まれているのである。だから、日本人は易々と死ななくなった。人生八十年。三十年も長くなった。
 新年を迎えることなど、平均して八十回もあるのだから、むかしとは違って、めでたさも薄れてしまっているに違いない。あけましておめでとう――という挨拶の意味深さが、いまはむかしより、半分ぐらいに減ってしまったのかも知れない。
 だから、あけおめことよろ――などと、省略形で年賀状や年賀メールを書いたり打ったりする。それが悪いと言っているのではない。それほど、我々は恵まれていると感じているだけである。ありがたいありがたい。

 地方地方で、いろいろなしきたりがあるのだろう。
 私如きの認識では、正月になると、雑煮にしたり焼いたりして、ひたすら餅を食らう、そして賑やかな酒器を使って屠蘇散を溶かした酒を飲む、やたらに甘く調理されたおせちを食べる、――と、だいたいそのようなものだ。
 正直申して、私は子どもの頃から、屠蘇が飲めること、餅が食えること、それらだけは楽しみだったが、他の正月料理は概して甘いので苦手だった。大して箸を付けなかった。贅沢な我が儘を言った不届きなガキだった。
 よくよくむかしの日本人のことを想うと、どれも実にスペシャルなご馳走だったのだろう感じる。豊かになった現代では、却って素朴に感じるメニューだが、むかしの庶民にとっては、栗きんとんも数の子も、卵焼きも蒲鉾も、滅多に口に入れることができなかったものばかりだった筈である。
 要するに、普段でも白い米の飯が毎日食べられることなど、理想であり、ときとして夢であったわけだから。

 そのような切り口で正月を考えると、いまの時代の正月は、むかし、遠いむかしに人々が如何に質素な暮らしをしていたのか、あるいは如何に素朴な信仰心を持っていたのか、――に思いを馳せて偲ぶというような心構えをしてみたらどうだろう。”おせちに飽きたらカレーもね”――などとは言わないで。(かなり以前のCMコピーである。若い人たちは知らないかなあ……)

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 素朴な信仰心と書いたが、初詣のことである。
 実に、8000〜9000万人ほどの日本人が初詣をする筈である。どこどこの有名な神社仏閣に、三賀日を通じて数百万人が初詣をしたと、毎年必ず報道される。それらを合計すれば、たしか簡単に9000万人ぐらいにはなっていると想う。もの凄いことである。日本人の約七割が初詣をする。神社へ詣でる人々が多いような気がするが、観音さまとか御大師さま方面などの人気も高いだろう。日本人が総出でご利益を奪い合うことになっている――のだろうかと、私は、ときどきそういう気持ちになる。
 東京だったら、明治神宮や浅草寺辺りが筆頭だろう。川崎大師なども、かなりのものに相違ない。
 斯く申す、この私めがここ12年間で初詣にお参りした地点は、
 子(1996)――明治神宮
 丑寅卯辰巳午未(1997〜2003)――浅草神社
 申酉(2004〜2005)――明治神宮
 戌(2006)――靖国神社
 亥(2007)――浅草神社
 ――であり、トップは浅草神社で8回、次いで明治神宮が3回、そして、なぜか靖国神社が1回ある。
 どうして、私にこのようなことが判るのかと言うと、いま書斎として使っている部屋の梁のところに、このうちを使い始めてからずっと、初詣で求めた絵馬を飾り付けているからだ。

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 このようなことになっているから、ある意味で我が私的習わしと言うべきか、毎年その年の絵馬を飾らないと、どうにも気分が悪いことになってしまった。もともと、絵馬というものは、
『祈願または報謝のため社寺に奉納する絵入りの額や板絵』(三省堂「大辞林 第二版」)だそうだから、これをうちへ持ち帰って飾るというのは正しい使い方でないのかも知れないのだが、父親がそういうことを始めてしまったものだから、何となくではあるのだが、これを継承しなくてはならないような気になっているわけである。
 そういうことで、元日の今日は、午後になって浅草神社へ詣でてきたわけだ。
 ――が、どうして浅草の観音様(浅草寺)ではないのかと言うと、あっちはもう酷い大混雑で、列に並んでいるだけで草臥れてしまう。江戸っ子を気取っている莫迦な私は、あのように不粋な列へなど並びたくないと、手前勝手に考える。浅草の駅から馬道通りを北へひょいひょいと上がって左へ折れれば、もうそこは浅草神社で、浅草寺の大混雑をよそに、こっちのほうは忘れられているかのように空いている。そもそも、私は絵馬を求めに初詣をするようなものだから、浅草神社のほうが好都合なのである。参詣者が少ない分、きっとご利益の分け前は多いだろう――などとはちっとも考えていない。

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 9000万の日本人が初詣をしているということは、これこそが日本人の素朴な信仰心の現れだ。
 普段の実生活では、信仰だ信仰だといたずらに強調しないところが日本人の美徳であるように感じる。もともと、信仰と言ったらお寺と神社しかなかったのだから、くどくど言わなくてもこれが当たり前だった。かつて、むかし、遠いむかしにキリスト教を厳しく取り締まった結果、そのような共通概念が日本人をあまねく覆うようになったのだが、では、明治になってキリスト教が迎え入れられたらどうなったかと言えば、例えば元日の雷門周辺で、どれだけキリスト教信者の一派が執拗に、
「天地をお作りになった神のみが唯一の神です」
「神はひとり子イエスを人々へお遣わしになり、人々の穢れた罪を贖われました」
「神の子、イエスキリストを信じなさい」
 ――などと、こともあろうに、これから観音様や浅草神社へ詣でようという圧倒的多数の衆人に対して、当て付けがましくアピールして居ろうとも、誰一人として彼らに食って掛かる日本人がいないことを見ても解るように、私たちの他宗教への寛大さは、おそらく世界一ではなかろうか。これもまた、日本人の美徳なのだろう。大切にされるべきだと思う。
 一神教を信仰するあまり、異教徒を人間だとすら認めないような不寛容こそが、現代世界の諸々の戦争やテロリズムを生みだしていることを考えれば、日本人のこの美徳を、是非とも世界中の人々に見倣ってもらいたいものである。
 私たちは、このありさまを誇りにして良いのだ。

       ※浅草・雷門の前にて――(^^;
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 あ――、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートが始まった。

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 今年のコンダクターは、九年ぶり四回目の登場となるズービン・メータである。この人は、三大テノール競演のステージでもタクトを振っていたが、実にダイナミックで美しい指揮をなさるマエストロで、私は大好きだ。指揮振りと同じく、演奏もダイナミックで美しく躍動する。

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 ウィーンフィルのニューイヤーコンサートも、新年ならではの素敵な習わしである。
 さあさあ、これから焼酎でも飲りながら、ゆっくり楽しむとしようか。

 今年も、宜しくお願い申し上げます。

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