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今夜は久しぶりに敏郎と会える。 でも、正樹は何となく嫌な予感がしていた。 「あら?ちょっと遅くない。彼氏?」 アキラママが、タバコを吹かしながら壁の鳩時計を横目で睨んでいる。 「もうじき。だって九時になってないじゃん」 「ああ…。そうなんだ。じゃ、彼氏…明日までごゆっくりだね」 「うん…」 敏郎は至って時間に正確である。規律正しい生活をしている。だから、九時と言ったら必ず九時ちょうどに現れるはず。 「それにしても、正樹ちゃんは一途よね…敏郎に」 アキラママが呆れたような笑顔を浮かべると、 「人が良すぎるような気もするがね」 椅子を二つ挟んだ左側に座っていたカツヒコが意地の悪そうな顔付きになって割って入る。 「あの世界はシャバっ気を抜くためとか言って、何かに付けてすぐに上官が裸になれって命令するみたいじゃん」 「だから?」 正樹が口を尖らせる。 「浮気なんてしたくなくても、命令には逆らえないんじゃない?」 「そんなこと…」 「聞いたことあるぜ。習志野のほうじゃ小隊ごとに初年兵調教用のバイブがあったとか。…ってことは…」 「およしなさいよ。そんな話ばっかり」 アキラママが優しそうな困り顔でカツヒコをたしなめた。 全く、とんでもない世の中になったものだ。 この日は夕方まで憲兵隊が大勢、朝霞駐屯地から東武東上軍用線で池袋駅まで乗り込んできて、これ見よがしにザクザクと軍靴の響きも騒々しく大行進していた。うんざりするような光景である。 戦争が激しくなってきた。ときどき北朝鮮の空襲部隊がチラチラと日本上空を旋回し、航空自衛軍のファントムに撃墜されているような戦況だ。決して芳しいものではない。西一番街のゲイ・バーも営業統制を食らっているのだが、アキラママは幾度もお咎めを受けているのにも関わらず、構わずこうして堂々とミセを開けている。 正樹の彼氏は、 (トシって、しょっちゅう訓練とか風呂とか、男の裸ばかり見られるからイイ環境だ…なんて冗談言ってるけど…) 陸上自衛軍に徴兵されて、ちょうど二年になろうとしていた。 (やっぱホントは、ほかの男のところにいっちゃうのかな…) たまの休暇で会うたびに、敏郎の…見せるためではなく実用的にしっかり鍛えられた本物の筋肉で激しく抱きしめられる。正樹が日頃の不安を拭い去れる最高のカウンセリングは、そんな力強い熱情を交わすひととき。 「それにさあ、J兵って…やたらモテまくりじゃんよ…サイトとか見ても。カッコ良過ぎなのと、マジで鍛えてるからセックスのパワーが違うらしいね。実際どうなの?正樹ぃ〜?」 カツヒコがくどくどと訊いてくるのが妙にうざい。正樹は無視した。敏郎が自衛軍兵士だから付き合っているわけではない。正樹は普通の人間である敏郎を愛しているのだ。できることなら、そんな命がけの徴兵期間なんて早く過ぎ去ってもらいたいのに。 鳩時計が午後九時を告げた。 ミセのドアが開いて軍装姿の敏郎が現れた。大きくて重そうな背嚢をドサッと下ろすと少し土煙があがった。ひさしがひしゃげた迷彩色の帽子を乱暴に脱いだ。良く見ると、カーキ色の軍装が乾いた泥だらけだ。 「おっす。元気?」 正樹の視線を誰よりも一番初めに捉えると、ニコっと軽く微笑んで返した。 「うん。お疲れ様…トシ」 アキラママが何やら大きな声でけたたましく敏郎を迎えているが、正樹には…ママが何を喋くっていようが…そんなことはどうでも良かった。 ああ…やっと会えたね。一ヶ月ほどだったのに、もう半年近く顔を見ていないような気がするよ。とくにこのところ、訓練がきつそうだね。心配だな。やつれたように見えるな。 それに、 「ごめんね…急に…」 敏郎が慌しい。今夜はこれまでになく。いつもだったら一週間前には休暇の予定が分かるのだが。 「どうかしたの?」 今夜の約束は、昨日連絡を受けたばかりだった。 「ああ…。実はね、正樹…おれ…」 その夜は夢中で抱かれた。敏郎は、やるせない気持ちを吐き出すように、一層荒々しく正樹の肉体を貪った。圧倒的な力を持つ何者かに対する、怒りと憎悪に猛り狂っているかのような…。正樹は恐ろしささえ感じた。共に果てた時…二人は悲しく泣いた。 明日の朝0930時に、敏郎の所属する第一普通科連隊は陸上自衛軍練馬駐屯地を出発する予定なのだという。朝鮮半島の激戦地…38度ラインに向けて。東部方面守備隊隷下だから、まさか外地派遣はないはずなのに、いきなり最前線に駆り出されるなんておかしいじゃないか。どう考えても理不尽だ…と、正樹は腹が立った。 「酷いところなんだよ…“軍隊”って」 「どうしてトシが行かなくちゃいけないの?」 「……正樹のほう……を愛しているって、おれがそう答えたから……」 「誰に?」 「古賀准尉にさ…」 度重なる誘いを拒んだ。 上官の嫉妬ゆえに…敏郎は最前線に送られようとしている。 「そんなの…絶対嫌だよ…トシ…行くなよ」 「……そうだよな……」 「トシ…愛してるよ」 「ああ…おれもさ…正樹」 夜が明けるのを待たずに敏郎の腹は決まった。正樹も当然のように同調した。 逃げるのだ。何がお国のためだ。 非国民だと。ふざけるな。 軍法会議なんて恐くない。 二人一緒だったら、喜んで銃殺されるさ。 |
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多分、逃げていく先は。。。と予想は出来るのですが、それでも逃げ延びて欲しいなぁ。。。切ない。でも、軍国主義ってこんなもの。 |
真名あきら 2006/03/21 18:18 |
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