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help リーダーに追加 RSS 【ゲイ小説】ぶっきら坊主プロジェクト Part4

<<   作成日時 : 2006/04/28 00:07   >>

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【ぶっきら坊主プロジェクト Part3よりつづき】
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☆ぶっきら坊主プロジェクト☆
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 映画制作のキャスト(出演者)・スタッフ(協力者)募集中
 あなたも、自主映画作りに参加しませんか?
 ・・・・・
 これは、私の亡き弟・吉村哲夫が遺した映画シナリオ、
『窓のない夜』の映画化を実現するためのプロジェクトです。
 哲夫は昨年の初秋、不慮の事故で亡くなりました。
 遺された執筆作品を整理しているとき、哲夫の日記を目にして、弟がゲイだったことを知りました。私は兄でありながら、弟を本当に分かってやれなかった自分が恥かしくなりました。
 作家志望だった哲夫は、この映画シナリオ『窓のない夜』で、唯一ゲイを描きました。私は、この作品を映画に仕上げることで、果たせなかった哲夫の夢を叶えてやりたいと思うのです。突然この世を去った哲夫の霊を成仏させてやるためでもあります。
 どうか皆さん、力を貸して下さい。この作品を完成させるために仲間を募集しています。
ご協力を頂戴いたしました皆様には、大変失礼とは存じますが、謝礼を進呈させていただきます。
 亡き弟・哲夫を、生前ご存知でおられた方もそうでない方も、どうぞご遠慮なく、お申し出で下さい。心より、皆様のご参加をお待ち申し上げております。
一人でも多くの皆様にご理解いただければ、兄として、これ以上の光栄はございません。
 どうかどうか、宜しくお願い申し上げます。
 南無妙法蓮華経          合掌
 ・・・・・
 宗教法人 木蓮山日本寺系 池上妙楽寺住職 吉村浄道
・ ・・・・
 ※裏面もご参照下さい。映画の登場人物一覧とストーリーの紹介(あらすじ)、そしてスタッフの役割についての説明があります。
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「なあっ? どうでえ、これ、新堂さんよ。こんなチラシを印刷しといたからよ。立派なもんだろ? カラーコピーなんかじゃねえぞ。差し当たって百枚ほどあらあ。ほら、ね?……貴史さんさ。ちゃんと印刷屋にやらせたんだ。どうです? 京ママさん。ひとつさ〜、こいつをよ……ここのミセにもポ〜ンと置かせてもらえねえかい? 頼んますよ。いいじゃあねえか? なあっ? おねげえだあ」
 アルコール・パワーが全開になった浄道は、見事にゆで蛸のようになっている。例によって、頭のてっぺんまで真っ赤に染めて、懸命に協力を訴える。
 いっぽう、酔いが回ってきた新堂は、
「粘りますよねえ。頑張る僧侶……めげない浄道ここにありって感じ〜。だけど、せっかちは駄目っすよ。いきなり今日の今日じゃ、話はまとまりませんって。何なら一晩中かけて、朝まで、この酔っ払い客どもを一人一人説得しますか〜っ?」
 少々頭が痛くなってきたので、今夜はもうこれ以上、付き合い切れないと思っている。
「いっけねえ……もうこんな時間でえ。いまっから急いで終電に飛び乗って帰らなくっちゃいけねえな……残念なんだけどよ。おいらよ、明日ぁ檀家の法事が一件あってよ。ビジネス・デーってえ寸法よ」
 京ママとしては、新堂から“ぶっきら坊主プロジェクト”の概略を聞かされたときから、ミセの営業に差し障りがないことだけが条件だったので、
「あらら。な〜んだ、今宵は……ごゆっくりかと思ってたんですよ」
 きちんと打ち合わせができて、申し合わせさえ交わせられれば、撮影に全面協力する心づもりでいる。
「へっへっへ。坊主はね、日曜が一番忙しいんっすよ。実は、それ以外の六日間を休んでるんだけどよ。はっはっは。……そういう訳けで、今夜は、ぼちぼち退散いたしやすんで」
「さっきのチラシ……お預かりいたしますよ。明日から早速、お客さんにお配りしますから」
 それに、ミセの宣伝効果もありそうだという計算も働いている。
「そうですかい。ありがてえ。ご迷惑をお掛けいたしやす」
 浄道は、席を立ってから、キッチリと頭を下げた。
「今日はこんな風で、全然お相手できなくて……。また平日にでも、いらしていただけます〜? 月曜日が定休ですから、その他の日でね……。一度、撮影の細かいお話まで済ませてしまいましょ」
「分かりやした。じゃあ、来週の平日に、また伺いやす」
「ハイ。お待ち申しております。ありがとうございました」
「あのよ〜。言うまでもねえけどよ、そんときゃ新堂さんも一緒に来るんだぜい。イイかい。はっはっは」
 おいおいおい。この酔っ払い坊主め。また、そうやって勝手に決めるなっての。困ったもんだ。――――新堂が心の中でぼやいているのに、
「僕も、もし時間ができたら合流しますよ。連絡します」
 むしろ、貴史は楽しみな顔付きをしている。
“ありがとう〜ごっざいまっした〜”
“まったね〜”
“どうっもね〜”
“じゃ〜ね〜”
“ありがとうございます”
“おうっ! ごちそうさん!”



 公団住宅の部屋に戻って……独りになってみると余計に判る。
 浄道のゲリラ攻撃。……降って湧いたような、あの調子と要領が超を付けて良すぎる、大酒呑み坊主の混ぜっ返しがなかったら、新堂は、自分が重度の鬱病に陥っていたかも知れないと思った。
 ソット・ヴォーチェの連中や貴史には、学校をクビになった事実を公表しても良いのだが、浄道は何も話そうとしなかった。言葉遣いは乱暴なのに、心遣いはデリケートなのだ。伊達に宗教者をやっている訳けではないんだな……と、新堂は改めて実感した。
 PCを立ち上げ、あのネットサイトを見る。
 ――――《J・I定員残り3》――――
 来週末の誘いが、暗号みたいに載っている。どうして、ここを見てしまうのだろう。理由はない。習慣だ。違う。癖だ癖……。うっかりだ。
(ふっ! 馬鹿言え。行かないよ。ジャンキー・インには、絶対行かないね……。ホントは……ちょこっとだけ、行きたいような気もするけど……。違う。嘘だ嘘……)
 ポジティヴという判定は新堂にとって深刻な重荷だというのに、ラッキーだったのは担当の医師が穏やかな人で、気球のように丸々と太った彼の外見を眺めるだけで安心感があったことだ。
 新堂は、いろいろと調べてみた。ゲイがHIVの検査を受けるのは、ノンケが同じことをするよりもハードルが一段高いようだ。表面上はさほどではなくとも、医者も看護婦も、病院の会計係も、ゲイに対しては深層心理的な拒否反応があるものだ。もちろん好ましいことではないのだが。
 Eメールをダウンロードする。未読が六十近くある。ほとんどはゴミだ。迷惑メール……送る奴らにメリットってあるのか。
(あ……龍野から届いてる)
 あれもこれも嫌になるから、新堂自身は、努めてあまり意識しないようにしていた。しかし、男のくせして男なんぞが好きであることを深く悩んでいて、男と情を交わすことに罪悪感が強いゲイ君の場合は、ポジティヴと認定されることが、苦痛のプラスアルファになる。お前のような奴は人間じゃない……と、二重の烙印を焼き付けられたマイナスマインドへ転げ込む。危険な心理状況を招く。
 ポジティヴが明らかになると、もともとハッピーなゲイ・ライフを満喫していた男でさえも、一転してゲイたちの中で関わりを避けられる対象となり得る。ノンケ社会から隔絶されているゲイが、ゲイ社会からも遠ざけられるとしたら、そのポジティヴゲイの心が絶望的な疎外感に苛まれてしまうのは、悲しいかな、充分に予想できることではないか。
 龍野からのメールを読む。免職の件を嗤われる。もう教職から足を洗えと書いてある。お前には教師の適性がないと断言している。
(ご説ごもっともでございますよ)
 さらに……メンタルな領域で、HIVを巡る問題は複雑な混乱をもたらす。例えば、検査の段階で仮に陰性……感染なし……という結果が出たとする。人によっては、それが免罪符として認識され、安心して危険なハッテン行為にのめり込む切っ掛けとなる。もし、その結果、将来HIVを感染してしまったとするなら、一体何のための検査だったのだろうか。
 龍野という男は指揮者である。関東音大の同期で親しかったが、新堂は、まさか龍野がメールの返信を寄越してくれるとは想っていなかった。もう、何年も年賀状以外の音信を閉ざしていたから。
 まだ、さほど有名ではなかったが、全くの無名でもない。CD屋に行って、たまたま手に取った一枚を見たら、合唱指揮・龍野澄央と印刷してあった……という程度だ。
 アマチュアのコーラス団体を指導して、合唱付きオーケストラ作品の客演をさせている。こういう団体を何個か抱えていて、要するに音楽事務所みたいなこともやっている。
 だから、新堂は今回、職を失っていよいよ龍野にアドヴァイスを求めた。十年ぐらい前までは、具体的に公演の予定を示して、コーラスの補強をするためにエキストラとして出演してくれとか、どこかの小さな教会でやる結婚式とかクリスマスの礼拝で賛美歌のソロを歌ってくれないかとか、ポツポツと小遣い稼ぎのアルバイトを紹介してくれたものだが、新堂が教職に逃げてしまったと見るや、すっかりそういう情報提供をしてくれなくなっていた。
《トラの仕事だったらあるよ。そんなもので良ければいくらでも紹介する。ソロの話は、まだちょっと待ってくれ。はっきり言って難しいです。期待しないで欲しい》
 了解したよ、期待なんぞはいたしません。でもエキストラの話はよろしく頼む。できるだけやりたい。日銭にはなるからね。事務所のほうで要員が足りないって話はどうしたのかな。ああ、あれはまだ景気が良かった時分かあ。甘ちゃんだね、俺って男は。さあて……どうしたらイイ……。じゃあ、いよいよ声楽教室の場所を決めなくちゃならないのかな。不動産屋は軽く歩いてみたけど、物件はどこも高くて参った。山手線の内側では、どう計算しても割が合わない。面倒臭いなあ。鬱症状だか何だか知らないが、漠然と、やる気が湧かない。浄道みたいな強引な人にリードされないと何もできない状態なんだよね。――――新堂は、ついさっきまで鬱陶しかった……あの脂ぎったテカり頭が、無性に恋しく思えてきた。
《四月……マタイ受難曲@横浜 五月……マーラーの千人@芸劇 六月……ベルレク@大阪 七月……未定 八月……ウィーン公演 九月……ドイツ・レクイエム@東京文化 十月……》
 コーラス、特に男声はいつでも補強が必要だ。龍野は、どの公演でも構わないから好きなのに出てくれ……と、言いたいらしい。延々と続くリストを目で追い掛けていたら、ちょっぴりだが、惨めな気持ちになった。
(トラのバイトなんて、しょせん音大生がやることなんだよな)
 でも、ここまで切羽詰っているのに、見栄を張ってしまうほど自分は愚かではないし、第一そんな風に気取っている余裕もないことは、いまの新堂、分かり過ぎるほど分かっている。
ソット・ヴォーチェを出るときからの、呑み過ぎによる頭痛が、まだ全然収まる気配がない。



 翌週になって、新宿二丁目の傍には美味い博多ラーメンが食える店があるじゃないか……と、浄道から電話が掛かってきた。部屋でゴロゴロしていた最中で億劫だったから、おとぼけを決め込もうかと思っていたのに、結局、新堂は誘い出されてしまった。
「約束したじゃねえかよ、新堂さん。はっはっは。木曜にはまた一緒に行くんだってよ」
「やだなあ。そんな約束なんてしてませんよ」
「はっはっは。貴史さんにゃ、さっきまで会ってたんだ。あの人ぁちゃあんと連絡してきたぜ。夜は撮影が入っちまったから、その前に打ち合わせしましょうってね。しっかりしたカメラマンだあ。はなっから、ヤル気ってもんが違うねえ」
 何て、ずうずうしいことを言いやがるんだ。どうせ俺は、ちっともヤル気が出ない鬱人間さ。――――新堂は冒頭から、理由もなく脳天をガツンとやられたような、不愉快な気分になった。
「そうしたらよ。貴史さんとこの制作会社……何てったっけ?……えっと、ほら……」
「ライデン映像ですっ!」
「……そうよ、それ。そっからよ……ありがてえじゃねえか……撮影機材一式をよ、ドーンと貸し出してくれるってえ話を付けといてくれたんだよ。しかも安いんだ……レンタル料が」
「へ〜えっ。すごいですねっ!」
 つっけんどんに応じてみたものの、貴史のヤル気は本物のようなので、正直なところ感心していた。
「……っだろう? なあ、びっくりしちまうよ。おいらはね、ほれ、報道用取材機ってんだけどよ、SDビデオってえヤツで充分だと思ってたんだけどもね」
「それが安いんですか?」
「まあ、そうなんだけどよ。ところがおめえ。驚くな!」
「はい、驚きません」
「そう言うな。驚けよ」
「どっちなんですかっ」
「はっはっは。何とよ、シネアルタだよ……HDW―F900ってんだ。ジョージ・ルーカスも使うような最高の映画撮影用ビデオカメラなんだよっ!……そいつを貸してくれるように、貴史さんがね、制作会社を拝み倒してくれたんだとっ!」
「はあ〜っ。ほう〜っ。すげえ〜……って、驚いたほうがイイんでしょっ?」
「分かってねえなあ、あんた……」
二人は最上階に辿り着いた。ソット・ヴォーチェのドアをゆっくり開くと、鈴の音がチリリンと鳴る。
「いらっしゃい、浄道さん。あら、新堂さんも。今夜は、あはは、ずいぶんと……お早いお越しですね。……お疲れさまでございます」
 京ママはカウンターの外にいた。タオルを鉢巻きにして大窓を拭いているところだ。
「なんでえ。今日は人っ子一人いねえじゃねえか。空っぽだあ。昨日や“おとつい”はよ……。たっくさん客がいたのになあ」
「あっははは。だってまだ八時ですから。ほら、近頃は平日ですとねえ、早くても九時を過ぎないと、お客さん……来ないんです」
「おっと、いけねえや。うっかり早過ぎたね」
 綺麗に磨きの掛かったツルツル頭を撫でて浄道が恐縮すると、新堂は、気力まで一緒に抜き棄てるみたいに大きく溜め息を吹いて、
「どこも……不景気……なんですよ……ね。は〜っ……。」
 わざと悲しげな顔で、興味がなさそうに微笑んだ。
「ようようようっ、新堂さんっ。あんたもホントにネガティブ思考な男だねえ。何てえかな……、希望ってもんを感じねえや。悪いエーテルを発してえるね。貴史さんなんてよ、ぶっきら坊主プロジェクトには自分の夢を託せる……とまで言いなさったんだぜっ!」
 カウンター席にドカリと座り込み、珍しく新堂を睨んだ。凄みがあって、さすがは極道坊主だ。
 自分でも実感していたネガティヴさを直撃で指摘され、新堂は、再び脳天をガツンと叩かれたように感じたが、今度は叱られる理由があったように思った。浄道からは、そう見えていたのだ。確かに新堂の態度には一貫して、どこか煮え切らないものがあった。このご時世、仕事をクビになることなんて珍しくない。外見的に、そのことだけで悩んでいる……もしくは……いじけているにしては、どことなく投げ遣りに過ぎる態度が、見え隠れしていたのだろうか……と、新堂は少し焦った。でも、HIVポジティヴの話はまだできない。
 思わず、
「ごめんなさい……」
 素直に謝ってしまった。
「おっとっと。はは……。どうした? 謝るこたあねえや……。つい、おいらも言い過ぎたかい……。ははは。冗談冗談。あんたにゃあ世話になりっ放しだあ。おいらにゃ、そんなに偉そうなこたあ言えねえんだった。すまねえすまねえ」
「あっははは……新堂さんたら、神妙な顔しちゃって。アハハハ」
 京ママは、ミセの雰囲気を整えながら張りのある声で笑うと、タオルの鉢巻きを外した。明らかに適正値よりも大きめのボディーを窮屈そうに縮めて、
「……はいはい。お待たせしました。お掃除終わり。申し訳けありません。開店準備が長引きまして。さて、お呑みものは?」
 やっとこさカウンターを潜ってから、仕事の定位置へと到着した。
「え〜。おいら、桃乃錦で」
「……あ、梅サワー……にします……」
「かしこまりました。そうそう、浄道さん。さっき電話が掛かってきましたよ。お見立て通りで、和樹ちゃん、引き受けてくれますって和久役を」
「ほうっ! そうかい。はっはっは。やっぱしなあ。あの子は出たそうな顔してたもんな、何だかんだと“ごねる”振りばかりしてたけどよ。ゲイだってえ素性は、わざわざ表にゃ出さねえことにすっからって、話しといてくれやしたかい?」
「はい、もちろん。タケシちゃんと秋葉さんは、もともとカミングアウト済みですから、バレても構わないって……。だけど、他の人たちはねえ……ノンケの素人が参加ってことにしとかないと……なかなかねえ。祐也くんのほうは、悩んでるみたいで。明日か、あさってまでに返事をするって……ごにょごにょ言ってましたけど、あはは、ひろしが言うには、最後はオッケーするだろうって」
「問題はよ、金井さんってえお人だよなあ。なかなか、ウンとは言ってくれねえなあ……。あの人ぁ、何だね……、ぴったしなんだけどなあ、役の感じによ」
「そうですねえ。室生は同じ社会科の先生ですからねえ。……で、やっぱり仕事柄カミングアウトはできないからって、そこを一番気にしてました」
「でえじょうぶだ……って言っといて下せえ。役者がゲイだってえ話は一切出さねえからよ。その点、おさむさんってえ人ぁ……穏やかな紳士の割に、度胸が据わっていなさるねえ。……なあ、新堂さんよ、実は真っ先に名乗りを上げて下さったなあ、おさむさんってえお客さんなんだよ。あんたも知ってるだろ?」
 ちょ……ちょっと、ちょっと……何よ、そんなにどんどん話が進んじゃってるの?――――早速、もう既に一本取られている新堂は、すこぶる慌ててしまって、ガタガタに口篭もった。
「あ……え? あの……ええっ?」
「何でえ。知らねえのかい? おさむさんって?」
(そ……そうじゃなくてさ……)
「おさむさん? ええ、知ってますよ、そりゃ……もちろん。知ってますけど、何? もうそんなに……」
「……へっへっへ。そんなに話が進んじゃってるの?……って慌ててるんだろ?……え? 新堂さんよ。はっはっは」
 こっの〜っ、入道オヤジめ。その通りだよ、ご明察。びっくり大慌てでアタフタしてますよ〜だ。――――新堂は、またもや完璧に心が見透かされているのが大いに悔しかった。
 浄道の前には冷酒のコップが置かれ、
「あら? 新堂さん、何も知らなかったの?」
 新堂にはサワーが手渡された。
「そら、知りませんよ〜。だって、先週初めて浄道さん連れて来てから、まだ一週間も経ってないじゃん」
「そうねえ。まあ……確かにそうだけど……」
 京ママも、ことの進捗の速さを不思議に感じているようだ。
「すまねえ。別に、新堂さんをシカトしてたってえ訳けじゃねえんだ。あんたにゃあ、貴史さんや京ママさんを紹介して貰ったしな。実際に、おいらが動くなあ当たりめえの話でよ。まあ、イイじゃあねえか」
 当然、何も悪くはないが、それにしても、他のみんなにはとても熱が入っていて、積極参加しているように思えて仕方ない。これでは、まるで浄道マジックである。
(この坊さん。もしかして超能力者なの……?)
 この勢いで、自分のポジティヴ問題と仕事をどうするか問題を、一遍に解決して欲しい……と、真剣に考えてしまった。
「じゃあ……その、配役とか、全部決まっちゃったんですか?」
「全部ってえ訳けにゃあ、なかなか行かねえってえところが、何てえのかな、まあ今生の面白れえところよ」
「こんじょう……って?」
「この世のな、人生の面白れえとこだってんだよ」
「はあ……」
 京ママは、ほら、いま、こんな感じなの……と言って、今日現在の配役表をカウンターの上に広げた。
 どれどれどれ……と、新堂は覗き込む。



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 ○キャスティング
 ノブキ(42)
 洋一 (29)
 直人 (21) ひろし ◎
 和久 (31) 和樹  ◎
 貫太 (35) タケシ交渉中
 室生 (48) 金井交渉中
 はじめ(50) おさむ ◎
 成田 (42) 秋葉  ○(舞台次第)
 ノリオ(35) 茂木交渉中
 陽介 (20) 祐也  △(たぶん)
  ・・・・・
 ○スタッフ
  脚本      吉村哲夫
  監督      吉村浄道
  カメラ     菊池貴史※
  カメラ助手   菊池雪枝
   〃      (ソット又はスワヤンブ)
  録音        〃※
  スクリプト     〃※
  編集      菊池雪枝
  音楽      (スワヤンブ)
  アシスタント  (ソット)
   〃        〃
   〃        〃
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「主人公とかが、まだ……なんだね?」
「そうっ! 元声楽家の主人公ノブキがなっ! セイガクカのなっ!」
 何で、セイガクカんとこだけ強調するんだよ。浩一だって、あいつテノール歌いじゃないの? ひろしが出るんだったら、浩一も出ればいいじゃない。――――何となく、新堂は自分に白羽の矢が立ちそうなのが嫌なムードだと思った。
「な……。京ママさんは、ここのママなんだからよ、ミセがあるから出演ってえ訳けにゃあいかねえだろ?」
「ひろしが出ることになったから、ミセコがね……。だから、浩一にはミセのほうをしっかり手伝って貰わないとならないでしょう?」
 浄道と京ママ。二人して説得口調のようにも感じる。
(だ……だから何なのよ?)
 新堂は、知らばっくれて梅サワーのグラスを口元へ近付けた。
「洋一役はよ、実ぁ一人……目を付けてる客がいてさ。はっはっは。おとつい、ゆっくり説得できなかったんだあね……。なあ、来るかなあ、今夜は……純二さんってよ?……京ママさん?」
「どうでしょうねえ? こればっかりは……。あははは」
 ああ……純二ね……。土曜日組じゃなくて、金曜に何度かソット・ヴォーチェで見掛けたことがある……と、新堂はすぐに顔が浮かんだ。あまり、ここで話したことのない客だが、たまに仲通りで擦れ違うと“あっ、こんばんは〜”……という調子で必ず挨拶をしてくれる親しげな子である。水泳体型のイカした青年で、新堂から特段のアプローチをしたことはないけれども、さほど気になってなかった……なんて言ったら絶対嘘になっちゃう……そういう微妙な存在だ……。
「浄道さんって、ここんとこ毎日ソット・ヴォーチェに来てる訳けですか?」
「そうよっ! 実ぁ日曜の夜にも来たんだ」
「ええっ! そうなのっ?……でも確か、日曜には法事があるとか言ってなかったっけ?」
「法事を済ませてから来たに決まってんじゃねえか。はっはっは。法事の“打ち上げ”をよ、ちょうど上手え具合えに新宿でやったんだ。金持ちの家でよ。タクシー連ねて、ほら……南口の趙家酒楼ってえ高級な広東料理のレストランだよ。美味かったぜえ」
「……でもさあ、レストランとかは気取ってるから嫌いだって、言ってなかったっけ?」
「はっはっは。言ったかも知れねえけどよ、仕方ねえじゃねえか。おいらぁイヤでごぜえやすたあ言えねえだろ? それに、何たってタダだぜ。勿体ねえじゃねえか。はっはっは」
 都合のイイ坊主だよなあ、全く。ホントに何から何まで敵わないよね。どうやったら、こんなに自己中心的に物事を回せるんだろうか。天才だよね、この坊さん。――――呆れるのを通り越して、新堂は浄道を尊敬したくなっている。
 冷酒をクイッと呷ってから、浄道はフウッと息を吐いた。肩が凝っています……と言いたげに首をグルリと回して、両腕を高く上げて大きく伸びをして見せた。
「なあ、新堂さん。もう……きっと、あんたがやるしかねえんだと思うよ。何てえのかな、こいつぁ、おいらの勘なんだけどよ、新堂さんは哲夫の大の親友だったしな。あんたも分かってるように、人と人との縁ってえもんがあるじゃあねえか。なあ、新堂さんよ。おいらにもさ、その……縁ってえヤツの、細けえ仕組みばっかりは全く分からねえんだがよ……。今度の話さ……あんたが主人公のノブキを演じるってえ、運命になってるんじゃねえのかなあ。おいら、どうしても、そんな気がしてならねえんだけど、あんたぁ……どう、お思いなさるねえ?」
 有無を言わさないド迫力というのは、こういうことを差すのだろう……と、新堂は肌で感じ取った。ぶるっと震えが来た。救いを求めようと、新堂は京ママの顔を拝むように見たのだが、浄道の形相と同じように、京ママも仏像のお顔をしているように思った。また、身体が震えた。
 随分と前のことだが、奈良の薬師寺を訪れたときに、薬師三尊像を拝して心を打たれたことを、新堂はスウッと思い出した。どうして、そんな記憶が蘇ったのだろうか……。
 薬師如来の両脇に立つ、日光・月光の両菩薩さま……。
 この日の浄道と京ママの顔は、何故なのかは全然……見当も付かないのだが、その……二つの菩薩さまの、お顔にそっくりだと感じてしまった。
(あ〜あ……。こうなったらもう……どうすることもできない……のかな? ははは……。薬師さまなら、どうか俺の病気を治して下さいってば……。お願いしますよ。俺を、どうか助けて下さい……。)
 一念の中で、必死に手を合わせている。
 遂に新堂は、
「……わ……分かりましたよ……」
 折れるしか、他になかった。


 【4】


 池上本門寺の周辺には、ところどころ、いくつか寺々が集まっていて、そっと控え目に寺町の様相を呈しているブロックがある。
 静かなたたずまい。取って付けたところがない丁寧な町並み。門前に、求道の人々が集落を築いてきた……そんな歴史を湛えているから、ここいら一帯には、微動だにしない貫禄が蓄積している。
 庭内や道端の随所に植え付けられている……さも樹齢が高そうな梅の木々に全く違和感のないことが、この町の、長い時間を経て存在している証しだ。季節は、疾うに過ぎたというのに、なおも、辛うじて紅と白の梅花それぞれに、……この世に未練があるのを、どうかお許し下さい……と、ごくごく僅かだが、それらの名残を見留める。……栄枯……盛衰。
 さて、申すまでもなく、さらにさらに圧倒的な桜の樹々。
 覆い尽くすように咲き誇る、豊かな桜花また桜花の乱舞。その計り知れない鮮麗さ。文字通り盛春爛漫の威勢に、この町の景色……その主導権を根こそぎ奪われてしまった。……万物……流転。
 それにしても、何と穏やかで柔らかな風情だ。
 どこかの家の飼い犬が、ワンワンワンと鋭く吠えているのだが、いまにも噛み付こうとするような……彼らならではの敵意をまるで感じさせない。しょせん犬っころだとは言え、常に周りの寺々から漂って届くお香の匂いに優しく薫陶を受け、深く染み入るように響いて拡がる僧侶の読経に、日々教え清められているせいなのだろう。
 暖かな空気が長閑……そしてまろやかである。前々から新堂は、良くもこんな場所が、この東京にあるものだと思っていた――――。
 ――――しかし……ああ……、サササッと後ろを振り返ってみると……、新堂が、いまさっき降りた大型のヴァンから、引き続いて出て来るは出て来るは、妙ちきりんな男どもの怪しげな姿また姿が……。
“ちょいっと〜、静かにしなさいよっ! シイッ!”
“アンタが一番うるさいわよ”
“おいおい、普通にしてろって。あっちから……ほら、どっかのお坊さんが見てる……”
“雲水……とかって言うんじゃなかったかしら〜? 修行僧のこと……。あの子ってまだ若そうじゃな〜い。大学生……ぐらいよ。や〜だ〜。お寺の僧房ってさ〜あ。何だかとっても淫靡な世界って……そんな感じして来なぁ〜い。がはははっ!”
「はっはっは。あのなあ、日蓮宗じゃあ“雲水”たあ呼ばねえよ。ただの“見習え”……ってとこだ。おいっ“若けえの”とかよ、こらっ、そこの“ボンクラ”とかな。はっはっは」
 浄道が段取りをして、ここ妙楽寺へ連れて来たのだ。今日は、こうしてほとんどの顔触れを一同に集めた。映画撮影……ぶっきら坊主プロジェクトのキャストとスタッフたちである。
「ね〜え、浄道さん。今度、どっかの僧房に泊めさせて貰えないかしらあ〜。絶対あの若いお坊さんのタマゴたち。夜になると、すっごいエッチなこととかしてるのよ。アタシ見てみた〜い、お坊さん同士のアナルセックスっ!」
「ちょっと誰か! いますぐタケシの口を塞いで黙らせてくれ〜!」
 困り果てているのは、中学校で社会科を教えている金井である。浄道渾身の説得に屈して、とうとう室生役を受諾した。
「恥かしいから、早く中に入れてちょうよ、ねえ、和尚さん!」
 ノリオ役で参加することになった茂木が、玉砂利を蹴散らすようにして寺の玄関へ突進しようとする。
「ああ……。ちょいと待ちな。いま、鍵を開けるからよ」
 貴史の運転するヴァンの後を追い掛けるように付いて来た……別のタクシー二台が、妙楽寺の前庭に進入した。降りて来たのは、この日集まる残りのメンバーたちだ。みんな無事に到着した。
「さあ、皆さん入ってくれや。あんまり綺麗な寺だからって腰抜かすなよ。はっはっは」
 実際、立派なお寺で、決して侮ることはできない造りである。柱も梁も太くてガッチリしている。周りの寺々と比べると、新しいのは間違いないが、いわゆる……モダンなりに貧弱だという外観ではない。
 本当に、浄道がたった独りでこの寺を守っているのかと、新堂は改めて感心している。玄関の石畳も、まるで磨かれてあるみたいだし、廊下だってピカピカなのだ。てっきり、最近は毎日毎晩呑んだくれているようだから、お勤めは放ったらかしているのだろうと高を括っていた。しかし、やるべきことは、やっていたのだ。
 大広間と呼ぶのだろうか。一同は、キリッとした床の間が設えてある大きな座敷に案内された。掛け軸の前には、さり気なく花が生けて置いてある。薄紫の藤の花と牡丹の上品なピンク。まさか、この見事なコーディネーションが、あの型破り浄道の仕業なのだとは……新堂、できることなら、信じたくなかった。
「あんなお坊さんだけど、お寺はちゃんとしてるんだね」
 結局のところ陽介役を演じることに同意した祐也が、小学生のようにケラケラと笑った。
「しかしまあ……その、亡くなったテツオさんとは、全然違うキャラクターですなあ。ホッホ。顔は、ご兄弟なんだなと思えますけど、喋りかたとかねえ。似ても似つかないというか……。ホッホッホ」
 おさむは、掛け軸の文字が気になるようだ。床の間をチラチラと見ている。
「なみあみだぶつ……って書いてあんじゃないですか、それって?」
 純二が、サラリと間違ったことを言った。
 和樹は、何故か座卓の上に置いてある空っぽの急須を覗き込んでから、
「オレさ、そのテツオさんって人、良く知らないな。常連さんだったっけ?」
 キョロキョロしながら、何かを探している。同時に、胸のポケットをまさぐっているから、
「灰皿ですね〜。へっへ。気が付きませんで……」
 ひろしが、広間の隅にある戸棚のガラス戸を勝手に開いて二・三枚を取り出し、テキパキと卓上へ配置した。ここでも気を利かせてサービスに勤しむ、良くできたミセコだ。ここは寺だから、テラコと呼ぶのが正しいのかも知れないが。
「なみあみ……じゃねえっすよ。なむあみだぶつ……っしょ?」
 茂木が純二に指摘すると、
「日蓮宗だったわよね。南無妙法蓮華経じゃないの〜?」
 タケシが正解を答えた。勿体ぶって、ずいぶん後になってから貫太役を承知した。ホントは、一番に飛び付きたいぐらいやりたいことは、周りの誰もが初めから気付いている。
「常連もイイとこだよ。テツオが生前、俺と一緒に呑んでるとことか見てなかった?」
 新堂は和樹にそう告げ、同じ灰皿に吸い掛けを差した。
「ああこれ、なんみょうほうれんって書いてあんのか。どっちみち読めないからさ。なんじゃこりゃみたいな」
 純二は、どうでもイイように突き放すが、
「素晴らしい筆遣いですなあ。ねえカナッペ?」
 おさむが、目を丸くして金井に話し掛けている。
「そうだねえ。これ、あのお坊さんの字なのかね」
 先輩がた二人は年の功で、さすがに目が利くということなのかな……と、新堂は漠然と感じた。見事な筆跡なのかどうか、見方が分からないから何とも評価できない。それに、あまり浄道にそういうセンスを認めたくない反抗心がある。
 大広間の襖が、軽やかにサアッと開いた。……と思ったら、いつの間に着替えていたのやら、目の覚めるような明るいつつじ色の袈裟姿に変身した浄道が颯爽と現れて、一同をオオッと驚かせた。歩みを進めるたびに、スッスッスイッと布地の擦れる高級そうな音が聴こえる。その後ろには、貴史とそのレズビアン妻・雪枝、さらにもう二人の女……アッシュと木乃子……が、盆の上に飲みものを乗せて付き従っている。もちろん偶然なのだが、この景色は、ちょうどイイ感じに、あたかもどこか由緒ある寺の偉い偉い大僧正さまが、大きな祭式に赴こうと行列をなさっておられるようにも見える。
「おうっ。どうでえどうでえ。おいらのビジネスウエアだよ。あんまりスゲエんで……おったまげたろ? はっはっは。総絹織りだぜ、人絹じゃねえよ」
 たちまち雰囲気が浄道ペースに変わった。おかしな思念波を発する人だと新堂は思った。
“はい、どうぞ”
“お茶だよ〜ん”
“ねえ、タケシも手伝ってよ”
 雪枝と二人の若い女の子が、座卓にお茶を並べている。浄道に要領良く使われていると形容してしまうと身も蓋もない言い方だが、三人の女性たちは、嫌な顔一つしないで能動的に用をこなしているようである。
 新堂は心の中で、
(こういうのも浄道さんの人徳なのかねえ)
 俄かに浄道を見直している。つまりは単純なことに、この袈裟姿にすっかり降参しているのだ。
 新堂と、この女の子二人組“アッシュと木乃子”とは、この日が初対面である。二人は、浄道が古い友人である天野川という男から紹介されたレズビアンのカップルで、天野川が社長をしている西荻窪の“スワヤンブ”というエスニック村で働いている。……村とは言っても、崩れそうなビルが一つ建っているだけなのだが……。
 そうだよ。イイって。僕の真の友人である吉村の頼みとあらばだよ。構わないからさ、一応、何でも言ってみてよ。絶対にできないこと以外なら最大限努力して協力するって。僕は、無理なことは一切しないよ。その代わり、僕にできることは吉村の意気込みに負けないぐらいやってあげるから覚悟しといてね。――――盟友天野川は、浄道の、ぶっきら坊主プロジェクトに強く賛同して、この二人を“派遣”してくれたのだ。
 貴史は、浄道がシネアルタと呼んでいた本格的なビデオカメラを三脚に固定している。軽々とした動作だ。スターウォーズやマトリックスを撮ったカメラだと浄道が騒いでいたから、さぞかしゴッツイのかと想像していたのだが、新堂が……プロが使うビデオカメラと聞いて普通にイメージするものと大して違わない……意外な第一印象である。
 一連隊が、ヒューヒューと歓声を上げてカメラを取り囲む。
「いったい、いくらぐらいするカメラなのよ〜。高級車とか買えちゃう値段なのかしら?」
 案の定、タケシがイの一番に価格を訊いた。
「車っすか……? どうだろうな〜。ベンツとか買えるのかな? 一千万以上するみたいっすよ」
 続けて貴史は、
「でも僕……さっきさ、……ぶつけて……、ここんとこ……ほら、ちょい傷付けちった……。へへへ。内緒ね」
 平然と言ってのける。
“えええええ〜っ。ちょ〜っとアンタ、だいじょぶなの〜っ!”
“そんなんでイイのかよ〜”
“オラ、知らねえだよっ”
 いっとき大騒ぎになった。
「業務用だから……。どれも傷だらけなんですよ……こういうのって」
 プロって、機材を大切に使うのかと思ったら、自分のカメラとかだけなんだね。それもそうか。俺だって学校で……備品のピアノ……。蓋をぶっ壊して生徒に投げ付けてたもんな。――――いきなり変なことを思い出して、新堂はそれを放り出すように鼻で笑った。
 バイセクシュアル夫婦の夫……貴史の妻・雪枝がゆっくりと切り出して、
「そのような、とても高い機材とは申しても、消耗品ですから……って割り切っているのでしょ? アタクシが扱うのは編集装置なのですけど、メンテナンスも全部経費で処理できるらしくて、使い方はまるで乱雑なのよ」
 おっとりまったりと語った解説を聞いた一同は、ふうん……そうですか……と、動きをピッタリと揃えて、みな神妙に頷いた。
 アッシュは、自分のことを“ぼく”と呼び、
「ねっね〜。ぼくはカメラ助手だって言われたけど、どんなことやればイイの? 何も知らないんだよ、ぼくって」
 ボーイッシュ・テイストで全身をまとめ上げている二十代の女の子で、
「あたしはアッシュと録音を覚えるように……って。それからスクリプト……とかいう仕事も。やったことないのよ。大丈夫かしら?」
 アッシュ最愛の彼女……木乃子とは、もう相当に交際が長い。木乃子もまた、なるほど若干少年らしい面持ちを湛えているが、身体つきはアッシュよりも丸みがあって、特に乳房が大きい。
「貴史が全部指導してくれますわ。安心なさって。アタクシも分かることは、ちゃんと教えてあげますから」
 雪枝は撮影現場の動きも良く解っているので、
「お姉さまに教えてあげるなんて言われちゃうと、ぼく、ドキドキしちゃうな」
 このアッシュや木乃子のような素人でも、コツを掴むのにさほど時間は掛からない計算である。
「心配すんねえ。どうにかなるよっ!」
 浄道の念力が籠もった一言が決め手になって、彼女たち自身の気持ちとしても、頑張ればどんなことでも可能だろうし、きっとこういう挑戦もまた、やった分だけどんどん愉しくなってくるに違いない……と、不思議坊主の魔法に操られ、いま、こうしてここにいる。
「はっはっは。面白れえよなあ。世の中……いろんな人間がいるんだねえ……と、来たもんだ。ようっしと! さてさてさて、いまさら自己紹介もねえだろう。なあ。イイかい? おたげえに知らなかった人間とも仲良くなったかい? 今日、ここに来てねえのは……秋葉さんだけかな? ああ……芝居の稽古があるんだってな。頼もしいねえ、何しろ本物の役者だもんなあ……あの人ぁ。はっはっは。これで、演出のほうは鬼に金棒ってヤツだあね。さあっ。お茶が済んだらよ。皆の衆! あっちの本堂に行くぜいっ!」
 貴史が、高価なカメラを持ち上げた。一同も、揃ってスイッと立ち上がる。これから、哲夫の位牌を須弥壇に供えて、みんなで“クランクイン法要”をやるんだ……と、浄道は言う。
「お経は一時間ぐれえだ。ちょいとのあいだだからよ、辛抱してくれや。そのあとはな、そうだな、新堂さんとこないだ行った五反田の居酒屋でよ、皆さんでもってパアッと盛り上がろうや。お経を上げりゃあ、あの哲夫も……ちょっくら、あの世から降りて来られらあね。久しぶりに、お友達と一緒に呑みてえだろうからよっ!」
 ―――ぶっきら坊主プロジェクトのスタートと相成った―――。

【ぶっきら坊主プロジェクト Part5へつづく】

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【小説】ぶっきら坊主プロジェクト Part5
【ぶっきら坊主プロジェクト Part4よりつづき】  * 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ○ピアニッシモ店内#25       週末らしく賑わい始めている。       BGM大きく。ミセの乱雑な会話。       客たちのPAN。タバコの煙。  ノブキ「どうぞ。こちらへ。お疲れさまでございます」       ノブキ、にこやかに、お絞りを手に控えている。       はじめ、ゆっくりとカウンター席へ。  はじめ「はいはい。いやはや、くたびれました。てっぺん... ...続きを見る
仮免作家[ゲイ]―Now On the ...
2006/05/02 04:04

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